第1章
第1話 漫画キャラへ転生
俺には、好きなラブコメ漫画がある。
タイトルは、「幼馴染お嬢様が邪魔をして、普通のラブコメが出来ない」だ。
内容は高校生の主人公、重本勇一が高校で知り合った女の子、藤瀬詩帆のことが好きになる。
そして告白をしようとするのに、幼馴染のお嬢様、東條院歌織がそれを邪魔するのだ。
藤瀬詩帆と二人きりになるのをお嬢様らしくお金や権力を使って邪魔をして、最終的には主人公を自分の許婚にしてしまう。
主人公は最初、その幼馴染のお嬢様を邪魔に思うが、東條院歌織が主人公のことを好きなのに気づいて、邪魔をしていたことが全て愛情の裏返しだとわかって、東條院歌織のことが気になり始める。
だけど主人公が好きな藤瀬詩帆も、主人公のことが本当は好きなのだ。
純粋に主人公のことが好きな女の子の藤瀬詩帆、そして捻くれながらも主人公を独占したい幼馴染のお嬢様、東條院歌織。
その三角関係がとてもいじらしく面白い。
このラブコメ漫画は人気で、今度アニメ化も決まっている作品だ。
俺はラブコメ漫画をあまり読まないが、この漫画だけは面白くて読んでいる。
そしてよくこういうラブコメ漫画を読むと、やはり推しキャラというものが自分の中で生まれる。
俺の高校でも他に読んでる奴はいっぱいいて、藤瀬詩帆か東條院歌織か、どちらが好きかという話になる。
だいたい半々で分かれるのだが……俺の推しは、違う。
東條院歌織でもなく、藤瀬詩帆でもない。
俺の推しキャラは、藤瀬詩帆の親友の女の子、嶋田聖。
いわゆる……絶対に主人公と結ばれないであろう、ヒロインだ。
この漫画、通称「おじょじゃま」と呼ばれているのだが、本ヒロインは東條院歌織か藤原詩帆の二人だ。
主人公はその二人のどちらか選ぶ、というのがこの物語の絶対的なストーリー展開なのだが……物語を彩るために、他にもヒロインがいるのだ。
その一人が、俺の推しキャラの嶋田聖。
銀髪のショートの女の子で、つり目でちょっとクールな見た目をした女の子。
とても美人でその見た目から、作中では女の子に好かれる女性、として描かれていた。
俺はその子が大好きだった。
漫画のキャラにこういうのはキモいかもしれないが、ガチ恋だ。
高校生ながらバイトをして、稼いだお金のほとんどを聖ちゃんのグッズとかにつぎ込んだ。
本当に好きで、自分ながらここまでハマるとは思っていなかった。
今日もバイトの帰り、聖ちゃんのグッズを買いに行くためにお店に向かう途中だ。
最近はアニメ化が決まったから、グッズ関係が多くなってきたからなぁ……お金がどんどん減っていき、足りなくなってきた。
もっと頑張ってバイトしないとなぁ。
そんなことを考えながら歩道を歩いていたら――後ろから悲鳴が聞こえた。
その声につられて後ろを振り返ると、すぐ目の前にトラックが迫ってきていた。
大型のトラック、今から横に飛んでも逃げられない。
というかここ歩道なんだけど、なんでトラックが突っ込んで……ああ、運転手の奴寝てやがる、ふざけんなよ。
一秒にも満たない間にそんなことを考えていた俺。
トラックに当たる前にそんな考える時間があるということは、これは死ぬ間際のあれか、時間が伸びて感じるみたいなやつ。
ここで死ぬのか?
死にたくない、だって俺はまだ高校生で……それに、「おじょじゃま」の続きも読んでない。
まだあれは完結してないんだ、完結までしっかり読みたい。
聖ちゃんが報われないとわかっているけど、どんな結末を迎えるか知りたい。
今日は聖ちゃんのグッズがいっぱい発売するから、それらを買わないといけないんだよ。
こんなところで絶対に、死にたく――。
瞬間、今までの人生で味わったことがない衝撃を身体全体で受けて、俺は意識が飛んだ。
◇ ◇ ◇
――ここは……どこだ?
なんだか、意識が朦朧としていて……。
目を開けて自分の状況を確認してみる。
周りを見渡してみると、どうやらどこかの学校の中のようだ。
一瞬自分が通っている学校かと思ったのだが、よく見ると違う。
建物の構造とか廊下の感じが俺の学校とは違うし、何より……なぜか俺も制服を着ているのだが、その制服がどう見ても違う。
なんでだ、なんで俺はどこかわからない学校の制服を着てるんだ?
そういえば、俺……トラックに轢かれなかったっけ?
じゃあもしかして、これは夢の中?
トラックに轢かれて意識がなくなって、夢の中にいるのか?
それが一番可能性が高いか……もしかしたら死んだのかもしれないし。
ん? なんか、俺の意思とは関係なく身体が動き出した。
学校の廊下を歩き、どこかに向かっている。
窓の外を見るとグラウンドで、サッカー部が活動しているので、どうやら放課後のようだ。
それなのに俺は学校の昇降口ではなく、どこかの教室に向かっているようだ。
なんだろう、なんか自分の身体なのに自分で動かせないというのは、変な感覚だ。
まあ夢だから、こんなもんなのか?
そう思いながら勝手に動く自分の身体に身を任せていると、ある教室の前に着いた。
閉まっている引戸に手を伸ばして入ろうとした時……身体が止まった。
中から声が聞こえてきたので、それに耳を傾けているようだ。
『どうしよう、聖ちゃん……私、告白してもいいのかな?』
『何を迷ってるんだ、詩帆は』
っ……!?
