第9話 学校へ



 その後、凛恵と一緒に家を出る、もちろん鍵をかけるのは忘れずに。

 俺達の家から学校までは、電車を利用せずに行ける距離だ。


 だけど歩くと四十分くらいかかるので、いつもチャリで行っている。


「お兄ちゃん、今日も後ろ乗せてね」

「ああ、もちろん俺はいいけど……」

「ん? どうしたの?」


 まさか俺が女の子を後ろに乗せて、チャリを漕ぐ日が来るなんてな。

 まあ女の子といっても妹だが。


 だけどなんか、法律的にいいのか?

 よくこういうラブコメ漫画とか、ライトノベルの世界では自転車の二人乗りの描写があるのだが、ああいう世界ではおそらく法律的に問題ないのだろう。


 うん、そう思っておこう。

 この「おじょじゃま」の世界も、多分法律的に問題ないのだろう。


「まあ大丈夫か。じゃあ行くぞ、凛恵。ちゃんと乗ったか?」

「うん、大丈夫」


 よし、じゃあ出発!


 一人で乗るよりも最初の動き出しが重くて辛いが、動いてしまえば特に問題はなさそうだ。


 信号の度に止まって動き出すのが少し辛そうだが、まあこんなに可愛い妹のためだと思えば朝飯前だ。


 そしてそのまま十分ほど学校に向かって漕いで、いつもの場所に着いた。

 いやまあ、この世界の久村司にとっていつもの場所なだけで、俺は初めてここに来たが。


 学校の少し手前あたりで、いつも凛恵を下ろすことになっているのだ。


 だから凛恵としては早く家を出ないと遅刻しそうになるから、早く行こうといつも急かして来るのである。


「じゃ、お兄ちゃんありがと」

「いつも言ってるが、別に学校まで行ってもいいんだぞ? 俺は全然疲れてないしな」

「いいよ、私はここら辺から歩くから、お兄ちゃんはチャリで先に行って」


 やはり凛恵としてはお兄ちゃんと一緒にチャリに乗って学校に来てる、というのをあまり知られたくないのだろう。


「うーん、わかった。だけどたまには一緒に学校まで行こうな。そっちの方が楽しいだろ?」

「……別に、歩いてたら友達とも会って一緒に行くこともあるから」

「そ、そっか……」


 そりゃそうだよな、チャリで登校したら友達と一緒に並んで歩いて学校に行く、という青春がなくなってしまうもんな。


 俺も前の世界では電車からの歩きだったから、友達とバッタリ会ってから学校に行く楽しさはわかる。


 俺もこの世界で歩いて登校するのを試してみようかなぁ。

 だけど遠いし、凛恵もいるからなぁ……。


「……ま、まあ、たまにはいいかもね」


 俺が少し悩んでいるのを落ち込んでいると心配してくれたのか、凛恵が恥ずかしそうに目を逸らしながらそう言ってくれた。


「っ、凛恵! ありがとな!」


 俺は嬉しくなってまた凛恵の頭を撫でてしまう。


「なっ、バ、バカ! こんなところで頭撫でるな!」

「ごめんって。じゃあ俺は先に行くからな、凛恵。遅刻するなよ」


 また胸を叩かれる前に、俺はチャリのペダルを踏んだ。


「あっ……もう、バカお兄ちゃん……」


 そんな声が俺の耳に届いたが、バカと言われても言い方が可愛くて全然怒る気が起きなかった。



 また数分チャリを走らせていると、前に歩いている知り合いを見つける。

 知り合いというか、あれは……。


「おい、勇一!」

「ん? おお、司か」


 この「幼馴染お嬢様が邪魔をして、普通のラブコメが出来ない」の漫画、主人公の重本勇一だった。

 黒の短髪で清潔感があり、爽やか系のイケメンだ。


 身長はバスケ部だからか結構高く、一八〇センチを超えている。

 俺は勇一の隣に並ぶとチャリから降りて、一緒に歩き出す。


