第17話 鶴と亀は何匹ずつ?

 指導するのが忠行に代わって二日後。

「大丈夫か?」

「いいえ」

 様子を見に来た晴明は、文机に突っ伏している泰久を見つけて訊くも、駄目だという見たまんまの答えが返ってくる。

「さ、算術。算術って難しい」

 泰久は譫言のようにそう呟いてしまう。晴明はどれどれと泰久が解いていた問題を見たが

「簡単だろ」

 めちゃくちゃ基礎で思わずそう言ってしまう。

「簡単じゃないですよ。足の数から鶴と亀の数を当てろなんて。っていうか、全く見た目違うじゃん。なんでこんな妙な問題があるんですか」

 簡単じゃないよぅと泰久は烏帽子を掴んでがたがた揺らす。頭が一杯一杯だという必死の訴えだ。

「別に足の数が二と四ならばどれでも問題に出来る。鶏と兎と言い換えたって同じ問題だ」

 妙な屁理屈を言っていないで問題の本質を見ろ。晴明は揺れる烏帽子を掴んだ。

「ぐっ。二と四」

 一応は教えてくれるらしいと気づき、泰久は問題を見る。

 問題はこうだ。鶴と亀が合計で六十匹いる。その足の数は全部で百五十ある。鶴と亀はそれぞれ何匹か。

 何の変哲もない基本的な鶴亀算だ。しかし、今まで算術なんてやる必要あるのかと思っていた泰久は、当然ながら基本的であることすら解っていない。

 問題を見つめたまま、だからどうやって解くんですかと固まってしまう。

「まず、百五十を四で割ってみろ」

 解き方すら解っていないんだなと気づいた晴明が、そう導いてやる。泰久はそれに

「三十七と半分」

 と何とか計算してみせる。

「これが全部が亀と仮定した場合の数字だな。割り切れないということは、いくつかを鶴に換えなきゃいけない。これはいいな」

「は、はい」

「次、百五十を二で割ると」

「ええっと、七十五です」

「だな。これは割り切れるが、全部で六十だという数字から超過している。つまり、ここからも全部が鶴じゃないことが解る」

「ははあ」

 なるほどと泰久は頷いた。一体どこから手をつければいいのかと思ったが、まずは割ってみることが大事だったのか。

「さて、ここからが問題だ。百五十という数字が二と四で割り切れて、合計が六十になる数字を探す。いいな」

「は、はい」

 泰久は真面目に頷くが、自分で考えられるかなと不安そうだ。それに晴明はやれやれと溜め息を吐く。

 本当に算術が出来ないんだな。これが大きな問題だ。

「まず割り切れている鶴に着目」

 晴明はどこまで教えていいんだろうと思いつつも、解き方を誘導してやる。

「ええっと、七十五で超過しているんですよね」

「超過している数は」

「十五」

「うん。この数を単純に亀の数とすると、足の数は?」

「ええっと、十五掛ける四ってことですね」

「そう」

「ろ、六十です」

 ええっと、どうなるんですかと、泰久は不安そうな目を向けてくる。しかし、晴明は無視して続けた。

「百五十から六十を引くと」

「えっ、ええっと、きゅ、九十」

「九十を二で割ると」

「よ、四十五」

「四十五足す十五は」

「ろ、六十・・・・・・って、あれ」

 なんだか六十って数字が出て来たぞと、泰久はきょとんとしてしまう。そして、晴明の言葉を思い出しつつ、鶴と亀の数を考えると

「鶴が四十五羽で亀が十五匹ってことですか」

 あら不思議。いつの間にか求めるべき数字が現われている。

「こら、晴明。教え方が雑だ」

 そこに忠行の声が飛んできて、晴明は肩をばしっと巻物で殴られる。

「いたっ。肩が凝っている時にそれ、めちゃくちゃ痛いんですけど」

 晴明は殴られた肩を擦りつつ、しっかり忠行に文句を言う。そもそも、あなたが問題だけ渡して放置するのが悪いんですけど。そう文句を追加したくなる。

「血の巡りが悪くなっている証拠だな。それよりも晴明、教えるのならばしっかり教えてやりなさい」

 中途半端が最も駄目だぞと、忠行は晴明に睨まれても引かない。むしろ最後までやれと命じる。

「嵌められた」

 それに晴明は、通りがかったら絶対に教えてしまうことを見越していたなと舌打ちしてしまう。

 師匠に対する態度が悪いよなあと、泰久はその堂々とした舌打ちに呆れてしまった。

「ほら」

 そんな二人を見比べて笑ってしまった忠行は、保憲が見たら腹を抱えて笑っていただろうなと想像する。三人の性格が全く被っていないものだから、反応がそれぞれ違って面白い。

「いいか。こういう問題の肝は割り切れる数に注目するってことだ」

 晴明が気を取り直してそう言う。それに泰久は

「常に二の方が割り切れるわけじゃないってことですか?」

 と質問した。それに、頭そのものは馬鹿じゃないんだよなと晴明は溜め息を吐く。これで全く理解出来ないのならば放り出せるのに、理解しようとするから教える羽目になるのだ。

「二で割り切れない場合はない。ただ、四で割り切れた方が操作する数は少なくて済む。だから、四で割り切れた場合は四に注目。四が割りきれなかった場合は必ず二では割り切れるからこっちを見る。では、二でも四でも割り切れる場合は」

「ええっと、四」

「そのとおり」

 これでいいですかと晴明は忠行を見た。忠行はうんうんと頷くと

「ゆっくり丁寧に教えてあげれば、ちゃんと理解出来る子だよ」

 と、色々とすっ飛ばして教えようとしていた晴明を、しっかりと諫める。

「ちっ、やっぱり嵌められた」

 それで晴明は、自分にもう一度教えさせるためにわざとだったなと、より一層不機嫌になるのだった。

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