ラブコメ漫画に入ってしまったので、推しの負けヒロインを全力で幸せにする

shiryu

特別編

カクヨムコン受賞記念SS 原作の最終話直前であったかもしれない話



 春、別れと出会いの季節というのが一般的だ。

 高校三年生の三月、と聞けば、別れの春だということが誰でもわかるだろう。


 留年というイレギュラーを除けば、全員が卒業を迎える今日。

 卒業式も無事に終わり、卒業証書も貰い、担任の涙零れるようなスピーチも終わり、最後のホームルームが終わった。


 クラスそれぞれで最後の写真を、もう帰っていいという時間。


 だが誰も帰ろうとはしない。

 教室に残り友達と話し合い、泣き合い、高校三年間を振り返る。


 ほとんどの者がこの高校最後の日を、最後の瞬間を、簡単には終わらせたくないのだ。



 数十分が経ち、全員がそろそろ学校を出るかと考えている時。


 一人の男が周りを見渡し、誰かを探した。

 その探し人は見つからず、もう帰ったのかと一瞬思った男だが、すぐに否定する。


 おそらくまだ学校にいる、この教室にいないだけで。

 重本勇一や藤瀬詩帆に会いに行ったのかと思って隣のクラスに行ったが、あの二人の元にはいなかった。


 どこにいるかと考えてから、前に何度か二人で話したことがある場所へと向かう。


 そこはこの学校の屋上で、本当なら立ち入り禁止の場所だ。

 探し人の子はそういう禁止事項を破るような子ではないが、今日は卒業式当日。


 最後くらい破って、一人で好きな場所にいてもおかしくはないかもしれない。

 そう思って男は一人クラスを抜け出し、屋上に繋がる階段へと向かう。


 屋上のドアは普段は鍵が閉まっているが、なぜか今日は空いているようだ。

 ドアを開けて屋上に出た瞬間に、男は春の風を感じた。


 今日は出来過ぎなくらいに桜が咲いていて、風で舞い上がった桜の花びらが数は少ないが屋上にまで上がってきている。


 そんな春の風が吹かれている屋上に、一人の女が屋上の柵に肘をついて立っていた。


「嶋田」


 男に背を向けていた女の名を、男が呼んだ。

 嶋田聖は声をかけられたことに驚きながらも振り返り、声の主の名を呼ぶ。


「……久村か」


 嶋田聖を探していた久村司は、「よっ」と卒業証書を持っている手で軽く声をかけて、聖の隣に立った。


「こんなところで何してるんだ? 藤瀬が探してたぞ」

「一人で考え事をしたくてな。あとで詩帆には連絡をしておこう」

「考え事って? こんな素敵な場所で一人、黄昏ながら考えるようなことか?」

「ふっ、そう言われるとそこまでのことじゃないが、卒業式に学校で一人になれる場所なんて、ここか女子トイレの個室しか思い浮かばなかったからな」

「ははっ、その二択だったらこっちを選ぶか」


 二人は柵に肘をかけ、下にある桜の木を眺めてながら喋る。

 桜の木の近くには記念撮影している生徒が多くいた。


「……勇一に告白するのは、やめたんだったな」

「……ああ、そうだ」


 聖は、重本勇一を好きになってしまった。

 いつから好きになったのかはわからない。


 ただ高校三年生に上がる頃には、好きという感情を認めていた。


 その前から好きだったとは思うが、ずっと否定していた。


 なぜなら、聖の親友……藤瀬詩帆の想い人だからだ。

 詩帆は高校一年生の時から重本のことが好きだった。


 それを知って聖は重本がどういう人間か、詩帆に相応しい人間かを調べるために、重本と話すようになったのだ。


 その過程で、今隣にいる久村とも話すようになった。

 調べた結果、重本は非の打ち所がほとんどない男で……詩帆に相応しいと思った。


 しかし重本と関わる中で、聖も重本の人間性に惹かれてしまい、好意を寄せてしまった。


 だがその好意は、重本にも詩帆にも隠し通した。

 なぜかわからないが、隣にいる男にはバレてしまったようだが。


「本当にいいのか? まだ勇一は藤瀬とも東條院さんとも、誰とも付き合ってないぞ。今から告白すれば、まだ……」

「いいんだ」


 久村の言葉を遮るように聖は食い気味に答えた。


「重本は告白をされて、その答えを卒業するまでに答えを出すと言っていたからな。それならすでに、重本の中で誰を選ぶかは決まっているはず……いまさら私が告白したところで、重本を困惑させるだけだ」

