5 プロはいつも難しい

「……ふぁ〜」

 駅近くのビルの5階に位置するレンタルスタジオに、京陽のあくびが木霊した。

 10月中旬のある日、俺、奈名、京陽と茉緒の4人が初めての練習のために集まった。

 父親の友人が経営しているらしいこのスタジオは、広い空間に両面も鏡の壁で隔てられていて、二つの個室に分けられているが、その鏡の壁はドアの向こう側の壁まで伸びていなく、二人が通れるほどの幅は残されてある。

「寝不足?」

「3時まで深夜のラーメン屋で並んでた」

「……アホかお前」

「豊原くん、本当にラーメン好きだね」

「普通だろう」

「普通じゃないと思うよ…….」

 茉緒は京陽の反論に苦笑いをこぼした。

「にしても、何だか本格っぽくてすげえな。なあ?奈名」

「……」

「奈名?」

「え?ごめん、なんか言った?」

「……奈名ってさあ、最近よくぼーっとしてね?」

「そ、そう?」

 縷紅草に帰ったあの日から、奈名はずっと何かを考え込んでいる様子だった。

 心境が変わるのに適応する時間が必要だと思ったが、やはり心配はするものだ。

 お茶を濁そうとした奈名だが、茉緒はそれを許さなかった。

「私も思ったよ。奈名は悩みでもあるの?」

「べ、別に何でもないよ」

「何かあったら言ってね?友達……だよね?」

「茉緒……あ、あたしは——」

「成ちゃん遅い〜みんな着いたよ」

 おかしくなった雰囲気を切ったのは、俺たちに気づいてやって来たお母さんだ。

「母さん、悪い、こっちに来る前に皆で院長に挨拶をしに行った」

 茉緒は縷紅草に行ったことなかったし、ちょうど四人で一回訪ねてみるということだ。

 ちなみに、縷紅草にいた時……

「え〜こんな広いとこで演劇するの?すごい!」

「こんなシロアリに食い尽くされそうなボロ施設のどこがすごい?」

「こらあ京陽!殺すぞ!」

 と、縷紅草殺人事件になりかけたところだった。

「そうか、茉っちゃんは縷紅草に行ったことなかったんだよね」

 俺の言葉を正しく汲み上げて、母親は納得して頷いた。

 それから、奈名たちもお母さんへの挨拶を済んで。

「とりあえず、あなたたちもみんなに挨拶しに行ってね」

 母親が指差している後方に沿って、俺は見覚えのない十数人が見える。

「こんなにいるんだ?」

「この前電話で言ったボランティアの子たちよ〜みんなも頼れる良い子よ〜」

 そう言えば確かに大学の演劇サークルの人を探したと言ったな。こんなにいれば、ますます俺たちを入れる理由が分からなくなった……まぁ、奈名と同じイベントに参加することが出来て、今は感謝しているけど。

「じゃ、私はまだ父さんと相談したいことがあるから、また後でね」   

 そう言って母親は父親がいる方へ向かった。俺たちもその言葉に従って、ボランティアの人たちの方へ足を運ぶ。

「あの、俺たちは……」

「おお!君たちは今回の主役だな!」

「え?」

 ちょうど声をかけようとした同時に、向こうが俺たちに気づいて、元気よく手を振って来る。

 それを合図に、十数人が一気にこちらへ振り返る。

「あ、来たね‼本当に全員高校生だ‼すごい‼」

 何がすごいだろう。

「JKだうおおおおお!! 興奮したあああああ!!」

 この人、危なくない?興奮って言ったよな?

「Weeeee‼青春を楽しもう‼」

 Weeeeeじゃねえよ、We○dでも吸ったのか?