「はよっ、バスケ部の朝練はないのか?」

「ああ、今日はない。お陰でゆっくり寝れたよ」

「そうか。バスケ部のエースでもやっぱり休む日は休むんだな」

「そりゃそうだよ。休むのも練習のうちだ」


 勇一は運動神経もよく、バスケ部で一年生からエースを張っていたくらいだ。


 それで顔もいいから、まあモテる。

 性格も俺は友達だからよく知っているが普通にいい奴だしな。


 モテる要素しかない勇一だが、こいつは自分をモテてないと勘違いしている。


 なぜそんな勘違いをするかというと、ヒロインの幼馴染でこいつのことが大好きな、東條院歌織のせいだ。

 幼稚園の頃から勇一は東條院から好かれていたから、東條院が周りの女子に圧力をかけて勇一に近づかせないようにしていたのだ。


 本当ならファンクラブでも出来てもおかしくないくらいカッコいいのに、こいつは今でも自分はカッコよくなく、モテていないと思っている。


 まあそれは東條院のせいだから、しょうがないとは思うが。


 だがそんな勇一が、高校である人を好きになってしまった。

 それが、もう一人のヒロイン、藤瀬詩帆だ。


「そういえば勇一、話は聞いたぞ。ついに藤瀬をデートに誘ったんだってな」

「なっ!? お、お前、どこでそれを……!」

「もちろん、風の噂だ」

「まさかお前……風使いに目覚めたというのか!?」

「ふっ、俺が腕を振れば、そこらの女どものスカートを……っと、これ以上はいけないな」

「えっ、マジで? ちょっとほら、そこら辺にいっぱいJKいるから、やって」

「お前、男子高校生がJKって言うなよ」


 俺達はとても健全に男子高校生らしい会話を楽しんでいた。

 いやー、まさか俺が「おじょじゃま」の世界に入って、主人公とこんなバカな会話が出来るとは。


 聖ちゃんと話した時ほどではないが、素直にヲタクとしては嬉しいな。


「で、実際誰に聞いたんだよ?」

「もちろん藤瀬から、と言いたいところだが、藤瀬が聖ちゃ……嶋田に話しているのを立ち聞きしただけだ」

「マジか……どんなこと話してたんだ?」

「もちろん、『重本くんからデート誘われたけど、キモすぎて萎える』と言ってたぞ」

「ぐはっ!? お、お前、冗談だろ……?」

「はっはっは、冗談だ」

「冗談でも心に刺さるから、マジでやめろ」

「それは悪いな」


 まあ本当は「重本くんに告白してもいいのかな」とかいうめちゃくちゃ可愛らしいことを話していたんだが、それは俺が話すことじゃないだろう。


「デートの日にちは、明日か明後日か?」


 今日は金曜日なので、明日からは土日の休みだ。


「日曜日だな、その日はバスケ部の練習もないし、あっちのテニス部の練習もないみたいだ」

「そうか。まあ俺は特に手伝うことはないと思うが、頑張れよ」

「ああ、もちろん……」

「あら、面白そうな話してるわね、勇一」


 勇一が強く頷こうとした時、後ろから女性の声が聞こえた。


 俺達は口を開いたまま固まった。


 ま、まさか……そんな考えた、俺達の脳裏に同時に流れる。

 ロボットの動きのようにカクカクしながら、俺達は後ろ向くと……。


「おはよう、勇一。久村くん」

「お、おはよう、歌織……」

「は、はよっす、東條院さん」


 そこには末恐ろしい笑みを浮かべた、ヒロインの一人、東條院歌織がいた。


 神々しいほどに輝いている金色の髪は、背中まで綺麗に流れていて風で靡いている。


 彼女の優雅さを表すほど美しい髪だ。

 制服を着ているが、他の女子生徒と一緒のはずなのになぜか彼女が着るとより一層清純に、華やかに見える。


