第3話 嶋田聖の気持ち



 その夜、嶋田聖は……ベッドの上で、寝転がって悶えていた。


「なんだあいつは、なんだあいつは……!」


 頭に浮かぶのは、やはり今日の放課後の出来事。


 いつも通りの授業で、いつも通りの学校だった。

 放課後に詩帆に呼び出されるまでは。


 詩帆が相談があるから残って欲しいと言われ、教室で二人きりで話していた。


 話を聞くと、詩帆が好意を寄せている重本勇一からデートに誘われた。


 だけど重本はあのお嬢様、東條院歌織と付き合っている、さらには婚約者であるという噂まである。


 そんな人とデートをしていいのか、さらには告白を考えているけどしてもいいのか、という相談だった。


 聖は親友の詩帆からの相談を、とても真摯に答えた。

 詩帆のために重本の情報を集めた時に聞いたのは、あの二人は幼馴染で、付き合っているという噂は嘘で、婚約者というのも嘘であるということ。


 だけど東條院歌織が重本のことを好きなのは本当らしく、その噂は全て東條院が重本を囲むために流した噂のようだった。


 それを詩帆に伝えると、あからさまにホッとした。


 彼女や婚約者がいるのに違う女をデートに誘うような男ではないと思って、重本からのデートの誘いを受けたようだが、やはり少し心配だったようだ。


 だけど詩帆は、東條院が重本のことを好きだという情報に、迷いを見せた。


 自分が告白をしてもいいのだろうか、と。


 だから聖は言ったのだ、『東條院のことなんて関係ない。大事なのは詩帆の気持ちだ』と。


 それを聞いてようやく詩帆は気持ちを立て直して、今度のデートで告白することを決めた。

 詩帆の悩みがなくなり、相談事は解決して終わり……かと思っていたのだが。


「そこで、あいつが……!」


 そう、あいつ……久村司が来たのだ。


 詩帆のために重本の情報を集めようと、最近はよく久村と話すことがあった。

 久村も最初は怪訝な目を聖に向けていたが、聖が正直に詩帆のために重本の情報を集めていると聞くと、そこからは普通に話してくれた。


 親友の重本のことを調べている聖に疑念の目を向けてきたのは、それだけ重本のことを親友として大事にしているということだろう。


 それは親友の詩帆を持つ聖としてもとても共感出来る部分で、「友達思いの奴なんだな」と思った覚えがある。


 重本のことをさらに調べたいと聖が言うと、久村は重本と聖を繋げてくれた。

 それはとてもありがたく、詩帆に相応しい男か調べることが出来た。


 ……まあそのせいで聖も重本のことをカッコいいと思ってしまい、好意を寄せてしまったのだが。


 重本に好意を抱いたことを、久村にはすぐに見抜かれた。


 だから今日、あそこで久村には会いたくなかったのだ。


 聖が詩帆のために、自分の気持ちを押し殺したことがバレるから。

 そして聖の予想通り、久村にはすぐにバレてしまった。


 そこまでは予想通りだったのだ、そこまでは。


 だが……それからの出来事が、聖をベッドの上で悶えさせている原因だ。


『だから聖ちゃん、俺が君を幸せにする』

「うぅ……!」

『聖ちゃん、俺は君が好きだ。絶対に幸せにするから、俺と付き合ってほしい』

「ぬわー! 思い出すなぁ、私!」


 枕を頭から被り、先程の光景を忘れようとする。

 しかしもちろんそんなことでは忘れられるはずがなく、むしろ周りの光景を遮断してしまったから、言葉だけじゃなくその当時の光景も思い出してしまう。


 真っ直ぐな瞳、嘘偽りない言葉だというのは、嫌でもわからされた。


 聖が後ろに下がって教壇のところで足を躓いてしまい、支えてくれた久村。


 力強く引き寄せられて身体だと身体がくっつき、熱い体温が伝わってきた。

 顔も近づき、どちらかがその気になれば、あと少しで唇が重なってしまうほどの距離だった。


「んぅ……!」


 枕に顔を埋めているので、篭った唸り声が聖の部屋に響く。


 そして極め付けは、黒板のところまで迫られて、壁ドン……。


『聖ちゃんが返事をしないからだよ。それに照れてる顔が可愛すぎるから、近寄りたくなった』

「くっ……!」

『聖ちゃん、大好きだ。絶対に幸せにするから、付き合ってください』

「ぬわぁ! なんで私は、一言一句覚えているんだぁ!」


 自分自身の記憶力を恨み、我慢出来ずにそう叫んでしまった。


 実際に聖は頭がよく、学校のテストでも学年順位が一桁を切ったことはない。


 だがそれほどの頭のよさ、記憶力をここで使うのは、無駄なような有用的に使っているような、どちらだろうか。


 人生で初めて告白された言葉があれだけ情熱的で、印象的だったら、覚えてしまうのも無理はないかもしれない。


「へ、返事を、考えると言ったが……いったい、どうすれば……」


 久村はなぜかあの場で返事をもらうことに執着していたが、さすがに聖は突然のことすぎて、あの場では答えを出せなかった。


 もしあの場で答えてしまっていたら……冷静に考えられず、了承してしまっていた可能性が高い。


(い、いや、別に冷静に考えても、絶対に断るというわけじゃない……どちらかというと、了承する可能性の方が……って!)


「何を、考えてるんだ!」


 枕の近くにある可愛らしいぬいぐるみに八つ当たりをするように、ボフボフっと拳を何度も振るう。

 しかし聖は自分でもよくしっかり冷静になって、あの場から抜け出せたと思った。


 あのままの勢いで了承していたらと考えると――。



『わ、わかった……私なんかでよければ、その、付き合っても……』

『なんか、とか言うな。俺は聖ちゃんが好きなんだから。聖ちゃんじゃないとダメなんだ』

『っ……こ、これから、よろしく……』

『こちらこそ。すごく嬉しい、聖ちゃん』


 二人の体勢はそのまま、久村が聖を壁と右腕で囲んでいる状態。


 どちらの息遣いも聞こえるくらい近い、付き合ったばかりの二人がそんな距離にいる。

 大好きな聖がそんな近くにいて、我慢出来るわけもなく……。


『聖ちゃん、俺、我慢出来ない……いいかな』

『えっ……』


 聖が疑問に思って目線を上げると、先程よりも近くなった久村の顔。


 久村がやろうとしていることを理解し、聖は顔が沸騰するのではないかというくらいに顔が真っ赤となる。


『ま、まて、いきなり、付き合ってすぐになんて……』

『嫌だったら、突き飛ばしてくれ……』


 久村が聖の顎に左手を当て、それをしやすいように上を向かせる。

 お互いの唇と唇の距離まで、残り数センチ……。


『あっ――』


 聖は久村の胸に両手をおいて突き飛ばそうと一瞬考えたが……両手を胸に添えるだけになってしまい。


 そして二人の唇は――。




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