第2話 推しヒロインへ告白
「好きだ」
「……はっ?」
初めて、この夢の中で俺は自分の意思で、喋ることが出来た。
「君の友達を想う心が、その優しい心が大好きだ」
「なっ!? な、何を言っている、久村!?」
どうやら俺は久村司のまま聖ちゃんに話しかけているようだ。
しかも聖ちゃんが俺の言葉に反応してくれている。
漫画の推しキャラに直接好きと伝えることが出来る、そしてその反応が見れるなんて、最高すぎるだろこの夢。
「聖ちゃんの凜とした表情が大好きだ、カッコいい。銀髪ショートもカッコよくて、とても綺麗で最高だ」
「せ、聖ちゃん!? お、お前、なんでいきなりそんな呼び方を……そ、それに、なんて恥ずかしいことを……!」
俺の言葉に聖ちゃんが顔を真っ赤にしてくれている。
めちゃくちゃ可愛い、尊い……!
「藤瀬のことを心配して勇一のことを調べる聖ちゃんがとても優しくて好きだ、調べて接しているうちに勇一のことを好きになっちゃうチョロい聖ちゃんも可愛くて大好きだ」
「くっ……! お、お前、私を怒らせたいのか……!?」
顔が真っ赤なまま涙目になっている聖ちゃんもとても可愛い。
「親友を想って自分の気持ちを押し殺す聖ちゃんは、大好きだけど、嫌いだ」
「っ……本当にお前は、いきなり何を……」
俺が読んでいる「おじょじゃま」という物語は、まだ終わっていない。
先程、聖ちゃんが藤瀬に告白した方がいいと言って、藤瀬は頑張って告白をしようとするんだけど、それも幼馴染の東條院歌織に邪魔をされて、告白出来ずに物語は続いていく。
邪魔をされて告白出来なかったということを藤瀬から聞いた聖ちゃんは、少しだけホッとしてしまうんだ。
まだ重本勇一は付き合ってないから、自分にもチャンスが来るんじゃないか、って。
そう思ってしまって自己嫌悪に陥る聖ちゃんだけど、人間としてそんな感情が出てしまうのはしょうがない。
だけど……物語は続いていくけど、聖ちゃんは重本勇一と付き合うことはないだろう。
二人の本ヒロインがいるから、聖ちゃんは負けヒロインが確定しているのだから。
つまり聖ちゃんは、このまま物語が続いても、幸せになれない。
「聖ちゃんはこの先、多分幸せになれない」
「な、なんでお前にそんなことを言われないといけないんだ!」
そう、別に久村司は、物語の恋愛関係に全く絡まない。
だけど、俺は――。
「だから聖ちゃん、俺が君を幸せにする」
「……はっ?」
「聖ちゃん、俺は君が好きだ。絶対に幸せにするから、俺と付き合ってほしい」
「なぁ!?」
久村司の立場なんて、俺は知らない。
俺は、彼女を幸せにしたい。
もうあんな悲しい笑顔を見たくない、させたくないから。
「ちょ、ちょっと待て!? お、お前、本気か……!?」
「本気だ。俺は聖ちゃんのことが大好きだ、人生の全てを捧げられる」
「なっ!?」
まだ高校生でバイトしかしていなかったが、バイトのお金はほとんど全て聖ちゃんのグッズとかに当てていた。
これからもグッズが出る度に、俺はそうしていくだろう。
それだけ聖ちゃんのことが好きなのだ。
「お、お前、そんなことを言う奴だったか……?」
「聖ちゃんが俺をそうさせたんだ」
「くっ……そ、そんな、臭いセリフを……!」
そう言いながらも照れているのか、目を逸らして頬を赤くしている聖ちゃん。
可愛らしい顔をもっと近くで見たいから、俺は彼女の方へ歩み寄る。
これは夢の中だと思うから、覚める前にもっと推しの顔を近くで見たい。
「君の凜としたカッコいい顔も、照れて恥じらう顔も、笑って可愛い顔も、全部好きだ」
「か、顔のことしか、言ってないじゃないか……!」
「もちろん性格も好きだ。さっきも言ったけど、聖ちゃんが藤瀬のことを思って自分の気持ちを押し殺すのはすごいと思う。そんな優しい聖ちゃんは好きだけど、君にはもっと幸せになってほしい」
「久村……」
それに聖ちゃんの水着姿とかも原作では描かれているから、彼女が見た目ではわからないが、とても豊満なボディを持っていることは知っている。
まあそれを夢の中だとしても、聖ちゃんに言う度胸は俺にはないが。
俺が近づいていくのと同時に聖ちゃんは少しずつ後ずさっていた。
教室の教壇の方へ後ろを向きながら下がっていたから、教壇に上がるところの段差に気づいていなかった。
それに躓いて、後ろ向きで倒れそうになる聖ちゃん。
「あっ……!」
「危ない!」
俺は慌てて彼女に手を伸ばし、倒れないように支えた。
抱きかかえるように支えてしまったので、身体と身体が密着して、顔もものすごく近くなった。
「っ……」
俺か、それとも聖ちゃんか、それとも二人ともだろうか、息を飲む音が聞こえた。
「す、すまない、ありがとう」
「い、いや」
聖ちゃんは顔を真っ赤にしながらもすぐに自分で立ち、俺から少し離れる。
俺もさすがに顔が熱くなってしまった。
めちゃくちゃまつ毛長かった、瞳が大きくて吸い込まれそうだった……マジで推しが可愛い。
もっと、また近くで見たい。
「で、聖ちゃん、返事は?」
