6 親友という絆
「今日も疲れた……」
「あたしも。でも、今日で全てのシーンの練習が終わったね」
「そうだな、本番も上手く行けばいいな」
「うん、気を緩めるわけにはいかないよね」
真面目な返事に、俺はつい笑ってしまった。
「な、なによ?」
「いや……最初はあんなに嫌がってたのに、今は随分張り切ってるなって思って」
「そ、それは……やるならちゃんとやりたいじゃない」
ふてくされて、奈名はそっぽをむいた。
確かにちゃんとやるという宣言の通り、奈名は非常に頑張っている。
セリフが一番多い主人公なのに、彼女は誰よりも早くセリフを覚えた。
この前偶然に奈名の台本を見たが、そこに書かれたメモや線をひいたポイントの数は、それなりに真剣にやっているつもりの俺も敵えるものではなかった。
もちろん、努力しているのは奈名だけではない。本番まであと1ヶ月半ぐらいの今日で、ほとんどの劇団員は自分が演出するパートの練習を一通り終えた。リハーサルや舞台の準備などは残ってあるが、ストーリー自体は基本的に滞りなく演じることが出来た。
この進度は、予定より一か月も早い。
最初は土日しか練習が出来ないから少し不安だったが、今は順調過ぎて逆に不安を感じるのだ。
今日も一日の練習をこなした俺たちは、肩を並べて日曜日の帰り道に、信号を待つために足を止めた。信号の近くにある喫煙コーナーから、何種類かのタバコが混ざった匂いが伝わる。
「そういや、最近の奈名、タバコの匂いしないな」
「……」
「あれ?何で急に俺から離れた?」
「あたしの匂いを嗅ぐ変態の近くにいたくない」
「……誤解だ。わざと嗅がなくても、タバコの匂いが勝手に鼻に入るんだ」
「本当は?」
「……一回だけ、シャンプーの香りがあるかなと思って嗅いだ」
「一回?」
「……二回」
「……」
「二回以上も……あるかも」
「変態、死ね」
「……すいませんでした」
そのまま信号が変わるまでその距離が保たれたが、交差点を渡ったら、また奈名は俺との距離を縮めてくれた。
「やめたのよ」
「え?」
「タバコ。院長や成恵おばさんたちにバレたら色々めんどくなるでしょ?」
「なるほど。で、本当は?」
「……心配を掛けたくない」
「素直でよろしい」
「何子供扱いしてんのよ!」
俺の仕返しに、奈名は唇を突いた。かわいい。
「っていうかあんた、良くも毎回毎回付いてくるわね」
「そりゃあ、梨沙さんに『ななを家まで送って』って言いつけられたし」
「それ、超昔のことでしょ」
メイド•イン•キャットでバイトした日以来、俺は毎回奈名を家まで送ると勝手に決めていた。
とは言え、実際に奈名が送らせてくれるのは、家の近くにあるコンビニまだ。
家まで送ったら、家に招き入れられるシーンでも発生するかもしれないと思ったが、現実はそう甘くなかった。
「まぁ、奈名が送らせてくれなくても、後ろでこっそり護衛するつもりだけど」
「それただのストーカーだから」
やはり、奈名と過ごしているこの日常はいいな。あの時、勇気を出して告白しに行って良かった。
俺のこの思いに気付かずに、奈名は何だかうわの空で声をこぼす。
「……たまには茉緒と一緒に帰りたいけどね」
「あれ?普段は一緒じゃないのか?」
俺はよく京陽と下校するように、奈名と茉緒も同じと思ったが、どうやら違ったみたい。
「……昔はね」
「もしかして、俺がいつも奈名に付き纏ってるから……?」
「あたしに付き纏ってる自覚あるんだ?」
「エスコートと言ってくれれば嬉しいけどな」
「あんたね……」
俺を睨んで来て、奈名はふと寂しそうな笑みを浮かばせる。
「違うよ。成良がいなくても、あたしはきっと……」
「……」
また、その顔だ。一体その瞳に、どんな悲しみが見えているのだろう。
「なぁ、奈名はどうして小野里だけと仲良がいいんだ?」
「え?何でそれ聞くの?」
「最近の奈名がよくぼーっとしてた理由は、小野里にあるじゃねえかなと思ってな」
「!そっか……」
俺の言葉に心当たりがあるだろう。奈名は長いまつげを伏せて考え込む。
そして、ゆっくりと、艶のある唇を開く。
「あたしが茉緒と出会ったのは、中学生になった頃」
語り始めたのは、ただのクラスメイトから親友になった、二人の物語。
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