「……そうか」

「私のことよりも、お前の妹さんは大丈夫なのか?」

「凛恵のことか?」

「ああ、あの子は重本に告白しないのか?」


 久村の妹の凛恵も重本のことが好きだということは、重本以外の仲良いメンバーは全員知っていた。

 しかし聖と同様、凛恵も告白をしていなかったはず。


「凛恵はもう諦めてたよ。勇一からは『手のかかる妹』みたいな感じで見られている、って言って頑張ってたけど、あの二人には勝てなかったみたいだな」

「……そうか。重本も罪深い男だな」

「本当だよ。俺の可愛い妹を振って、他にも可愛い女の子を何人も振って」

「仕方ない、私達が重本にそういう道を選ばせてしまっただけだ」

「まあ、そうだけど」

「その負担を減らすために、私は重本に告白しないのだ。相手を振るのは結構な負担になるはずだからな」

「告白されたことない俺にはわからないことだな」

「ふふっ、いつかお前も経験するかもな」

「遠慮したいなぁ、重本みたいに図太い神経を持ってないから」


 二人は軽く笑い合ってから、また下にある桜の木を眺める。

 生徒の数もだいぶ減ってきた。


「……告白しないで、後悔はしてないか?」

「……今はしてないな、これからするかもしれないが」


 理性では告白をしない方がいい、とわかっている。

 だけど生まれて初めての恋の気持ちを相手にも伝えずに終わってしまうというのが、寂しい、後悔、という感情が湧き上がるかもしれない。


 それでも、聖は重本に告白をするつもりはない。


「告白をすることで重本にさらに負担をかけるのであれば、私は告白をしないで後悔する道を選ぶ」

「……そうか」

「だから私の初恋は、これで終わりだ」


 自分に言い聞かせるように、聖は呟いた。


 とてもいい初恋だった、たとえ成就しなくても。

 相手に気持ちを伝えずとも、聖が恋をしたという事実は消えることはない。


 そんな思い出があれば、十分だ。



 春の少し暖かい風が屋上に吹き、聖の髪がふわっと浮いた。


 それを隣で見ていた久村が、軽く笑って言う。


「じゃあ、新しい恋を始める気はないのか?」

「いきなりだな……いつかまた、始めてみたいかもな。今度は、他の人のことを考えずに出来る、二人っきりの恋を」

「ははっ、嶋田ってロマンチストだよな、知ってたけど」

「わ、悪いか? 私だって女だぞ」

「いや、悪くないさ。それなら――卒業式の日、学校の屋上で男女が二人きり……そこから始める恋は、ロマンチストの嶋田はどう思う?」

「……はっ?」


 久村の言葉に、思わず目を見開いて聞き返す。

 久村が言ったシチュエーション、それは今まさに、自分達のこの場面……。


 そう思いながら隣にいる久村の横顔を見ると、少し頰が赤くなっていた。


「あー、なんか慣れないことして恥ずかしくなったわ……」

「ど、どういうことだ?」

「……わかるだろ? だけどまあ、言葉にしないとな」


 久村が一度息を整えるように吐いてから……聖の方に顔を向ける。

 とても真面目な顔、真っ直ぐと聖の目を見て――。


「好きだ、嶋田。心の底から、お前に恋してる」

「なっ……!?」


 予期していなかった久村の言葉に、聖は顔を真っ赤にして驚く。

 その顔を見て久村は恥ずかしそうにしながらも笑う。


「ははっ、お前がそんな顔を重本以外にするのは、初めてじゃないか?」

「い、いきなりなんだ!? からかってるのか!?」

「からかってない、本気だ。俺は本気で、嶋田のことが好きだ」

「うっ……!」


 真っ直ぐと聖の目を見て言ってくる久村、思わず目を逸らしてしまう。


「そ、そんな素振り、全く見せてなかっただろう」

「俺からすると重本の周りにいる奴ら、嶋田を含めてだけど、好意を隠すのが下手くそすぎるんだよ」

「なっ!?」

「ああ、藤瀬は例外かな? だけど最後の方はアピールしまくってたか。とりあえず、普通は好意がバレるのは告白する時くらいなんだよ、こうやってな」

「うっ……」


 聖は自分が好意を隠すのが下手というのが心当たりがありすぎて、特に何も言い返せなかった。


「い、一体いつから、その……」

「私のことが好きだったか、って?」

「うっ……そ、そうだ」

「いつからか、はあまり覚えてない。こうして二人で話す機会が多くなってきた時からか、重本に見せる可愛い反応を俺にだけ見せて欲しいと思い始めた時からか……藤瀬のために身を引くと決めた友達思いなところを見た時からか、わからない。だけどそれら全てを見てきて、接してきて、嶋田のことが好きになった」

