第2話 ようやく晴明邸の中へ

 めっちゃ冷たい目で見られている。

 泰久はどうしたものかと思ったが、ここでめげては駄目だ。

「安倍晴明様ですよね」

「去れ」

 答えはこれだけ。しっしと犬を追い払うかのように手を振ってくれる。ううむ、予想外の反応だと思いつつ

「俺、あなたの子孫なんです」

 と泰久は晴明に近づいた。

 すると、晴明はざざっと後ろに引いてくれる。顔もドン引きという感じに歪んでいる。

 あれれ?

 これで伝わると思ったんだけどと泰久は首を捻る。だが、虫けらから野糞を見るかのような目に変わっていることに気づき、泰久は閃いた。

 目の前にいる晴明は自分より少し上くらいに見える。十九か二十か、そういう年齢のようだ。となると、まだ子どもがいないのかもしれない。それなのに、十七歳の自分があんたの子孫だと名乗っても、そう簡単に頷けるはずがない。

「ええっと、その。俺、今からって、今なんだろう。天徳てんとく、いや延喜えんぎかな。ともかく、ざっと八百年後の世から来たんです。俺は本当にあなたの子孫で、先々の世で陰陽師をやっています」

 泰久が言い募るも、晴明は不可解だという顔をしている。

 ううむ、ここまで言えば稀代の陰陽師様は察してくれると思ったのになあ。

 泰久の顔が情けなく歪む。

 ああもう、どうして自分はポンコツなんだ。

「――貴様が俺の血縁だというのは・・・・・・冗談じゃなさそうだな」

 しかし、その情けない顔に晴明が溜め息を吐いた。そしてやれやれと額に手を当てている。

「ええっと」

「貴様の今の顔は父にそっくりだ。仕方ない。詳しい話は中で聞いてやる」

 こうして屋敷の中に入ることの許可が出たのだが、理由は何とももやっとするものだった。



 屋敷の中は物語で描かれるような荒れ果てたものではなく、至って綺麗なものだった。庭も手入れが行き届いている。

「おおっ、本物の寝殿造しんでんづくりですね」

 しかし、そんな予想外を余所に、泰久は興奮していた。

 江戸時代にはすでに寝殿造りは珍しいものであり、泰久の家も一般的な造りをしていた。だから、このだだっ広い造り、蔀戸しどみど、吊り灯籠どうろう御簾みすと興奮するものばかりである。

「こんなものに感動するのか」

「それはそうですよ。俺の生きている時代では、帝の御座おわす内裏くらいしか、こういうものはないんです。左大臣様のお屋敷でも、ここまで立派ではないんです。武家の時代になってしまいましたからねえ」

 泰久は興奮のままそう喋った。すると、晴明は驚いた顔をし、そして顎を擦る。

「どうやら先の時代から来たというのを、信じるしかないらしいな」

「ま、まだ信じてなかったんですか」

「父の悪戯というわけでもなさそうだ」

「お、お父上をどうお考えなので?」

「ろくでなし」

 さらっと父親を扱き下ろす晴明だ。

 色々と予想外なことを言ってくれる晴明に、泰久はただただ驚く。

 何だか全然、想像と違うなあ。

 もっと超然として、何もかも見通して、驚かず、珍しい現象もすぐに理解してくれると思っていたのに。

「ここまで来ると、信じるしかないか。正気を失っているわけでもなさそうだし」

「ひ、酷いです」

「何を言う。いきなり、家の前で行き倒れていた奴が、あんたの子孫だと言い出して信じると思っているのか。まず正気を疑うのが正しい姿勢だろう」

 晴明からぐうの音も出ない正論が飛んでくる。

「ご、ご尤もです」

 というわけで、泰久はすみませんでしたと頭を下げた。

 その態度に気をよくしたのか、晴明がパンパンと手を叩いた。すると、遠巻きに二人を見ていたのだろう、年老いた家人がやって来た。

「お帰りなさいませ」

「客人だ。もてなしの準備を」

「すぐに」

 家人は見た目に反して機敏な動きを見せ、他に隠れていたらしい手伝いの者に声を掛けている。

 それに、泰久は式神じゃないんだと、ちょっと残念に思う。説話では確か、誰もいないのに蔀戸が上がり、灯りが点るのではなかったか。

「何を不思議そうに見ている」

「い、いえ」

 ここで式神について訊ねるとまた馬鹿にされる気がして、泰久は首を横に振った。そして、大人しく晴明に従う。 

 しかし、平安時代の建物にワクワクしてしまい、ついきょろきょろしてしまう。

「落ち着きのない奴だな。そんなに珍しいのか」

「ええ。絵巻物でしか見たことのない世界です」

「ふうん」

 泰久の反応に、どうやら本当の本当に未来からやって来たらしいと、晴明も信じることになる。

 だが、俺の子孫だって?

 それが正直な感想だった。多分、間違っている。いや、絶対に間違っている。そんなことも思っている。

「ここでいいか。座れ」

 客人用の部屋に通すべきかどうするか悩み、結局は自分の部屋に通すことにした晴明だ。ひょっとしたら自分の師、賀茂保憲かものやすのりのところに出るはずだったのに間違ったのでは。仕方なく、俺の子孫だと言って、場所を訊ねようとしているのでは。そう考えてのことだ。

「おおっ、円座わろうだ

 一方の泰久はこの時代の座布団、円座に感動。本当にこんなものに座っていたんだと、珍しげに眺めてしまう。

「解った。お前が何もかも珍しいのは解った。ともかく座れ」

「ああ、はい」

 晴明に促され、泰久はようやく円座に座る。その固さにビックリだが、ようやく話を聞いてもらえるところまでこぎ着けたことになる。

「それで、俺に会いに来たって?」

 晴明は気怠げに問い掛ける。

 さて、どんな面倒なことがあるのか。というか、やっぱり保憲様のところに行きますと言わないか。むしろ言え。そう思っている。

「はい。我が先祖、安倍晴明様に会い、陰陽道を教えて頂きたいとそう考え、時代を遡る術を探しておりました」

 しかし、目の前の泰久は大真面目にそう言う。

 やっぱり俺の子孫だと言い張り、俺に用事があるらしい。

 晴明は面倒臭い状況に溜め息を吐くのだった。

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