第8話 まだ夢の中?
「……あれ、まだ夢の中なの?」
朝起きて飯を食べて、制服を見た時に俺はそう呟いてしまった。
家の感じが現実世界の俺の家とほとんど同じ、いや、全部同じだから全く気づかなかったが、制服がどう見ても「おじょじゃま」の東條院高校の制服だ。
そして俺の頭の中には、漫画の世界にいる久村司の記憶が入っている。
どうやら俺は、まだ夢の中にいる……ということでいいのか?
本当にここは夢の中なのか?
これほどリアルな夢を、もう夢と呼べるのか?
もしかしたら俺は……完全に、「おじょじゃま」の漫画の世界に入り込んだのか?
しかも現実世界の俺と同姓同名のキャラ、久村司の立場になって。
「えっ……マジで?」
本当に俺は、「おじょじゃま」の久村司になったのか?
だけど今の状況は、そうとしか説明が出来ない。
昨日までは「長い夢だなぁ」と思っていたが、本当に漫画の世界に入ってしまったらしい。
信じられないが……まあ俺にとっては、嬉しいという気持ちの方が大きい。
好きな漫画の世界に入って、好きなキャラ達と触れ合えるのだ。
こんな素敵なことに喜ばないヲタクは、それはもうヲタクではない。
んっ? ちょっと待てよ、じゃあ昨日の出来事も普通にこの世界でいうと、現実だったわけか?
じゃあ俺は……もしかして、この世界に来てすぐに、聖ちゃんに愛の告白をしてしまったということか?
えっ、ヤバくね?
俺、夢の中だと思っていたから、躊躇なく聖ちゃんに告白しちゃったけど、これがもしかして俺の現実として続いていくとしたら、めちゃくちゃヤバい気がする……。
ほ、本当に俺は、昨日聖ちゃんに告白してしまったのか?
昨日の出来事が夢で、今日から「おじょじゃま」の世界に入ったということに、どうにかならないか?
「あっ、そうだ、スマホ……!」
昨日、俺は夢の中だからと思って、聖ちゃんにRINEをしたんだ!
そのトークの履歴が残っていたら、この世界は昨日の続きということになる。
RINEを開いてトーク履歴を見ると……昨日のRINEがめちゃくちゃ残っていた。
しかも俺、なんか深夜テンションというか、夢の中テンションで、めちゃくちゃ恥ずいことを送ってる……!
「うわー! マジかマジかマジか!」
朝から自室でそう叫んでしまうほど、恥ずかしくてたまらない。
というかもうこれ、この世界に来て初日で黒歴史を作ってるじゃないか……!
いや、聖ちゃんに告白をしたことが黒歴史とは認めたくないが、俺の告白の言葉とか送ったメッセージとか、マジで黒歴史もんだろ。
くっ、なんとか忘れたいけど、聖ちゃんと初めて会話した時のことを忘れられるはずがない……!
しかも聖ちゃんの反応とかもめちゃくちゃ可愛かったし、忘れたいのに忘れたくない。
聖ちゃんの可愛すぎた反応を絶対に忘れたくないし、だけど俺の痛い言動は忘れたい……。
なんだこのジレンマ、絶対に解決は出来なさそうだし。
まあ俺の痛い言動を忘れたい気持ちよりも、聖ちゃんの可愛い姿を覚えていたいという気持ちの方が何倍も何十倍も大きいから、もちろん覚えておくけどさ。
「このトーク履歴も、めちゃくちゃ消したいけど絶対に消したくない……!」
昨日は「これは夢の中だから、多分俺が想像した聖ちゃんが送ってくれているという妄想なんだよなぁ」とか思ってたけど、ここが現実だったら全く違う。
この一つ一つのメッセージを、聖ちゃんが俺のために真剣に考えて送ってくれたと考えると……尊すぎて死ねる。
うん、スクショもしてあるし、これからどれだけ聖ちゃんとトークしようが、このトーク履歴は俺の手元に残り続ける。
家宝にしよう。
そんなことを思っていたら、俺の部屋のドアがドンドンと音が鳴った。
「お兄ちゃん! そろそろ学校行かないと遅刻するよ!」
「あ、ああ、わかってる、凛恵」
俺はその声に返事をして、カバンを持って部屋を出る。
部屋の外には俺の妹、久村凛恵がいた。
もちろん現実世界の俺ではなく、「おじょじゃま」世界の久村司の妹だ。
一つ下の妹で、同じ学校に通っている高校一年生。
亜麻色の髪をサイドテールにしていて、可愛らしいシュシュをつけている。
顔立ちは可愛い感じだが、兄の久村司と接する時はあまり笑顔を見せない。
