第4話 深刻な事態は理解したが・・・・・・
「ほう。晴明に会いたいと。つまり、君の生きる時代でも晴明は有名人ということか」
忠行の確認に、泰久はそれはもうと頷く。
「稀代の陰陽師、天才と、その伝説は数多く残っております。さらに歌舞伎という新しい演芸の題材にもなっているほどです」
そして凄いでしょうとそう未来の状況を披露する。すると、保憲はますます笑い、晴明はますます不機嫌になった。
「ええっと」
「解った。凄い有名なんだな」
「はい」
泰久はこくりと頷く。
「それで、そんな憧れのご先祖様に秘術を用いて会いに来た理由とは?」
二人の反応を無視して、忠行は淡々と確認してくれる。これはありがたいと、泰久は目的を語った。
「実は、私の生きる時代では、陰陽道はすでに儀礼と化し、実際に何を行うべきかが解らなくなっているんです。それは陰陽道だけでなく、天文も正確な観測が出来ず、暦の作成に至っては武士に取られてしまう始末でして。だから、ちゃんとした知識がほしいと考えたんです」
「ほう」
「なんだって?」
「武士が暦を?」
頷く忠行とは違い、晴明と保憲はどういうことだと詰め寄ってきた。今まで対極的な反応をしていた二人とは思えない、息ぴったりの反応だ。
「ええっと、暦はそれまでずっと、この時代から続く
泰久は自分が生まれる十年ほど前にあったことを、そう二人に伝える。すると、二人の顔は深刻なものになった。
「江戸やら幕府やらは解らないが、ともかく、暦の作成に陰陽寮が関われなくなる未来があるということは理解した」
保憲は拙いですねえと、思い切り腕を組んだ。そんな彼は現在、暦博士の地位にある。つまり、自分の地位が未来では有名無実化してしまうわけだ。
「そもそも宣明暦を使い続けるというのが非常識だ。今でも修正が大変で、保憲様が新しい暦を導入すべきではないかと、この頃研究されておられるというのに」
そして晴明も、滅茶苦茶だなと舌打ちしてくれる。
あれ、この時代からずれていたんだ。泰久はそんな事実があったなんてと驚いた。と同時に、武士に取られて悔しそうな顔をしていた賀茂家の面々の顔を思い浮かべ、あいつらもポンコツだなと思った。
「ということは、当然のように陰陽道も天文道も使えないものになっていると。それを何とかしたくて来たというわけだな。これはもう、正しい知識を残しなさいという、天の意思かもしれないねえ」
真剣な顔になった弟子たちに、忠行はしっかり取り組まなければならないぞと檄を飛ばした。しかし、晴明も保憲も嫌そうな顔をする。
「それは晴明の仕事でしょう」
「いやいや。俺はまだまだ未熟者。この間も大納言様を怒らせたくらいですからね。保憲様が面倒を見てくださいよ」
そして互いに押し付け合い始めた。
「半分ずつにするか」
「嫌です」
「面倒です」
忠行の言葉に、保憲と晴明はきっぱり言ってくれる。泰久は断られるなんて思っていなくて、そんなあと悲鳴だ。
「お前たち、今、深刻な未来を聞いてしまったところだというのに」
そんな二人の反応に、忠行はこらこらと窘める。
「だったら、陰陽頭様がやるべきですよ」
「そうですよ。賀茂家が暦道に名を残すというのならば、二つの祖である陰陽頭様がやるべきです」
そんな忠行に、結託した師弟、保憲と晴明がやいやいと反論する。それに忠行は出来るかと溜め息だ。
「俺は忙しい」
「それならば俺も」
「俺だって」
なんだ、この状況は。
「あの、雑用や出来ることでしたらお手伝いしますし、何とか教えてください」
泰久はそう頼んだが、三人の視線はどうしようと彷徨う。が、とんでもない状況が先に待っているというのに、追い返せないのも事実だ。
「暦の計算が出来ない、その他も出来ないだろうと解っているってのが難問だ」
晴明はがしがしと首の後ろを掻く。
「それだ。基礎はどこまで出来ているんだ」
保憲も天井を仰ぐ。
ええっ、こんな反応をされるとは思ってなかったんですけど。泰久はどうしたらとオロオロする。
そりゃあ、何も出来ませんよ。暦が計算するものだって、渋川春海が作るまで忘れられていましたよ。でも、出来ることはあるはずだ。
「ともかく、明日、陰陽寮の試験を解いてもらおう。それからだな」
二人の反応と泰久を見比べた忠行は、そう決定するのだった。
「し、試験って何をするんですか? まさか、物の怪を探して来いとか言いませんよね」
帰り道、泰久は心配になって晴明にそう確認した。すると、会った時と同じく虫けらを見るような目を向けられた。
「ええっと」
「零点を取るな。間違いない」
やれやれと晴明は首を振る。
「ええっと」
「問題は計算、読解の二つだ」
「・・・・・・」
内容を教えられて、泰久は嘘と頬を両手で押えた。
「お前、陰陽師を何だと思っているんだ?」
そして根本的なところを問われる。
「ええっと、天の意思を知り、気の流れを操り、悪しきモノを祓う存在だと」
泰久は必死にやっていることを並べると、晴明の目にますます侮蔑の色が加わった。
ええっ、間違っているの?!
むしろ泰久にはその反応が信じられない。
年代間格差。八百年の壁が今、如実に表われた瞬間だ。
「零点を取るな」
晴明はもう一度そう言うしかないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます