第10話 学校での会話



 勇一は学校に着いて授業が始まってからも、とてもしつこくお願いしてきた。


「なあいいだろ! お願いだ、一生のお願い!」

「お前とはまだ二年ほどしか付き合いがないのに、そんなお願い聞いてもらえると思うなよ。一生のお願いは……結婚式の、友人代表の挨拶を頼むときに残しておけ」

「司……! なんか名言風に言ってるけど、マジで意味わからない」

「俺も何言ってるのかはよくわかってない」


 そんなこんなで適当にやり過ごしていた。

 というか本当なら、俺は勇一とこんな話をしている場合じゃないんだ。


 なぜなら……俺はある方向をチラッと見てみる。


「っ……!」


 もちろん俺が見る先には、「おじょじゃま」のサブヒロイン、嶋田聖の姿があった。

 だが俺が聖ちゃんの方を見る度に、毎回頬を赤くして顔を逸らされてしまう。


 もう明らかに、めちゃくちゃ明らかに、避けられてしまっている……。


「ああ、死にたい……」

「ど、どうした司? 何があった?」

「うるせぇ、お前はいいよな、絶対に……まあいいや」

「えっ、何、そこまで言ったなら言えよ」


 こいつはこの作品の主人公、絶対に藤瀬詩帆か東條院歌織と付き合える、ある意味この世界で唯一の絶対に勝ち組が決まっている男だ。


 こいつがフられるルートなんて、存在するはずがない。

 だけど俺は……単なるこいつの親友、つまりまずこの作品としては、久村司の恋愛事情なんて全く描写しないような役だ。


 聖ちゃんや凛恵みたいな負けヒロイン確定の子よりも、恋愛に関しては酷い扱いを受ける可能性が高い。


 つまり、聖ちゃんを俺は負けヒロインだと言ってはいるが……俺なんて、その舞台に立てないような役目のやつなのだ。


 はぁ、昨日は深夜テンション、じゃなくて夢テンションだったから「聖ちゃんを絶対に幸せにしてやる!」と豪語していたが、無理なんじゃないかと思い始めてきた。


 だってもうすでに避けられているんだよ?


 しかも俺、もう告白しちゃってるし。

 こういう恋愛ってさ、普通は告白の前が勝負じゃん。


 告白なんて儀式みたいなもので、すでに好き合っている二人だからこそ成立する、いわば確認作業だ。


 だから告白をする前にどれだけ相手との距離を縮めて、好きになってもらうかが勝負なのに……。


 すでに俺は告白をしてしまっているから、勝負どころじゃない。

 恋愛ゲームで例えるならば、相手のキャラの好感度を全く稼がずにいきなり告白をするプレーヤーがどこにいるのか。


 それを現実世界で、やらかしてしまっているのが、この俺だ。


「なあ頼むよ、司。日曜日、本当に頼むって」

「うるせえうるせえ、俺はもうこの世界に絶望しか抱えてねえんだ」

「マジでお前、朝から昼休みの時間までに何があったんだよ」

「……何もなかったからこそ、ヤバいのかな?」

「意味わからん」


 俺もよくわかってない。


 というか実際、聖ちゃんは俺のことをどう思ってるのだろうか。

 作中での久村司と嶋田聖の関係性は、よくて友人、悪くて知人くらいの関係だろう。


 お互いの親友が好き合っていて、付き合おうとしているから時々協力する感じだ。

 だから多分マイナスな印象は与えてはいないとは思うんだが……作中の久村司はな。


 だが俺がこの世界に来てやったのは、キモいくらいに熱烈な告白とメッセージをしただけだ。


 あれは冷静に考えれば、ドン引きものだ。

 今は昼休みで俺と勇一が教室の窓際の端っこの方で食っていて、聖ちゃんは藤瀬と廊下側の方でご飯を食べている。


 ……なんか時々藤瀬からの視線を感じるのだが、なんで俺のことを見てるんだろう?


 違うか、重本のことを見てるのかな?


 さすがに自意識過剰か。

 俺は凛恵が作ってくれたお弁当で、めちゃくちゃ美味いなぁと思いながら食っていた。


 やっぱり凛恵はとても自慢な妹だな、帰ったらまたヨシヨシしてあげよう……嫌われるかな? やっぱやめとこう。


 はぁ、そんなことを考えてないとやってられない。


「あっ、そうだ。なぁ、司。多分お前一人じゃさ、歌織を止められないだろ?」

「まあそうだな。というか一人であの東條院さんを止められる奴なんて、勇一以外にいないだろ」

「俺? いや、俺でも無理だよ。だって日曜日にあいつ絶対に何かする気なのを、俺は止められる気がしないから」


 いやー、多分止められるぜ。

 土曜日の夜にでも東條院の家に行って、イチャコラすれば多分日曜日の藤瀬とのデートを邪魔しに来ることはないだろう。


 まあ言わないけど。


「それで、お前ですら止められない東條院さんをどうするんだって?」

「ああ、司一人が無理なら、もう一人協力してもらうんだよ」

「はっ? 誰に?」

「めちゃくちゃ適任者がいるだろ。日曜日に俺と藤瀬がデートすることを知っていて、協力的な奴……」

「っ、お前まさか……」

「嶋田だよ」

「それはダメだ、俺が死ぬ」

「なんで!?」


 お前、俺は今、聖ちゃんにめちゃくちゃ避けられてるんだぞ。

 そんな状態で、藤瀬と勇一がデートをしているのを邪魔するであろう東條院を止める?


