過去と彼女①

 作業デスクのキーボードを横によけ、頬杖をつきながら昨日の事を思い出す。


『私と付き合ってください』


 あの時の光景が蘇る。

 いつもとは違い真剣な眼差し。潤んだ瞳。

 声も少し震えていた。

 あの言葉を伝えるのにどれだけ勇気がいるのだろうか。

 今まで告白というものもしてこなかった自分には、想像もつかない。

 どういう気分なのだろうか。

 小説では胸が苦しくなるなんて書かれているが、本当にそうなのか。

 どれだけ考えたところで、今の自分が知ることは出来なかった。



 ────────



「ごめん、今はありさの気持ちには応えられない」


「そうですか······」


 そう言って彼女は、切なそうな表情で窓の外に視線を向ける。

 もちろんそう言って貰えるのは嬉しい。

 ただ彼女に、心の底から「好き」と言えることが出来るのだろうか。

 会ったのも昨日今日の話だ、付き合うということはこの先自分をさらけ出さないといけない。

 そうなった時に、失望されてしまわないか心配なのだ。

 付き合ってからそういうことを考える人もいると思う。

 そもそも歳も離れている。

 彼女はまだ高校生だ、まだこれからも出会いはある。


「ごめん」


 ただ謝ることしか出来なかった。


「断ったのは私がまだ高校生だからですか?」


 こちらに視線を向ける。

 運転中なので、少しの間しか彼女の顔を見ることが出来なかったが、目が少しだけ赤く潤んでいるように見えた。


「いや、そういう訳では······」


 図星だ。思わず歯切れの悪い返事をしてしまう。

 こんな状況も初めてだし、車の中で一対一だ、逃げ場もあるわけない。

 この状況を打開するには······


「わかりました! 」


 突然大きな声を出すので、心臓の鼓動が早くなる。


「急にどうしたんだ、びっくりしたじゃん」


「あー、すいません」


 彼女は少しだけ苦笑いをした。


「何がわかったんだ?」


「コーキさんが女子高生を、相手に出来ないのは分かりました。だったら私は、これから振り向いて貰えるようにアピールしていきますね!」


 太陽のように明るい笑顔に魅了されたのは言うまでもない。

 女子高生だからとか言い訳をしているが、俺だって男だ、普通に反応はする。

 襟元と袖から覗かせた、淡いピンクの下着を忘れることはないだろう。


「コーキさん、言っておきますけどバレてますからね」


「すいません」


 見ないようにはしたいが、どうしても目線が行ってしまうんだ。

 ただ言っておきたい、これは俺だけの責任だけではないはず。

 彼女の丈に合わない大きなブラウンのTシャツ、それに隠れたショートパンツ、そこからすらっと伸びる白くて綺麗な脚。

 絶対に童貞を殺しに来てる。

 そう、彼女は一種の『殺人鬼』なのだ。


「まあ、コーキさんなら別に構いませんけど」


 口を尖らせるありさ。

 いちいち行動が可愛いい。

 なんでこんな子が俺のこと好きになるんだよ。

 理由はさっぱりだが、一度振ったんだ。さすがに聞く訳にもいかない。

 その後もありさにどぎまぎしながら、帰宅した。



 ────────



 アピールなんて言ってたが、結局何をする気なのかさっぱりだ。

 ただ、告白をされるってあんな感じなんだな。

 ありさには申し訳ないが、小説のネタに使えそうな気がする。


「ありさ、すまん······」


 想像の中のありさに対して、手を擦り合わせる。

 キーボードを目の前に寄せ、執筆を始める。

 かれこれ小説が進むのも3日ぶりだ。

 カタカタと心地よい音が響く。

 静かな空間が一番執筆に適している。

 音楽を聞いたりする人もいるが、そうすると考えていたことが滑り落ちそうになる。

 そのため、この静かな空間が重要なのだ。

 いつも以上にペースが早い、この調子なら今日中に更新ができそうだ。


「──い、おーい!」


 突然の呼び掛けに驚いて、飛び上がる。


「なんだよ急に」


 後ろを振り向くと、大きめのビニール袋を持ったあやかがいた。


「ちゃんとインターホンは鳴らしたよ。鍵開けっぱだったから気をつけてよ」


「それはすまん、ありがとな」


「ん」


 後ろにあるソファーに向かいながら、軽く手を挙げ返事をする。

 ソファーに「よっこらしょ」と、おっさんのような声を出しながら浅く座りくつろぐ。


「これ、お土産」


 そう言って取り出したのは、小さめのビール瓶だった。

 前にお願いしていた海外のビールだ。


「お、ついに来たか」


「結構予約入っててね、手に入れるのもひと苦労」


「サンキュ」


 テーブルの上に置かれたビール瓶6本を、冷蔵庫の中に入れる。


「そういえば小説はどうなの? 私に気づかないくらい集中してたけど」


「まあ、少しは進んだかな」


「そっか、まあそっちはどっちでもいいんだけど」


「どっちでもいいんかい」


 そんなことを言いながら、一人分のスペースを開けて、隣へ座る。


「ありさちゃんとはどうだったの?」


「どうだったのって······」


 昨日のことを思い出す。

 北の方までドライブに行き、熊の公園に行って、最後に告白をされて······。


「何かあったでしょ?」


「何も無いけど······」


「嘘はいいから、幸樹って嘘つくと語尾が小さくなるからすぐわかる」


 そう言って彼女は深くため息をつく。

 そんなところ見てたのかよ。


「告白された······」


 あまりにも恥ずかしいので蚊の鳴くような声で話す。


「聞こえないんだけど」


 なんだろう、絢香がイライラしているように感じる。


「告白されました」


 彼女の鋭い視線が突き刺さる。

 いや、なんで機嫌悪いの。


「あっそ、それは良かったね。んで、なんて答えたの」


 脚を組む絢香。

 傷一つも無い健康的で綺麗な脚に、思わず視線が連れていかれる。


「その気持ちには応えられない、って断ったよ」


「ふーん、そっか」


 先程とは違い、表情が柔らかくなる。

 再度脚を組み替える。

 その度、目線がそちらに向いてしまう。


「そかそか、幸樹は断ったんだ」


「それがどうしたんだよ」


 少しぶっきらぼうに返す。


「別に、なんでもないよ」


 そう言いながら彼女は冷蔵庫に向かう。

「カリッ」という音が聞こえたので振り向くと、先ほど冷蔵庫に入れたはずのビールをラッパ飲みしていた。


「おい! 何してるんだよ!」


 思わず声を荒らげる。


「何してるって、ビール飲んでるだけじゃん」


「そんなのはわかっとるわ!」


 絢香からビール瓶を取り上げる。


「何すんだよ!」


 取り上げたビール瓶を取り返そうと、腕にしがみつく。

 別に、ビールを飲まれたことに怒っているんではない。

 ここで飲むのがダメなだけだ。

 ここまで車で来ているため、自然と泊まることになる。

 何より彼女は酒癖が悪い。


「おい、去年のこと忘れたとは言わせんぞ」


「そんなの覚えてない!」


 もう酔い始めていた。

 普段はもっとクールな感じだが、酒を飲むとこうして暴れ出す。


「はい、ソファー戻って」


「いいじゃん、たまには。 去年の事なんて気にしすぎ」


 そう、俺らには酒に関して忘れられない出来事があった。

 あれは去年の今頃の話だ──

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