 殺到して来た大学生たちに、俺は返事もツッコミも追いつかなかった。大学生が怖い。

「ねえねえ、あなた名前は?」

「お、小野里茉緒と言います」

「茉緒ちゃん、顔柔らかそう!ちょっとつねっていい?」

「え?あ、あの……」

「え〜私もつねりたい!」

「一人占めなんてずるい!」

「おお!じゃ俺も……」

「男子がやったらセクハラになるでしょ?あっち行け!」

 どうやら、茉緒の頬っぺたはすこぶる人気があるらしい。何この頬っぺたマニアたち。

 大勢の人に怯えている茉緒を見て、俺の近くにいた奈名は助けようとして声を上げる。

「ちょっとあんたたち——」

 だが、その声が届く前に、ある人が人混みに入って、茉緒の盾になった。

 その人が京陽だ。

「……」

「……豊原くん?」

 自分を庇おうとしている京陽に、茉緒は意外そうに瞬きをした。

 茉緒を囲んでいる女子たちも、意外の介入で動きが止まった。

「あなた……」

 筆頭の大学生は厳重な表情で京陽を見つめる。そして……

「あなたも可愛い〜!」

「キャっ!ちょっとイケメンかも!」

「怠そうな目は素敵!」

 目標を京陽に変えて、女子大生たちが京陽をつねりまくった。

「豊原くん!」

「セク……ハラ……」

 彼女たちを阻止する言葉が届かずに、京陽(の頬っぺた)は茉緒の代わりに犠牲になった。

「……ぁ」

 心の中で京陽に敬意を払いながらも、微弱な声を俺は聞き逃さなかった。

 茉緒の救出が先越された奈名は、複雑な顔で自分の手のひらをじっと見ている。

 何でだろう。たとえ縷紅草に戻っていても、その宝石のような瞳に潜んでいる悲しみは、未だに消えていないのは。

「おう、成良、一局どうだ?」

「……家でたくさん対局しただろう?オヤジ」

 その独特な挨拶方のおかげで、俺は視線を移す前に相手の身分が分かった。

 やや欧米人っぽい顔つきに、後ろで一束に結んだロングヘア。年相応に見える顔から穏やかさを感じる。

 客観的にみれば、それなりのイケメンのはずだが、その囲碁バカの程度は、プロ棋士ではなく劇団の役者になったのが門違いだと思わせるくらいだ。そのせいで院長と気が合うけど。

「大体、俺がオヤジに勝ったことねえし、俺と打ってもつまんねえだろう」

「そんなことないさ。成良と対局した翌日は、いつも誰かが後ろで打つ所を扇子で指してくれるような気がするよ」

「俺は佐為か⁉」

 オヤジ、あんたはどこの古い囲碁盤から俺を見つけたのか?

「てか今日は練習するんだろう?囲碁を打つ暇がねえよ」

「おっと、忘れてた」

「普通忘れんのか?」

「ある人物を成良に紹介したいんだ」

 父親が後ろに向けて英語で何かを喋ったあと、西洋人に見える身長の高い男がやって来た。

「What's up?越良(えよし)」

 奈名や花玲とは違う原生の金髪は自然に目立つ、加えて普通のジムコーチでも比べ物にならないマッチョの体のせいで、低調なブラックスーツを着ていても、存在感が圧倒的に強い人である。

「こちらはフランス人のアンドレ、夕陽劇団の団長だよ」

「え、団長⁉」

「そう、団長だ。だから成良の演技が下手なら、父さんはクビになるかもしれないな、ははっ」

「変なプレッシャーかけんな!」

「今回来てるのはアンドレだけ。彼はあんまり日本語喋れないから、裏方仕事を担当するんだ」

「そっか」

 フランス人だし、仕方ない。それに、たとえ裏方でも、世界トップの劇団団長がいるのは願ってもないことだ。とりあえず、挨拶をしよう。

「Nice to meet you……アイアム成良……です」

 慣れない言語を口にするのはやはりどうしても難しいのだ。

 アンドレは俺の身長に合わせて屈めて、両手を俺の肩に乗せる。

「越良も成恵もhandsomeとprettyだけど、君はとてもnormalだね。本当に実の息子か?」

「団長様がめっちゃ失礼なことをペラペラ言ってるけどおおおおお⁉」

 俺はたまげた顔でお父さんの方へ見る。

 後者は「しまった」と表情をして手でひたいを抑える。

「まさか一目で見透かしたか……」

「は?」

「そう、成良、お前は実はあの日、スイカの木の下で……」

「ええええええ⁉」

 どさくさに紛れてまさかとんでもない真相を⁉

「オヤジ、ほ、本当か?」

「嘘に決まってるんだろう、ははははっ!」

 ……殴っていいのか?殴っていいよな?

