第16話 対照的な師弟
「なるほど。面白い話を聞けてよかった。これは利用するしかないね」
保憲はにやりと笑うと、遠巻きにこの騒動を見ていた近衛府の人間へと近づいて行く。
「なんか、凄く嫌な予感がしますね」
「そうだな。だが、俺たちが言えることは何もない」
泰久の言葉に同意しつつ、止めることは不可能だと晴明は歩き出す。いつの間にか晴明の部下も、集まっていた陰陽寮の人たちもいなくなっていた。
「いいんですか」
「説話として残っているんだろう。だったら、保憲様がそう仕向けたということになる、と考えるのが妥当だよ」
「はあ」
そういうものなんですかと、泰久は晴明の後ろを追い掛けながら首を捻ってしまう。その場合、どうして保憲と戦ったことにしなかったのだろう。
「お前はまだまだあの人のことが見抜けていないな。あの人は必要ならば自分が表に出るが、実際は裏から操っていたい性格をしているんだよ。だから、最終的に賀茂と安倍が陰陽寮を掌握出来るのならば、俺の力を喧伝することも厭わない」
晴明は未来のことも合わせて考えれば解ることだと肩を竦める。
「ああ、なるほど。初めは賀茂家だけでやろうとしていて、丁度良く益材殿が困っていて安倍家も引き込み・・・・・・でも、それならば尚更、賀茂家の手柄を大きくした方がいいのでは」
納得出来ないなと泰久は腕を組む。正直、自分が生きる時代の賀茂家は土御門家の影に隠れてしまっているところがある。それは暦道を正しく伝承してこなかった結果なのだが、暦を取らなければ、賀茂が今も権勢を誇っていたかもしれない。
「それは結果論だな。現状、暦から攻め込んだからこそ、ここまで賀茂は大きくなった。忠行様が頭になれたのもそのおかげだ。とはいえ、忠行様はあえて表立って暦には関わらなかったけどね」
親子揃って陰謀が好きなんだと、晴明は自分の師匠たちをそう評してくれる。
「裏からずんずん手を回すってことですか。となると、術が大々的に使えるのは晴明様の方がいいってわけですか」
「そういうこと。それに、お前は保憲様のことも初めから知っていた。ということは、それなりに伝承が残っているんだろ」
どうなんだと、晴明はそちらが気になる。自分の話が後世に残っているのは気に食わないし知りたくないが、保憲はどう伝えられているのだろうと知りたくなってしまう。
「ええっと」
しかし、泰久は今の話を聞いた後で、保憲が自分の身分が父の忠行を越えてしまったのを気にした結果、父の身分を上げることに成功したという美談を、そのまま伝える気にならなかった。明らかにこの話にも裏があるに違いない。
「よほどの内容が伝わっているんだな」
どうしようともじもじする泰久に、まさか本質の部分が伝わっているのかと晴明が面白そうに訊ねてくる。師匠が師匠ならば弟子も弟子だ。なんでそこで喜ぶんだか。
「い、いえ。保憲様は陰陽師の身分を凄く高めることに成功されます」
というわけで、慌ててそれだけ言っておいた。すると、晴明はふうんと興味なさげな返事だ。
「で、躊躇った部分は?」
そしてしっかり追及してくる。
くそう、普段はこんなに積極的に話を聞いてくれないのに。
泰久はそう思うと少し意地悪したくなって
「保憲様が陰陽頭になられた際に解りますよ」
と濁してやった。
どうだ、少しはこっちの話を聞きやがれ。泰久はそう期待して晴明を見ていたが
「なるほどねえ」
晴明は何か思うところがあるのか、それ以上は追及してくれないのだった。
残念、思うようにはならないものである。
今日はそのまま帰宅することになるのだった。
翌日。陰陽寮に出仕すると、晴明と一緒に忠行から呼ばれた。陰陽頭の部屋に入るのは初めてで、泰久は凄いなあと、きょろきょろと見てしまう。
何が凄いって、書類の数が。山になりすぎて文机を三つも占拠している。
「いやあ、昨日のこともあって、一気にお偉方からの依頼やらあれこれが増えてね」
忠行は横でしれっとした顔をして座る息子を見て溜め息を吐く。
なるほど、昨日の宣伝はよほど上手くいったらしい。何と言うか、保憲の凄さを垣間見た感じだ。そして、その手腕は父を上回っているらしい。
「というわけで、泰久君の面倒はしばらく私が見るよ。基礎を教えるだけならば、お前たちに教えていた頃と変わらないからな。代わりに、この仕事の山を二人で片付けるように」
が、そこであっさり弟子たちに仕事を振るところはさすがだ。呪いやその他あれこれの雑務よりも、泰久の面倒の方が断然楽なのだろう。保憲は仕方ないかと苦笑し、晴明は苦虫を噛み潰したような顔になる。
確かに晴明は巻き込み事故だ。しかし、自分を喧伝することを知っていて止めなかったのは晴明である。責任を取るしかないだろう。
「解りました」
「一ヶ月はかかりそうですねえ」
渋々と引き受ける晴明と、どれからやろうかなと、笑顔ですぐに書類の山に手を突っ込む保憲。本当に対照的な師弟だ。
「じゃあ、泰久君。君は算術の基礎をやろうか」
「はい」
そしてしっかり基礎の基礎を扱こうとする忠行だ。それはもう鬼講師という言葉がしっくりくる授業で、泰久は二人がまだ甘かったことを、この時になって初めて知ることになるのだった。
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