この声、それに今の名前は……もしかして、藤瀬詩帆と嶋田聖?
いや、ドラマCDを買って何度も聞いている俺が、間違えるはずがない。
この声は確実に、藤瀬詩帆と嶋田聖だ。
『だって勇一くんには東條院さんがいて……私、二人の邪魔をしているだけだと思って』
このシーンは……まさか、あそこか?
俺が大好きで、一番好きなシーン……嶋田聖を好きになった、あのシーンか?
このシーンはドラマCDになってないし、ここを聞けるとは……!
ここはヒロインの藤瀬詩帆が、主人公の重本勇一に告白をするか迷っているシーンだ。
勇一にデートに誘われてそこで告白をするか迷っていて、だけど勇気が出ない。
勇一には東條院歌織という可愛い幼馴染がいるから、自分はデートをも断った方がいいんじゃないか、とまで考えていた藤瀬。
それを後押ししたのが、聖ちゃんだった。
『東條院のことなんて関係ない。大事なのは詩帆の気持ちだ』
放課後の教室で二人きりで、その声が教室の外にいる俺のもとまで聞こえてくる。
『私の、気持ち……』
『詩帆は重本が好きなんだろう? 付き合いたいんだろう?』
『……うん』
『じゃあ頑張るしかない。大丈夫、詩帆なら出来る。それにあっちもデートに誘ってくれたんだから、脈は絶対にあるから』
『う、うん……そうだね。ありがとう、聖ちゃん』
最後に恥ずかしそうにそう言って、お礼を言った藤瀬。
『じゃあ私、部活に行ってくるね!』
『ああ、頑張ってな』
『うん! 聖ちゃん、本当にありがとうね!』
藤瀬はテニス部に入っているので、急いで部活に向かう。
俺は教壇側にあるドアの方にいて、そちらとは逆、教室の後ろの方のドアを開いて藤瀬は教室を出て廊下を走っていく。
藤瀬は俺のことに気づかぬまま、部活へと行った。
そして……一人教室に残った、聖ちゃん。
『頑張れ、詩帆……私の分まで、な』
――ここだ。
俺が、聖ちゃんを好きになった瞬間である。
聖ちゃんも主人公の重本勇一のことが好きだったのだ。
だけど聖ちゃんは、ずっと前から藤瀬が勇一のことを好きなのは知っていた。
最初は重本のことを認めていなかった聖ちゃんだが、重本と接するうちに彼の人となりがわかり、聖ちゃんも好意を抱いてしまった。
だけど聖ちゃんは親友の藤瀬のために、その気持ちを押し殺して、二人が付き合うことに協力する。
二人の友人、親友に誠実に接する聖ちゃん。
そんな聖ちゃんが、俺は好きになった。
そう思っていたら、俺の身体が勝手に教室のドアを開けた。
もちろん中にいる聖ちゃんは、俺のことに気づいてこちらを向く。
『っ……久村、聞いていたのか?』
『わざとじゃないんだ。悪いな』
俺の口が勝手に開いて、聖ちゃんの言葉に応えた。
というか、久村?
聖ちゃんが俺の名前を呼んでくれてる?
あっ、だけど違うな、これ。このシーンを思い出すに……。
もしかして、俺……久村司になってるの?
久村司、こいつも「おじょじゃま」の登場人物、立場としては重本勇一の親友だ。
こいつの物語の立場としては、重本からの恋愛についての相談を聞いて、多少のアドバイスをする役目だ。
俺、こいつも好きなんだよなぁ。
なんでかって、俺はこのキャラと同姓同名なのだ。
本当に奇跡的に俺の好きな漫画のキャラで、同姓同名のキャラがいたから嬉しかった。
しかも言動とかも結構似てるのだ……別に俺が似せてるわけじゃないぞ。
他のキャラとかに名前を呼ばれていると、俺も呼ばれている気がして興奮した。
それに今も、聖ちゃんが俺のことを名前で呼んでくれている。
まあおそらく、現実世界の俺ではなく、この漫画のキャラの久村司を呼んでいるのだと思うが。
だけどこういう立場の親友枠は、あまり恋愛に絡まない。
重本とかが三角関係で悩んでいるのを、少し面白がってちょっかいをかけたり、時々本気でアドバイスとかをする、それが久村司。
どうやら俺はこの夢の中で、久村司になっているみたいだ。
『さっきのことなんだが、いいのか? 嶋田も、勇一のこと……』
また俺の口、というか久村司の口が勝手に開き、聖ちゃんに話しかけた。
そういえば「おじょじゃま」の漫画でも、こんな感じで物語は続いていたな。
多分俺は久村司という立場になっているが、原作通りに動く久村司になっている感じなのか。
夢のはずなのに、なんでこんな感じになってるのだろう。
だがまあ、めちゃくちゃ特等席で俺は好きなシーンを見て感じていられるから、最高だな。
目の前にいる聖ちゃんも、とても可愛くて綺麗だ。
『……いいんだ。私は重本が詩帆に相応しいか調べていただけだ。私が入る余地はない、お似合いの二人だ』
そう言って聖ちゃんは、笑った。
ああ、俺は……君のその笑顔を見て、好きになったんだ。
友達を思う素敵な笑顔、だけど自分の想いを押し殺している、寂しい笑顔。
その二つが相まった笑みを見て、俺は聖ちゃん推しになったのだ――。
――だけど、好きになったきっかけの笑顔だけど、そんな笑顔をして欲しくない。
そんな悲しい笑顔を、君にして欲しくない。
推しの幸せは、ヲタクの幸せだ。
君が幸せになれない物語を――俺は変えたい。
「好きだ」
「……はっ?」
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