 冷静に考えると、スイカに木がないし。

「HAHA!越良と息子は仲いいね!」

 楽しそうに大笑いをして、アンドレはもう一度俺に向けて言う。

「Sorry成良、今のは俺のAmerican jokeだ。気にしないでね」

「どうだ、成良、俺たちのAmerican jokeは面白いだろう?」

「「American!!HAHA!!」」

 くっそーつまんねえ、すべてのAmericanに謝れ。

 てかAmerican jokeって何だ?あんたらどっちもAmericanじゃないだろう?

 シンクロした二人を見て、俺は妙に疲れを感じた。

「……俺は皆のとこに戻る」

「そうだ、成良」

「まだ何か?」

「良くやった」

 またつまらない冗談でも言って来ると思いきや、届いたのはお父親らしい優しい口調。

「……何のこと?」

「色々かな」

 お父さんは俺の頭に手を置いて適当に触る。

「お前は、自慢の息子だよ」

 その言葉を残して、お父さんはアンドレと談笑しながら離れた。

「……わけわからん」

 俺はぐちゃぐちゃにされた髪を元に戻して、奈名たちと合流した。

「何ニヤニヤしてんの?成良」

 と、奈名に言われた。別に、ニヤニヤしていないけど?

「はい〜みんな揃ったね?」

 どこから持って来たかのも分からない踏み台に立って、お母さんは元気な声で切り出す。

「皆さんこんにちは!今回のイベントで担当者を務める成恵です〜皆さん、今回の演劇に参加してくれてありがとうございます!本当に、皆さんのご協力がなければ、今年はもう中止することになったかもしれません。主催として、縷紅草の一員として、皆さんに感謝します!」

 お母さんの言葉に、皆は拍手で返事した。

「では、早速ですが、今回のタイトルを発表したいと思います!」

 テンションが高いお母さんが肩に担っているトートバッグを漁って、一冊の絵本を取り出した。

「白雪姫です〜」

 随分王道なストーリーを選んだな。

「高校生の四人は未経験ということを考えて、今回は童話でシナリオを作ると決めました。多少の改編はしますが、基本の流れは皆さんの知ってる通りです。あとで台本を配るので、詳しい内容はそちらで確認してくださいね」

 なるほど、俺たちに気を配っているからか。

「最後は、演者を発表します。この部分はすでに大学サークルの皆さんと話し合って決めさせていただきましたが、ここで正式に発表します」

 そちらは経験があると考えて、確かにその方が効率的だろう。

「成ちゃん、奈っちゃん、ちょっと来て」

「え?」

「ん?」

 急に名前を呼ばれて、俺たちは戸惑ったが、言われた通り踏み台の方へ向かった。

「私たちが話し合った結果、今回の芝居は高校生の四人を中心に演出したいと思います!」

 お母さんの発言を聞いて、俺は奈名視線を交わして、嫌な予感が昇る。

「これより、主人公の白雪姫と王子の役者を発表します!」

 この展開はもしかして……

「今回の白雪姫役と王子役は、こちらの奈っちゃんと成ちゃんとなります〜」

「「ええええええ‼」」

 俺と奈名の叫び声が、広いスタジオの中で完璧なハーモニーになった。



「はい、朝の練習はここまで。みんなお昼を食べてまた午後に続くね〜」

「疲れた……」

 お母さんの言葉を信号に、俺は糸が切れた人形のように床に座って、手に持つ台本を適当に置いた。

「何でセリフこんなに多いのよ……」

 不満そうに文句を言いながら、奈名は俺の隣に座る。

「お疲れ、お姫様」

「キモい呼び方しないで」

 俺たちが主役を演出する理由は、経験のある両親や大学サークルの人たちが演出するより、この際、俺たちにも演劇を経験させたいということらしい。

 俺から見れば、たぶんお母さんはその方が面白いとでも思っていうのだろうが。

 驚きはしたが、せっかくの機会だし、不安を抱きながらも受け入れた。

「まさかの鬼コーチだね、成恵おばさん」

「あぁ……俺もこんな母さん初めて見たな」

 奈名の感想を聞いて、俺も稽古中のお母さんを思い出した。演者は二組に分けられ、二つの個室でお父さんとお母さんの指導を受けていた。アンドレは練習の状況を見てから個別にアドバイスをし、それから裏方の人員の指揮も取っている。