「くっ……! よ、よくそんな恥ずかしいことを……!」


 聞いているだけで顔が真っ赤になる聖。

 聖ほど赤くはなってないが、久村も顔が赤く染まっていた。


「告白なんて恥ずかしいもんだろ……それに、しっかり告白をしないと相手に伝わらないっていうことを教えてくれた、反面教師が目の前にいるからな」

「は、はぁ!? なんだそれは!?」


 照れ隠しのようにからかった久村に、聖は恥ずかしさを紛らわすように顔を赤くしながら怒る。


「それで、嶋田。俺の気持ちは伝わったか?」

「うっ……そ、その、本気、なのか?」

「さっきからそう言ってるだろ。もう一回嶋田の好きなところを一から全部言っていこうか? どっちが先にギブアップを言うか勝負だな」

「や、やめろ! どっちも死ぬ未来しか見えない!」


 聖は一度深呼吸をし、久村の目をチラチラと見ながら話す。


「そ、その、久村の気持ちは、とても嬉しい。だけどいきなりのことで、その……」

「ああ、答えはまだ求めてないから」

「……えっ、そうなのか?」

「今すぐに求めても断られるだろう? まだ重本への好意も捨てきれてないと思うしな」

「うっ……そ、それは、まあ……」


 告白をせずに身を引くと決めた聖だが、そう簡単に初恋の気持ちを全て捨てきれているとは言えなかった。


「じゃ、じゃあなんで告白したんだ?」

「俺は嶋田みたいに告白を我慢するというのは出来ない人間だし、特に我慢する理由もないしな。むしろ好きな女を慰められるんだったら、告白くらいするさ」

「べ、別に慰められた感はないが……」

「ははっ、それはすまないな。だけど思い詰めてる雰囲気はなくなったからよかったよ」


 確かに卒業式の日に屋上で一人、少し思い悩んでいたのは事実だ。


「そ、それなら、本当に返事はいらないのか?」

「ああ、今はな。これから、嶋田にめちゃくちゃアピールするから」

「な、なんだその宣言は……」

「俺が絶対に、嶋田を幸せにする。こんな友達想いで可愛くていい女を、負けヒロインのまま終わらせてたまるか」

「っ……ひ、久村……」

「だから覚悟しろ、嶋田聖。重本勇一のことなんて忘れさせて、俺が幸せにしてやるから」

「っ……」


 久村がそんな言葉を言い放ち……一瞬の沈黙の後、二人は顔を合わせて笑った。


「ふふっ、久村、それはちょっとクサすぎるんじゃないか?」

「言うなよ、めちゃくちゃ恥ずかしかったんだから。嶋田がロマンチストだから悪いんだぞ」

「ああ、久村のそんな言葉が聞けるなら、ロマンチストでよかったよ」


 そう言って笑い合う二人は屋上からまた桜の木を見下ろす。

 もう桜の木の周りにはほとんど生徒はいなかった。


「……ありがとう、久村」

「礼を言われることをした覚えはないけど」

「いいや、お前のお陰で高校の卒業式の日が、一生忘れられない日となったよ」

「それはいい意味で? それとも悪い意味で?」

「ふふっ、さあな」


 そう言って笑う聖の顔はとても綺麗で可愛く……久村がより一層惚れ込むような笑みだった。



「そろそろ俺達も帰るか。大学でもよろしくな、嶋田」

「ああ……ん? えっ、待て、久村が行く大学を私は知らないが、まさか……」

「嶋田と同じ〇〇大学だけど」

「そうなのか!? 重本や詩帆と同じじゃないのか!?」

「嶋田がいたらそこの大学でもよかったんだけど、嶋田がいないじゃん。めちゃくちゃ勉強頑張ったんだぜー。嶋田、頭良すぎ、もうちょっと下の大学受けてくれよ」

「ほ、本当に同じ大学か? こう言っちゃ悪いが、久村はもう少し学力は下だと思ってたが」

「だからめちゃくちゃ頑張ったんだよ、嶋田と同じ大学に行きたかったから。それにその驚いた顔も見たかったからな」

「くっ……性格の悪い奴め。一歩間違えればストーカーだぞ」

「ははっ、それもそうだな。だけど大学受験頑張ったからさ、なんかご褒美欲しいな。これから嶋田が名前で呼んでくれる、とか」

「名前呼び? それだけでいいのか?」

「それと俺からの名前呼びも許して欲しいな、聖ちゃん」

「せ、聖ちゃん!?」


 二人はそんな会話をしながら、高校の最後の帰り道を歩いた。

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