結構気が強く、ダメな兄貴を叱るような妹。
笑うと普通に可愛いが、作中でもあまり見たことはない。
ぶっちゃけネタバレをすると、久村凛恵もこの物語を彩るヒロインで、主人公の重本勇一に好意を寄せる一人だ。
後輩キャラとして人気を博している凛恵だが、凛恵も聖ちゃん同様、負けヒロインだろう。
だけどあれか、まだ主人公の重本勇一にはこの時点では、会ってないのか。
昨日、俺が遭遇したあのシーン、聖ちゃんが自分の気持ちを押し殺して、藤瀬を後押しするシーンは、結構序盤だ。
だから多分、原作ではまだ久村凛恵は出てきてすらいないかもしれない。
後になって重本の親友、久村司に妹がいるとわかり、その後作品を彩るヒロインの一人となったのだ。
顔立ちはとても可愛いのにあまり笑わず、いつも仏頂面をしている凛恵。
だけど重本とかに褒められたりした時に見せる照れた顔や、「や、やめてください!」と照れながら怒る顔がとても可愛らしく、人気なのだ。
だがまあ……おそらく、負けヒロインというか、主人公とはくっつかない系ヒロインだと思うんだけど。
「……頑張れよ、凛恵」
「はっ? いきなり何?」
「大丈夫、お前はすごい可愛いから、いつか幸せになれるよ」
「は、はぁ!? 本当に何の話!?」
おっ、照れ隠しで顔を赤くしながらも怒ったような感じ、原作通りだなぁ。
「それに声も可愛いな」
「なっ!? あ、朝から本当に何言ってんの、お兄ちゃん!」
「あとあれだな、凛恵みたいなキャラがお兄ちゃん呼びってのも可愛くていいよな」
「っ!? バ、バカお兄ちゃん! 私、先行くから!」
思ったことを口にしていたら、凛恵が顔を真っ赤にしながら階段を降りていってしまった。
まずい、さすがに怒らせてしまったか。
「ごめんごめん、凛恵、一緒に行こうぜ」
俺も急いで階段を降りると、玄関で靴を履き替え終わり待っている凛恵の姿が。
「……早く行くよ、お兄ちゃん」
「ああ、そうだな」
頬が赤いけど不機嫌そうにしかめっ面になっているのに、しっかり待っててくれるのが、やっぱり凛恵は可愛いなぁ。
「こんな可愛い妹を持てて、俺は幸せだな」
「っ……! 本当に、さっきから、何を……!」
現実世界……まあここもすでに俺にとっては現実世界になってしまったから、前の世界と呼ぼうか。
前の世界では、俺に妹はいなかったし、兄弟もいなかったからな。
こんな可愛い妹がいきなり出来て、嬉しく思うのはしょうがないだろう。
しかも思い出すと、昨日の夜、それに朝ご飯も凛恵が作ってくれていた。
久村家の両親は仕事が忙しくて、家を空けることが多い。
だから料理とかは凛恵が担当していた。
「ご飯いつもありがとな」
「っ、べ、別に、いつものことだし……」
「いつもやってることだから感謝してるんだよ」
「ほ、本当に、お兄ちゃんどうしたの? 今日の朝ご飯、なんか変なものでも食べたの?」
「いや、俺が変なもの食べてたら、凛恵が作ってるんだから凛恵が仕込んだことになるからな」
「ふふっ、そうだった」
おっ、笑った。
クスッと笑う感じで満面の笑みではないが、口角が少し上がって一気に雰囲気が柔らかくなる。
「うん、やっぱり凛恵は笑った方が可愛いな」
そう言って俺は凛恵の頭を撫でる。
俺よりも頭一個分小さい凛恵は、とても頭が撫でやすい。
「なっ!? や、やめてよ! か、髪が崩れるでしょ!」
「んっ、ああ、ごめんごめん」
サイドテールをしているので、髪の流れる方向が決まって右耳の方にいっている。
それとは逆に撫でてしまったから怒られてしまったと思い、髪を直すようにまた優しく撫でる。
「だ、だから、やめてって!」
凛恵はそう言って俺の手を払いのけて、軽く俺の胸の辺りを叩いて来た。
お、おお、意外と力強いのな、お前。
「も、もう行くよ、お兄ちゃん! 本当に学校に遅れるから!」
「ああ、わかった。そんなに怒るなよ」
「べ、別に怒ってはないけど……」
凛恵は頬を赤くしながら、俺が撫でた髪の部分に手を置いていた。
やっぱり俺の妹は、とても可愛らしい。
そう思って頰が緩んでしまう俺だった。
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