 さすがプロの指導があって、自分でも自身の進歩を感じたが……

「成ちゃん、表情が硬すぎる!こんな顔で王子にはなれないよ!ちゃんとしろ!これでも私の息子なの?」

 と、スイッチが入ったらスパルタ訓練を始めるお母さん。

「違う、この時は順番に出て来るんだ。囲碁の定石みたいに、手順は固定だよ、分かる?」

 と、隣の個室で自分しか分からない例えを言っていたお父さん。

「NONO!もっとstrongの声で!またこんなweakの声をしたらAmerican punishだよ」

 と、フランス人なのにAmericanを唱えていたアンドレ。American punishって何?

 というわけで、練習が開始してたった2時間ほどで、すでに皆の顔に疲弊が浮かんでいる。

「はあ……何で演劇なんかするんだろう……」

「は?『演劇しよう』って言ったのはあんたでしょ?」

「そうだけど……王子とか演じるなんて、さすがに思わなかったな」

 経験ゼロからの練習。実際にやってみたら、やはり演劇は見るほど簡単ではないと痛感した。

「あたしも主人公なんてやるとは思わなかったけどね……」

 読んでいるわけでもないのに、奈名は台本を繙いて、可愛らしく口先を尖らせる。

「全く、金髪でタバコを吸う白雪姫なんて有り得ないよ」

「自覚あるんだ……」

 奈名に睨まれた気がするが、スルーしとこう。

 しばらくすると、奈名は目を逸らして、自嘲するような笑みを浮かばせる。

「きっと、あたしは白雪姫になれないよ」

 下へ向く視線と共に下した長いまつ毛は、儚そうに揺れる。

「あたしじゃ、優しくて無垢の白雪姫にはなれないよ……どっちかというと、彼女を嫉妬する邪悪な王妃の方が、あたしに似てるかも」

 どうして、奈名は急に凹むだろう?俺はその理由を知らない。だが、聞き出せそうもない気がする。

「……あくまで芝居だろう?考え過ぎんなって」

「そうね……」

 考えた末に漏れた言葉だったが、奈名はそれが納得できそうもないみたい。

 こういう時に上手いことを言い出せないのは、情けないな……

「「はあ……」」

 同時に、俺と奈名はため息を流した。

「ため息したら、幸せが逃げちゃうよ」

 子供をあやすようなセリフと伴って、俺たちは二本のスポーツドリンクを渡された。

 小柄の彼女に似合う小さいリュックを担いで、茉緒は和やかな笑顔を見せる。

「あ、茉緒……ありがとう」

「サンキュー、小野里。そっちはどう?」

「うん、本当に深いね……アメリカン」

「王妃役の練習をしたよな⁉」

「あ……!そう、そうだったね」

 洗脳されていないよな?アンドレさん、一体茉緒に何を教えた?

 述べた通り、茉緒は悪役の王妃を演出することになっている。

 茉緒を心配している時、もう一人が足を引きずってやって来る。

「おう、京陽……おい、それ俺の……!」

 挨拶すら終わっていないのに、京陽は俺の手からペットボトルを奪って、躊躇なく口を付けて飲み始めた。

「お前な……」

「か、間接キス……はぁ……!」

 落ち着いてくれ、奈名、目が光ってるぞ。

 そんな京陽を見て、茉緒は少し気まずそうにもう一本のスポーツドリンクを取り出す。

「あの……豊原くんの分も取ったよ」

「そっか、ありがとう」

 京陽は半分程度を飲んだペットボトルを俺に返して、そのまま茉緒の隣に座り、新たなペットボトルを開けて飲む。

「お前のその様子じゃ、オヤジの方も大変そうだな」

「ああ、相当に難しいな……囲碁」

「お前もかよ!」

「さぁ行きな。振り向かないで」

「それハクだから。塔○アキラに謝れ」

 ……このままで大丈夫なのか?そんな京陽が演じるのは、真実を答えてくれる魔法の鏡だ。基本は顔を出せなくて済むキャラクターだから、あいつはそれなりに気に入っているみたい。

