過去と彼女④

 今俺は────人生最大の危機に瀕していた。



「コーキさん、何してるんですか……」


 ありさは、手に持っていたビニール袋を落としてしまう。

 この光景を見て、気分がいいわけがない。


「いやー……これは……」


 下着姿の絢香に迫られる俺。

 どれだけ言い訳を探したところで、この状況で見つかる答えはない。

 絢香はこんな状況でも、拘束を解こうとしない。


「あれ? JKちゃんじゃん」

 

 絢香は拘束を外すと、腕まで通っていた服を再び脱ぎ捨て、ありさに手を振る。

 完全に酔っている。

 この状況を見て、まだそんなこと言うのか。

 

「コーキさん、この状況どう説明してくれるんですか」


「えっと……すいません」


 ただ謝るしかできなかった。

 ほかに言葉を探しても見つからない。

 昨日、告白されたばかりなのに、今日すでにこれだ。

 

「何に対して謝ってるのか、わかっていますか?」


「それはもちろん……この状況?」


 とっさに謝ったため、理由なんて考えていなかった。

 理由? こんな感じでいいのか?

 

「もういいです」


 ありさの表情は、燃え盛っていた。

 これは許されたんじゃない、呆れてるんだ。

 彼女はどすどす音を立てながら、こちらに向かってくる。


「はい、絢香さん服着てくださいよ」


「ふいー」


 ありさは、絢香に服を着せ始める。

 この光景を眺めているわけにもいかないので、キッチンの片づけを始める。

 と言っても、瓶を片付けるだけだ。

 ただ、今戻ったところで気まずいだけ。

 特にやることもないが、キッチンの周りをうろうろして、片づけているをする。

 

「コーキさん、戻ってきて大丈夫ですよ」


 もしかして、行動が全てばれているのか。

 ありさ、なかなかの強敵だ。


「だいたい事情はわかってますよ、でももう少し抵抗してもいいじゃないですか。なんでされるがままなんですか」


 ありさは、先程落としたビニール袋を拾うと、キッチンへとやってきた。

 一方絢香は、そのままソファーで寝てしまっている。


「いや、結構必死に抵抗したんだけどね······」


 もちろん嘘はついてない。

 抵抗はしたんだ、ただ思ったより力が強かっただけ。

 なんて言い訳は、彼女の怒りを逆撫でするだけなので、心の中に留めておく。


「あっそうですか」


 冷蔵庫を開くと、買ってきた食材だろうか? それを中に仕舞う。


「何買ったの?」


 何とか話題を変えようとする。


「夜ご飯作ろうと思って、適当に材料買ってきたんですよ。それよりコーキさん、話を変えるならもう少し上手に変えてください。」


 当然の如く読まれていた。

 今日は、彼女に逆らうことはできそうにないな。

 抵抗することを諦める。

 買ってきた材料を全て入れ終わると、扉を強く閉め、怒りを行動に表す。

 

「なあ、悪かったって。そろそろ許してくれよ」


 するとありさは、右足を思い切り床に踏みつけ、こちらを睨みつける。


「絶対に嫌です」


 たった一言なのに、それが胸に突き刺さる。

 ありさは容赦なく、俺に言葉のボディーブローを打ち続ける。

 別に声が強い訳では無い、発する言葉に重みがあるのだ。


「なあ、何したら許してくれるんだ?」


「別に怒ってないです。絢香さんの事が好きなら、私の事なんか無視して二人で、キスでもセックスでもしたらいいじゃなですか」


 全力で壁を作ってくるため、取り付く島もない。

 それよりも、年頃の女の子が「セックス」なんて言うもんじゃないよ。

 

「別に、絢香とはそういう訳じゃ……」


「あっそうですか、私には関係ないですか」


 何を言ってもこの態度だ。

 一体、何をどうしたら許してもらえるのだろうか。


「絢香さんはどうするんですか?」


「代行でも呼んで、帰ってもらうつもりだ」


「わかりました。私は絢香さんを起こすので、コーキさんは代行呼んどいてください」


 そう言ってありさは、再びドスドスと音を立て、ソファーに向かう。

 下の階の人に迷惑にならないか心配だ。

 

「絢香さん、起きてください」


 肩を優しく揺すり、彩花を起こす。

 代行に電話をすると、10分程で来てくれるらしい。


「代行そんなに時間かからないらしいよ」


「わかりました。絢香さん、聞こえましたか? 帰る準備してくださいよ」


「おぉー……」


 ゾンビのような唸り声を上げながら、ゆっくりと体を起こす。

 というか、まだズボン履いてないじゃん。


「またそうやって下着見る……」


「しょうがないじゃん、履いてると思ってたんだから」


 こればかりは仕方がない。俺は悪くない。

 あやかはズボンを履かせると、そのまま手を引いて玄関まで向かう。


「それじゃあコーキさん、さようなら」


 ありさはこちらに見向きもせず、玄関を出ていった。

 一方、絢香は「バァー」などと、訳が分からない事を言いながら手を引かれて、帰って行った。

 絢香が家に来てから既に3時間が経ち、玄関の扉の隙間から少しだけ、月が見えていた。

 やっと一人の時間だ。

 いつも以上に疲れた気がする。主に精神的に。

 ソファーに倒れ込み、気分を落ち着ける。


「はぁー」


 肩から大きく息を吸うと、それを全て吐き出す。

 リラックス出来たのか、少しづつ瞼が重くなる。

 もうすぐで夢の中……という瞬間、インターホン鳴る。

 画面を見るとありさだった。

 慌てて玄関を開ける。


「どうしたんだ?」


「いや、忘れ物をしただけです」


 そう言って中に入り、真っ直ぐソファーの元へ向かう。


「ありました」


 クッションの間から携帯を取り出す。

 

「これがなかったら、大変でした」


 用を済ませると、玄関へ戻っていくのでその後ろを着いていく。


「それじゃあな」


 先程は挨拶する間もなく出ていってしまったので、今度はちゃんと目を見て挨拶をする。


「コーキさん、今日のこと悪いと思ってますか?」


「ああ、それはもちろんだ」


 これ以上関係を悪化させるのは、望ましくない。


「わかりました。じゃあ、目を瞑って歯を食いしばってください」


 おいおい、俺は今から殴られるのか。

 だが仕方がない、これで許して貰えるならお安いもんだ。

 俺も男だ、覚悟を決める。


「怒らないでくださいね」


 そう言った瞬間、唇に柔らかく、しっとりしたが当たる。

 目を開くと、ありさの顔が一面に映っていた。

 間近で視線が合う。

 互いにもう一度目を瞑ると、ありさはそのまま口を開け、舌を入れる。

 それに抵抗することなく、絡みつける。

 今日二度目の出来事だ。

 息が続かず、唇を離す。

 ありさの顔は、化粧越しでもわかるほど真っ赤になっていた。


「それじゃあ、今日入れた材料は明日使うので、そのままにしておいてください」


 そう言い残すと、彼女は風のような速さで去っていった。

 玄関に残ったのは、理解が追いついていない俺と、ありさの残り香だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る