「へ、返事? なんのだ?」
「そりゃもちろん、告白の返事だよ」
「うぅ……!」
教壇の上に立ち黒板を背に俺の方から顔を背けている彼女に、さらに近寄って黒板に右手を置いて、俺の腕と壁で聖ちゃんを囲んだ。
この形はいわゆる「壁ドン」というやつなのだろう、俺みたいなやつがそれをやっても様にならないかもしれないが、やられているのが聖ちゃんというこの状況は、客観的に見ても主観的に見ても最高だ。
「ひ、久村、その、近いの、だが……」
「聖ちゃんが返事をしないからだよ。それに照れてる顔が可愛すぎるから、近寄りたくなった」「っ……へ、返事は、その……」
「聖ちゃん、大好きだ。絶対に幸せにするから、付き合ってください」
「っ……!」
俺がもう一度そう言うと、聖ちゃんは潤んだ瞳で俺のことを見上げてくる。
くっ、聖ちゃんが可愛すぎて、頭が沸騰しそうだ。
「へ、返事は、待ってくれないか……突然のことで、その……」
「やだ。今欲しい」
「へっ!?」
だってこれ夢だし、今返事をもらえなかったら、夢が覚めて一生後悔する。
フラれるにしても、この告白がどうなるかは最後まで夢の中で見たい。
「返事をくれない限り、帰さないから」
「ううぅ……お前、そんなに強引な奴だったのか……?」
「聖ちゃん、どうなの? 俺じゃ、聖ちゃんの彼氏になれないかな?」
俺がもう少し顔を近寄せてそう問いかけると、聖ちゃんは視線をあちこちに逸らしながら応えてくれる。
「そ、その、久村がとてもいい奴ってのは知ってるから……別に、彼氏になれない、ってわけじゃ……」
「じゃあ、付き合うってことでいい?」
「そ、それとこれとは、少し違うだろ……!」
「今、答えてほしい」
そうじゃないと俺は、そろそろ夢が覚めてしまうかもしれないから。
「聖ちゃん、どっち?」
「う、ううぅ……! うわー!」
「わっ!?」
さらに顔を近づけようとしたら、聖ちゃんは顔を真っ赤にして俺の胸の辺りを両手で押してきた。
さすがにそれでフラついて離れてしまい、その隙をついて聖ちゃんが俺の腕と壁の間から抜けた。
「い、今は無理だ! また近いうちに必ず返事をするから!」
「待って聖ちゃん!」
今じゃないと意味がない! というか今じゃないと、もう夢が覚めて一生聞けないから!
「む、無理、もう無理だ! 私は帰るぞ!」
聖ちゃんは荷物を持って教室のドアの方へ向かっていく。
くそ、ダメか、これ以上引き止めて告白の返事を聞くのは、夢の中でも無理そうだ。
じゃあ最後に……これだけは言っておこう。
「聖ちゃん、俺本気だから! 聖ちゃんのことマジで好きだし、絶対に幸せにしたいと思ってるから!」
「っ!? わ、わかった! それを参考に、考えておくから! じゃあ!」
最後にまた真っ赤な可愛い顔を見せて、聖ちゃんは教室を出ていった。
廊下から聖ちゃんの足音が聞こえるけど、めちゃくちゃ全力疾走をしているようだ。
聖ちゃんは運動神経もいいから、多分追っても追いつけないだろうな。
大丈夫かな、急ぎ過ぎて階段からこけたりしないかな?
意外とおっちょこちょいなところもあるからな、聖ちゃんは。
まあそこも可愛いんだけど。
「はぁ……だけど、返事はしてもらえなかったか」
この夢がいつ覚めるのかはわからないけど、おそらく返事をもらえる前に覚めてしまうだろうなぁ。
というか夢だったら一気に何日か飛んで、返事をもらう瞬間まで行けないのかな?
よし、行け! 行くぞ! 返事をもらう日まで、飛べ!
……うん、出来ないね。
融通がきかない夢のようだ。
いや、だけど推しの夢を見れただけでもありがたいし、何よりあんなに可愛い聖ちゃんの姿なんて、まだ原作でも描いてないんじゃないだろうか。
それを俺は夢の中で体験できた、最高だな。
融通がきかない、なんていってごめんなさい、夢さん、ありがとうございます。
「だけど、なかなか覚めないものだな」
思わずそう呟いてしまうほど、夢が覚めない。
というか夢とは思えないくらいに意識ははっきりしているし、五感もちゃんとしている。
本当に夢なのか疑わしいくらいだ。
だけどまあ、こんなに夢みたいな体験、夢じゃなかったらそれこそヤバいだろ。
「……ま、とりあえず帰るか」
俺はそう言って、自分の机にかかっているカバンを背負う。
帰るといってもこの世界は「おじょじゃま」の世界なので、俺が帰る家なんてないが、俺は久村司になっている。
もちろんこの世界の登場人物である久村司には、帰る家があるのでそこに帰る。
なぜかその家の場所は頭の中にあるので、普通に帰ることが出来るだろう。
というか本当に、どうも変なところでリアルっぽさがあるのは、面白いところだ。
そして俺はさっきまでの聖ちゃんの可愛さを思い出しながら、気分上々に帰路についたのだった。
「えっ、さっき、久村くん、聖ちゃんに告白してた?」
――この時、最後の告白の言葉を誰かに聞かれていたなんて、俺は思いも寄らなかった。
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