 顔立ちはとても綺麗で、日本人離れした顔立ちの美しさだ。


 確かクォーターか何かで、お爺ちゃんとかがヨーロッパ系の人だったはず。


「それで、勇一。朝からとても楽しそうな話をしていたようね。私も混ぜてくれないかしら?」

「い、いや、その、俺と司の男同士だから話せる内容なんだよ! なっ、司?」

「そ、そうだな。ほら、東條院さんも聞きたくないだろ? 勇一がここら辺にいるJKのスカートを俺にめくってこいって命令した話とか」

「いつそんな話を俺がしたんだ!?」


 とんでもない勢いで俺にそうツッコミを入れてきた勇一。

 落ち着け勇一、ここはまず話を逸らさないといけないんだぞ。


「あら、じゃあどんな話をしていたの、勇一?」

「えっ、あ、いや……ち、違うぞ? 俺がスカートをめくってこいって命令したんじゃなくて、司が『はぁ、透視能力に目覚めて女子高生の裸見れねえかなぁ』って呟いてたんだぞ?」

「いつそんな話を俺がしたぁ!?」


 今度は俺がツッコミを入れる番だった。


「あら、久村くん、欲望を撒き散らすのはあまりよくないですわ。するなら自室で静かにこっそり寂しくしていなさいね」

「東條院さん、意外とそういうのに耐性あるのな」

「いつでも勇一が襲ってきてもいいように、日々勉強中してるの」

「よかったな勇一。これでお前の将来は東條院グループの社長に決定だ」

「待て待て! 裏切るなお前!」


 うるせぇ、先に裏切ったのはどっちだ、俺だな。

 だがしかし、これで話が逸れて……。


「それで勇一、明後日の日曜日に何か予定があるのかしら?」


 おっと、急旋回して戻ってきてしまったな。


「い、いや、まあ部活が……」

「日曜日の体育館は、バレー部が全面を使う予定よ」

「なんでバレー部じゃないのに歌織が知ってんの?」

「私ですから」

「さすが東條院さん、東條院高校を作った人の娘なだけあるな」


 多分、そこは全く関係ないところだけど、とりあえず褒めておく。


「ありがとう、久村くん。それで、日曜日は何か予定があるの? なかったらうちでパーティを開かない? 豪華客船を貸し切ってパーティを開くことも可能よ」

「豪華客船を持て余しすぎるだろそれは」


 使う金の規模が尋常じゃない。


「と、とりあえず、日曜日は予定は、その、ないけど、ゆっくり休みたいんだ! バスケの練習も昼まであるしな!」

「へー、そうなのね。昨日はバスケ部が休みで『早く練習してー、休みなんていらねえよ』なんて呟いていたのに、休みたいのね」

「ちょっと待て、それいつ聞いてたんだ!? それを言ったの昨日の夜だった気がするんだが!」


 おっと、勇一、それ以上は聞かない方がいいと思うぞ。


 幼馴染ヒロインでヤンデレ気質が多分に含まれている東條院歌織の闇は、まだお前には早い。


「わかったわ。勇一が喋る気がないのであれば、私にも考えがあるから。じゃあ、そろそろ学校に行かないと。ご機嫌よう、久村くん」

「ご、ごきげんよー」


 そう言って髪をサラサラと揺らしながら、学校の方へ歩いていく東條院。

 俺と勇一は少しの間そこで固まっていた。


「……司。さっき手伝うことはないと思うがって言ってたが、ちょっと手伝って欲しいことがある」

「ふむ、めちゃくちゃ予想出来るがあえて聞こう、何を手伝って欲しい?」

「東條院歌織を、抑えててくれ!」

「無理に決まってるだろ、常識的に考えろ。そして爆発しろ」

「なんでだぁ!?」


 さて……どうするか。


 というかこんな展開、原作であったっけ?

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