「あたしちょっとコンビニ行ってくるね」

「あ、奈名、待って」

 お昼を買うためにコンビニへ向かおうとする奈名を、俺は慌てて呼び止めた。

 俺は荷物置き場から自分のカバンを取り、用意した二つの弁当箱を出して、一つを奈名に渡す。

「弁当、良かったら食ってくれ」

「え……?」

 俺の行動に、奈名だけじゃなくて、茉緒まで目をきょろんとした。

「ど、どうして?」

「奈名は学校でずっと販売部のパン食ってるから、今日も当分コンビニだろうって思って、弁当をもう一個作ってきたんだ」

「……ありがとう」

 奇妙なものを見たように何回も瞬きをしたあと、奈名は再び俺の隣に座って、朱色の唇を動かして感謝の言葉を口にした。よ、よっしゃー!

「僕のはないのか?」

 心の中でガッツポーズを構えている俺を現実に引き戻したのは、京陽の興ざめな質問。

「は?」

「弁当」

「ねえよ」

「僕も弁当ないのに?」

「いや、何でお前に作らなきゃなんねんだよ?」

「……なんとなく?」

 こいつ……

 京陽と無意味な軽口を叩く最中、俺はある人の様子がおかしいと気付いた。

 俺たちの会話が全然耳に入っていないようで、茉緒はただ自分のリュックの中を見つめている。

「小野里、どうした?」

「え?あ……実は、弁当を家に忘れたみたい」

「マジか?そりゃやべえな」

「珍しいね、茉緒がこんな粗忽をしたなんて」

「あはは……」

「じゃあ、外で食べようか?」

 ゆっくりと立ち上がりながら、京陽は茉緒に意外な提案をした。

「え、豊原くん、買って戻ってみんなと食べないの?」

「外で食べたいものがあってな」

「お前、またラーメンか?」

 俺の質問に、京陽は肯定も否定もせずに肩をすくめて、再び茉緒に向ける。

「いいな?」

「あ、うん、いいけど……」

 茉緒の意志を確かめて、京陽は外へ歩き出す。

 困惑そうな顔をしたが、茉緒もリュックを手に取って、京陽とスタジオを後にした。

「行っちゃった……」

「だな……俺たちも食おう」

 なんとなく取り残されたような気がするが、俺と奈名も弁当箱の蓋を開けた。

 「あ」と、中身を見て奈名は意外そうな声ををもらした。

「あたしの好物ばっかり……」

「そりゃ良かったな」

「何で成良があたしの好物知ってんの?」

「え⁉そ、それは…….」

 昨日花玲に電話して聞いたと伝えたら、また花玲に何をされるか分からない。

 俺の慌てる模様を見て、奈名はいたずらっぽく笑う。

「花玲でしょ?」

「いや……あれ?知ってんのか?」

「あたしにこと、そこまで詳しいのは花玲しかいないからね」

 仕方ないわねと言わんばかり奈名だが、その上げた口元が本心を伝えた。

「あんたも花玲も……あたしに優し過ぎ」

「奈名……」

「奈っちゃん〜話があるんだけど、一緒にご飯食べない?」

 スキップして来ているお母さんの声が、俺たちの会話に割り込んだ。

「あたしに?」

「そう、成ちゃんに聞かれちゃいけない話だから、あっち行こう」

「母さん、いきなり何だよ?」

「教えない〜」

 俺の抗議をさらっと流して、お母さんは奈名の手を取る。

「それじゃ奈っちゃんを借りるよ、ごめんね、成ちゃん」

 そう言って奈名を連れて行った。

 四人の楽しいお昼も、二人のドキドキランチタイムも、泡になって弾けた。

 俺と一人の弁当だけが残る。

「マジかよ……」

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