オフ会と彼女③

「コーキさんって、恋愛描写本当に下手ですよね」


 踏み込んでくれた。

 まさか本音を言ってくれる人がいたとは。


「中里さん、さすがにそれは言っちゃダメだよ······」


「あ、すいません。コーキさんもごめんなさい」


「いや、大丈夫だよ! むしろそう言ってもらって嬉しいかな」


 もちろん本当のことだ。

 思ったことを素直に言って貰えた方が嬉しい。

 初対面にしては距離が近すぎるかもしれないが、俺はこれくらいがいいんだ。

 周りからはめんどくさいとか言われるが、別にそんなことは関係ない。


「自分の作品のダメな所を、面と向かって言ってくれる人ってなかなかいないからね」


「そうなんですか? ありがとうございます?」


「中里さんとこれから仲良く出来そうです!」


 いきなり距離詰めすぎたかな。これは俺の悪い癖。

 気に入った人に対してとことん距離を詰めていく。


「あ、あの······コーキさん、そのー、手を······」


 あれ、なんか手に冷たい感触が。

 手だ 、自分よりすべすべで柔らかくもっと触ってたいとも思う。

 そのいつまでも触れる手の持ち主を辿っていくと中里さんにたどり着いた。


「あ! ごめんなさい! 許してください、何でもしますから!」


 おい、距離を詰めるって心の話だぞ。決して物理的な話じゃない。

 やばいな、嫌われたかな。

 そりゃそうだよな、初対面の男にいきなり手を握られたら嫌だよな。

 とにかく「ごめんなさい」と連呼するしか無かった。


「いや、大丈夫ですよ。顔を上げてください」


 あれから2分くらいは謝り続けていた気がする。

 セクハラで訴えられてもおかしくない世の中だ。

 訴えられても何も言い訳できない。

 寛大な心の持ち主に感謝だ。


「その代わり······今度コーキさんの家に行かせてください」


(······ん? 俺の家? わけがわからないよ )


「俺の家でいいんだよね?」


「はい、そうですよ」


「いやー、それはできないよ······女子高生連れ込んだってなったら大変だし」


「コーキさん何でもするって言ってたじゃないですか。それとも通報した方がいいですか?」


 詰んだ、家に連れてっても捕まる、家に連れていかなくても捕まる。

 俺の人生もここまでだったのか。


「ああ、もう好きにしてくれ······」


「ありがとうございます! あと中里さんじゃなくてありさって呼んでください」


 他の人から見たら可愛い笑顔なんだろうが、俺には悪魔の微笑みにしか見えない。

 それにいきなり呼び捨てとか難易度高すぎだろ。


「幸樹モテモテじゃん」


 今度は余計なやつまで増えてきた。


「なんで絢香まで来るんだよ······そんなんじゃないからな。そうだよな?」


 ありさに同意を求めるが、俯いて返事がない。

 え? ここでまさかの裏切り。

 おいおい、勝手に寝返るんじゃない。


「残念だったね、幸樹の味方はいないよ」


「いやいや、初めてあった人間に惚れるとか普通にないだろ」


「まー確かに、それに幸樹だしね」


 おい、最後の一言余分だろ。


「コーキさんって、絢香さんと知り合いなんですか? なんか初対面にしては距離が近いんで」


「まあ、中高の同級生だな」


「へー、そうなんですか」


「あ、あのー、ありささん?」


 ソファーの上に置いていた手が痛い。

 めっちゃつねられてる。

 俺ってなにか悪いことしたか?


「どうしました? なんでもないですよね?」


 だからその笑顔やめて、怖いから。めっちゃ怖いから。


「今だって幸樹とよく遊ぶよ。よく家に行ってるし」


 馬鹿野郎! なんで余計なこと言うんだよ。

 そんなこと言ったら、どうなるかなんて分かってるじゃないか。

 手に先程とは比べ物にならないくらいの激痛が走る。

 やめろ、爪を立てるんじゃない。


「土岐さん、両手に花ですね」


 いや、天野さん、助けてください。

 結構痛いんですよ、皮が剥がれそう。


「コーキさん、本当なんですか?」


「あのーありささん、怖いですよ」


「私の事は呼び捨てで構いませんよ、さっき絢香さんを呼び捨てで呼んでたじゃないですか」


「分かったからありさ! そろそろ限界!」


 手の激痛が少しづつ引いてきた。

 ただ手には爪痕がしっかりと残っている。

 触ると結構凹んでいる。

 あと、何故かありさの顔が赤い。


「あの、明日いいですか?」


「明日? 明日はきつい──」


 手に再び激痛が走る。


「痛い! 痛いって! わかった、明日ね」


 首を縦に振らない限り、この話は終わらないだろう。

 仕方がない、仕事は明後日からにしよう。


「いきなりJK連れ込むなんて、幸樹も隅に置けないね」


「いや、お前が油に火を注いだんだろ······てか助けてよ」


「そんなのは知らない」


 あれ? なんか絢香もご立腹なんだけど。


「おい、絢香? どうしたんだ?」


「別になんでもないよ、幸樹なんてJK連れ込んで捕まればいいんだ」


 絢香はそっぽを向く、なぜ怒ってるのか理由がわからない。

 いや、察してとか言われても分からないからな。

 二人の間に挟まれている俺は、いたたまれない気持ちになった。


(なんだよ······この展開······)


 脱出ボタンがあるのならとっくに押している。

 とにかく今は時間が過ぎていくのを待つだけだ。

 オフ会が終わったのはそれから1時間後の話。



 ────────



「お疲れ様でした」


 天野さんの声で解散する。

 普段話さない量を喋ったので疲れた。

 というか2人のご機嫌取りで大変だった。


「それじゃあコーキさん、明日お願いしますね!」


「了解、明日11時に駅前な」


「わかりました、それではさようなら!」


 ありさは大きく手を振りながら、人混みの中へと消えていった。

 見た目はチャラそうな感じだったが、思ったより話しやすい子だった。


「じゃあ俺らも帰るか」


 黒いセダンに乗り込む。

 半年前に買った車だ。見栄を張りたくて、給料一年半分をつぎ込んだ高級車。

 正直、ぶつけるのが怖いが、乗らない訳には行かない。


「幸樹、ありさちゃんのことどう思ってるの?」


「どうってどういうこと? 友達としてはいいと思うよ」


「そうじゃなくって······」


 絢香が聞きたいことはわかってる。

 ただ、そんなことは1日とかそんな短い期間で分かることではないと思う。

 というかなんで絢香がそんなこと気にするんだよ。

 今日もやたらと突っかかってきた気がするし。


「やっぱなんでもないや」


 それからはラジオの音と、エンジンの音が狭い空間に響いているだけだった。

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