 不可能に決まってるだろ、色々と。


「これしかないんだよ! 頼む、マジで頼む!」

「俺も頼む、聖ちゃ……嶋田だけはダメだ。それだったら俺が一人でやる方がまだマシだ」

「なんで? それにお前、なんでさっきからセイチャ、とかよくわかんない言葉を発してるんだ」

「それには触れるな、ぶっ飛ばすぞ」

「今日のお前はいつも以上に意味わからないな」


 くそ、どうするか……。


 勇一には言うか? 俺が聖ちゃんに告白をしたことを。


 だけどこいつ、顔に出やすいからなぁ……さっきの東條院に日曜日のことがバレたときも、こいつがあれだけ狼狽えていなかったら、なんとかなったかもしれないのに。


 あれは自業自得ですむが、俺が聖ちゃんのことを好きだというのが他の人にバレたら、聖ちゃんにまで被害が及ぶ可能性がある。


 それはなんとしてでも避けたい。


「じゃあお前が一人でやってくれるのか?」

「嶋田に頼むくらいだったらな。だけど俺一人で何が出来るのかは、マジでわからないが」

「何が、私に頼むくらいだったら、なんだ?」


 っ……まさか、この声は……?

 先程の東條院の時と同じような状況だ。


 ただ違うのは俺の後ろから聞こえてきたので、俺と向き合って話している勇一にはすでにその相手が見えているということだ。


「あっ、嶋田」


 やっぱりか……!

 俺はそう思いながら後ろを振り向くと、そこには聖ちゃんが立っていた。


 俺と勇一が座っているので、聖ちゃんが立っているとさすがに俺が見上げる形になる。


「っ……そ、それで、何か私に頼むことがあるのか?」


 俺と一瞬だけ目が合って、気まずそうに目を逸らした聖ちゃんは、勇一の方を向いて話す。

 はぁ、やっぱり俺と目を合わせるのが嫌なのか……。


 それだけでもう俺はドン底まで気分が落ち込んでしまう。


「ああ、嶋田。ちょっと他の奴に聞かせられないから、放課後に時間をくれないか? その、日曜日のことについてだ」

「っ、それは……詩帆とお前のアレについてか」

「そう、アレだ。ちょっと問題が発生してな」

「わかった。放課後だな、ではこの教室に残って……」


 そこまで言うと聖ちゃんはいきなりフリーズした。

 機械の電池がいきなり切れたように。


「ん? どうしたんだ、嶋田」

「い、いや……!」


 聖ちゃんは勇一に話しかけられてハッとし、頰を少し赤くして少し狼狽えている。


 そして一瞬だけ俺の方をチラッと見てくれて、俺はずっと聖ちゃんの目を綺麗だなぁと思って見ていたから、視線がぶつかった。


「っ! こ、この教室はダメだ! 放課後、校門前で集合だ!」


 それだけ言うと、聖ちゃんは足早に俺らの元を離れていった。


「なんか嶋田の様子がおかしかったが、どうしたんだろうな?」

「さ、さぁ、わからないな」


 どうなんだろう、俺のことを見てあれだけ狼狽えていたから……俺とのことを思い出してしまったのだろうか。

 俺の方を見て放課後にこの教室に集合じゃなくしたので、おそらくそうだろう。


 この教室は昨日、俺が聖ちゃんに告白をしてしまった場所だ。

 だからこの教室をやめたのだろうが、どういった意味でやめたのかが気になるところだ。


 気まずいというのが理由だろうが……まあマイナスな意味でだろうな、十中八九。


 はぁ……やっぱり夢テンションで告白するんじゃなかったわ。


 だけどしょうがないだろ、この「おじょじゃま」の世界に入ってしまったなんて、それこそ夢にも思わなかったんだから。


 まあ夢じゃなくて嬉しい気持ちの方が勝つが、昨日の出来事だけは夢であった方がよかったかもしれない。


 あんなに聖ちゃんに避けられてしまうのだから……ああ、だけど昨日の聖ちゃんは死ぬほど可愛かったから、それは見れてよかったけど。


「あっ、やべっ、今日の放課後、バスケ部の会議があるからすぐに部室に行かないといけないんだった」

「はっ?」

「悪い、放課後、嶋田にお前から伝えてくれね?」

「はぁ!?」


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