第6話 夢を楽しむ



 ……えっ? いつ夢から覚めるの、これ。


 俺が久村司になってから、数時間経った。

 今は自分の家に帰り、自室のベッドで寝転がりながらスマホをいじっているところだ。


 なんか普通に現実世界のようにスマホをいじっていたから、漫画の世界に入っていることを忘れていた。


 ここは俺の好きな漫画、「幼馴染お嬢様が邪魔をして、普通のラブコメが出来ない」の中に入っているという夢だ。


 しかも俺はその漫画の登場人物、久村司と同姓同名だったからか、そのキャラになりきってこの夢の中にいる。

 放課後に俺が聖ちゃんに熱烈の告白をしてからすぐに目が覚めると思っていたのだが、なんで俺は目を覚まさないんだ?


 夢の中なのに普通にご飯を食べていたし、それがとてもリアルで味も普通にしたし。


 というか本当にここは夢の中なのか?


 なんだかそれを疑ってしまいたくなるほど、ここはリアルだ。

 だけど漫画の世界に入るなんてのは、どう考えてもリアルじゃない。


 これほどハッキリした夢は初めて見たが、まあとりあえずやっぱり夢なのだろう。


「だけどなんか、本当に俺がこの漫画の世界にいる久村司になったみたいだな」


 この数時間の間に鏡とかも見たんだが、完全に俺の顔だった。


 現実世界の久村司の顔で、漫画の中にいる同姓同名の久村司の顔は、こんな感じではなかったはずだ。

 ……なぜか夢の中だからか、漫画にいた久村司の顔をあまり思い出せないが。


 だけどまあ思い出せなくてもいいか。


「うーん、まだ夢の中なのはいいけど、やることがないなぁ」


 俺はベッドに寝転がってそう呟いた。


 さっきまではアプリゲームやら、動画投稿サイトで動画を見ていたのだが、別にこれは現実世界でもやれる。


 というかほんのさっきまで、ここが夢の中の世界だということを忘れていた。

 もしかしたら現実世界の俺は、トラックに轢かれて意識不明の重体で、目がずっと冷めていないのかもしれない。


 ……そう思うと、目が覚めるのが怖くなってくる。

 そういう怖いことを考えるのはやめておこう。


 とりあえずせっかく俺の好きな漫画の世界に入っているんだから、何かこの夢の中でしか出来ないことをやってみたい。


 何があるのか……あっ!


「そうだ、スマホで誰かと連絡を取ってみようかな」


 スマホのアプリで……あった、RINE。


 なんか現実世界のアプリとちょっと名前が違う気がするけど、まあそこは気にしないでおこう。


 RINEを開いて、久村司が誰の連絡先を持っているか調べてみる。


 おっ、重本勇一、主人公を発見した。

 まあそりゃそうか、重本勇一の親友枠なんだから、連絡先は持ってるよな。


 あとは……藤瀬詩帆もいるのか。それに東條院歌織も!


 本ヒロイン二人の連絡先を持ってるのか、久村司は。


 待てよ、それなら……あの子も……!


「あった!」


 俺はベッドに寝転がっていたが、その名前を見つけた瞬間に嬉しくなって立ち上がってしまった。


 RINEの画面には、「嶋田聖」の文字がある。

 やっぱり聖ちゃんの連絡先も持っていたか!


 よっしゃ、もちろん連絡するぜ!

 この世界にあとどれくらい入っていられるかわからないからな。


 連絡しない手はないだろう。


 さて、なんて送ろう。


 さっきの告白のことはさすがにあっちも覚えているだろうから、それについて触れようかな。


 出来ればその返事もRINE越しでもいいからもらいたい。


 そしてあわよくば、電話も……よし!


「とりあえずメッセージを打って、送信!」


 返事がすぐ来るといいな……って、おっ、もう既読がついた!



「なっ!? ちょ、ちょっと待ってくれ、詩帆! 今、その、久村からRINEが届いた……!」

『えっ、嘘!? なんてなんて!?』

「くっ……い、いや、その……『聖ちゃん、まだ起きてる? 今日言ったことは、全部俺の本気の気持ちだから。返事急かすつもりはないけど、いい返事を聞かせてもらえると嬉しい』って……」

『うわー、うわー! なんか、なんかすごい! ドキドキする! ねえ、早く聖ちゃんも変えしなよ!』

「な、なんで返せば……!」

『それは聖ちゃんが考えないと! ほら、私なんて関係ない、聖ちゃんの気持ちが大事だよ!』

「そ、その言葉は今日私が詩帆に言った言葉じゃないか! 真似するな!」

『ふふっ、そうだったね。とりあえず早く返さないと、もう既読つけちゃったんでしょ?』

「あっ、そうだった……えっと、どうすれば……!」



 ……返事、来ないなぁ。


 既読がついてから五分くらい経っているが。

 いや、まあ既読がついたからといって、すぐに返せる状況じゃないかもしれないしな。


 すぐに返せない状況……なんだろ、お風呂とか?


 くっ、ダメだ、こんなところで聖ちゃんのお風呂のことなんて想像しちゃ……!


 原作でもまだそこまで聖ちゃんのサービスカットはないからなぁ、もっと原作者さん、聖ちゃんのサービスシーンを作って欲しいです。


 ――ポムポム。


「あっ、きた!」


 独特な音が聞こえて、すぐに俺はRINEの画面を開いた。

 聖ちゃんの返事は……。


『ありがとう。久村の気持ちは、本当に嬉しい。ただちょっと、待ってて欲しい。私もお前とは、真剣に向き合いたいと思ってるから』


 ……っ! なんて可愛い子なんだ!


 思わずこのメッセージをスクショしてしまった。

 いや、スクショしても夢の中だから、現実世界のスマホには持っていけないとは思うが。


 俺の告白をとても真摯に受け止めて、考えてくれているようだ。


 このメッセージだけでそれが伝わる。


 返事が聴けなかったのは残念だが、聖ちゃんはやっぱり真面目でいい子だというのがわかっただけでも、メッセージを送った甲斐がある。


 これが「試しに付き合ってあげてもいい」みたいに言われたら、嬉しいけど少し複雑だったなぁ。


 というかこれは俺の夢の中の出来事だから、俺が勝手に聖ちゃんのイメージを作り上げて、聖ちゃんだったらこんなメッセージを送って来るだろうなぁ、と思っているだけなのか?


 ……あまり深く考えないようにしよう。

 せっかくの夢の中なんだから、楽しまないとな。


 とりあえず、またメッセージを返さないとな。



「し、詩帆、既読がついたのに、連絡が来ないんだが……!」

『聖ちゃん、まだメッセージを送って三分くらいでしょ……あっちも返事を考えてるんだよ』

「そ、そんなに考えるほどのメッセージだったか?」

『うーん、多分? メッセージを考える前に、私だったら悶絶するかも』

「な、なんでだ!?」

『だってあんな可愛くていじらしい文章、読むだけでも悶絶ものだよ』

「し、詩帆があれで大丈夫だって言ったんじゃないか!」

『うん、文章として間違ってるわけじゃなかったしね。聖ちゃんがどれくらい真面目に考えているか伝わると思うから大丈夫だよ』

「うぅ……あっ! き、きた!」

『なんて返ってきたの?』

「そ、その……『こちらこそ聖ちゃんが俺のことを真剣に考えてくれてて嬉しい。ありがとう。大好きって言葉じゃ足りない』……だ、だって」

『……聖ちゃん、続きあるでしょ?』

「な、なんでわかって……!」

『聖ちゃん、わかりやすいから。ほら、続きは?』

「くっ……大好きって言葉じゃ足りない。あ、愛してる……って」

『わー! なんかこっちまで恥ずかしくなってきちゃう!』

「わ、私が一番恥ずかしい! なんで自分で読み上げないといけないんだ……!」



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