第3話 賀茂親子

「時空を越えたというのはまず横に置いておくとして、どうして俺に陰陽道を習おうと思ったんだ?」

 まず根本的なところから質問に入る晴明だ。陰陽道を習いたいというのは、宮廷陰陽師としてしっかり働きたいということだろう。その点は感心する。

 泰久はようやく本題に入ったと姿勢を正すと

「あっ、はい。実は俺は先の世で陰陽博士の地位にあるのですが」

 と現状を説明しようとした。しかし、すぐに晴明が待てと止める。

「その年でか?」

 そしてそう問われた。

 陰陽博士といえば陰陽道を教える立場だ。官位も正七位下しょうしちいげと、それなりに高い位を授かる。晴明の知る陰陽博士といえば、三十代くらいでようやくなれるものだ。

「実は、俺の生きている時代では、すでに陰陽寮は世襲制となっていまして、陰陽道と天文道関係の職種には土御門家、つまり現在の安倍家がなり、歴道には賀茂家が就くことになっているんです」

「なっ」

 大真面目に言う泰久に、晴明は目眩がした。そして、どうしてそうなるんだと頭痛がしてくる。額に手を当て、信じられないと首を横に振る。

「あの」

 しかし、泰久にすればそんな反応が予想外だった。すでにそういう取り決めがあってもおかしくないのでは。そんな気持ちになる。

「俺は今、知ってはならないことを知ろうとしているのに等しいようだ。解った。ともかく、お前がその年で陰陽博士にあるのは不思議じゃないというわけだな」

「は、はい」

 額を押えたままの晴明の問いに頷きつつ、泰久は何だか予想外なことばかりだなあと、不安になる。思い描いていた晴明像が、ガラガラと音を立てて崩れていく。

「それで、世襲だから何も知らないと」

 しかし、根本的なところはすぐに理解してくれた晴明に

「そうなんです!」

 と泰久は力一杯答えた。

 ともかく、頭は俺より遙かにいい! これだけは確信できた。

「――俺だけではどうしようもないな。ちょっと来い」

 で、晴明はというと、これはもう自分だけでは解決できない。保憲も巻き込もうと決定し、場所を師匠のいる賀茂邸に移すことにしたのだった。




「へえ。先の世から来た。しかも晴明はるあきらの子孫だって」

 ぷぷっと笑うのは晴明の師の賀茂保憲だ。年齢は晴明より少し上の二十代真ん中という感じだ。温和そうな顔立ちに、泰久は自分の知る賀茂家の人たちとは雰囲気が違うなあと思ってしまう。

「まあまあ。先の世で何があるかは解らんだろう。晴明だって、今ちょっと問題があるだけだ」

 一方、そんな笑う保憲を諫めつつ、ちょっと笑っちゃっているのは保憲の師匠であり父親の賀茂忠行だ。こちらは四十代というところか。

 場所は晴明に連れられてやって来た賀茂邸だ。晴明はこそっと保憲だけに話を通したかったようだが、たまたま忠行がいて、同時に知られてしまったというのが今の状況である。

「土御門泰久と申します。賀茂家の祖先の方々、それも有名な保憲様、忠行様にお目にかかれ光栄です」

 泰久はともかくと二人に頭を下げた。すると、賀茂親子は顔を見合わせると、ますます笑う。

「お二人とも、俺より反応が露骨ですね」

 で、晴明はというと不機嫌だ。むすっとして、笑っている二人を睨んでいるようにも見える。

「いやいや。晴明が将来ちゃんと結婚してくれると解っただけでも、ほっとしているよ」

「ふん」

「ああ、駄目だ。我慢できないっ」

 はははっと保憲は大声で笑い始める。

「ええっと」

「すまんな。息子はツボにはまるととことん笑い飛ばす性格なんだよ」

 腹を抱えて笑い始めた保憲と、ますます不機嫌になる晴明に挟まれて困る泰久に向け、忠行はすんごい説明をしてくれる。

「よ、よく笑う方なんですね」

 晴明の師匠とあれば、泰然自若として落ち着き払った人だと思っていたのに、保憲もまた想像と全く違う人だった。しかもセイメイではなくハルアキラと呼ばれているのも不思議だ。

 しかし、セイメイというのは音読みだから、本名はハルアキラの方だと考えるべきだ。ということに、ここに来て気づく泰久だ。

「悪い悪い。しかし、私たちの名前を知っているし、何より晴明に対して物怖じせずに話しているんだ。先の世から来たというのは本当なんだろう」

 何とか笑いを引っ込めた保憲は、そう言ってまじまじと泰久の顔を見る。そしてうんうんと頷いた。

「晴明の父の益材ますき殿にそっくりだね」

 そして晴明と同じことを言う。

「あのぅ、そんなに似ているんですか?」

 おかげで思わず確認してしまった。すると、保憲はまたぶふっと笑う。

「似てる似てる。その眉を下げた顔はそっくりだよ。ああ、つまり、君もこの顔で時空を越えてきたという話を信じるしかなかったわけか」

 しかし、今度はすぐに笑いを引っ込め、今やこの世の終わりのような不機嫌な顔をしている晴明に訊ねる。

「そうです。少なくとも血縁であることは間違いないと判断しました。そして、話を聞いているうちに、どうやら時空を越えたというのも、荒唐無稽な話ではないらしいと思うようになりまして」

 晴明はやれやれと首を横に振る。

 あれ、荒唐無稽だと思われていたのか。泰久はそっちにびっくりだ。

「なるほどな。後の時代ともなれば、また別の何かが大陸から伝わってきているのかもしれず、時空を越えることも不可能ではなくなっているかもしれない」

 忠行はふむふむと頷いている。どうやら、すんなり話が通るのはこの忠行だけらしい。

「ええっと、大陸から伝わったかどうかは解らないんですけど、巻物に複雑な紋様が描かれていたんです。俺は直感でこれが時空を越えるものではないかと思い、先祖の晴明様に会わせてくださいと祈りました」

 本当は叫んだだけだが、そこまでポンコツを晒す必要もないだろうと、泰久は説明する。

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