釣りと彼女③

 キジハタ······別名アコウ。ハタの仲間で、高級魚。刺身の他にあら汁や唐揚げにしても美味しい。


 マゴチ······根魚で顔が平たくかわいい。生でも美味しいが、 煮付けやフライでも美味しい。



 ────────────




 あれから1時間が経った。

 クーラーボックスの3分の1はアジでいっぱいだった。

 だいたい100匹は超えただろうか。


「彩音、まだ釣るのか?」


「うーんあんまり釣っても今度は処理が面倒だからね。この辺にしよっか」


「それじゃあ帰る?」


 真上にあった太陽は、水面に沈もうとしていた。。


「いや、これからが本番だよ」


 最後に用意していた三本目の釣竿を手に取る。


「それで何釣るんだよ?」


「マゴチかキジハタあたりが釣れればいいかなって」


「でも餌はどうするんだ? オキアミしかないぞ」


「餌はいっぱいあるじゃん、ほらそこに」


 足元を指さす。

 もしかして、餌はアジなのか。


「じゃあ、釣って」


 もうアジを釣るのにはなれている。ものの1分で10センチ程のアジを2匹釣り上げた。

 初めに用意した天秤という仕掛けに、針が2本着いた糸を取り付ける。

 アジの頭と背中に針が外れないように刺す。

 針もアジで使用したものより、2回りも大きい。

 そして竿を振りかぶり、しなりを利用して、天秤を海に投げる。


「あとはどうするんだ?」


「ゆっくり待つだけだよ。たまにリールを巻いてポイントを変えながらね」


 先程のアジとは違い、なかなか釣れないため暇だ。

 釣りは忍耐力なんて必要ないと思っていたけど、こういう時に必要になるのか。

 経験しないと分からないこともあるんだな。

 それから1時間ひたすらポイントを変えたり、餌を新しくししたり色々と試してみたが、反応がない。

 それに加えてこの暑さだ。さすがに堪える。


「なあ、全く釣れんな」


「まあこういうのは辛抱だよ」


「というかこれアジ釣りながらやった方が良かったんじゃないか?」


「あ、確かに」


 その考えに至らなかったのか、絢香は『しまった!』という顔をしている。


「ねえ、幸樹は彼女とか作らないの?」


「まあ今は小説とかあるから余裕ないかな」


 なんでそんなこと聞くんだよ、まるで意識しているヒロインみたいじゃないか。

 横目で綾音の顔を見る。

 まあ確かに綺麗な顔立ちだし、俺から見てもなかなかのものだとは思ってる。

 というか、何俺は意識してるんだよ。まるで彼女が好きみたいじゃないか。


「小説で余裕ないって、じゃあ幸樹一生童貞じゃん。どうせ売れる事ないんだし」


「なんでお前は一言も二言も多いんだよ······」


「まあ、あんまり無理言うつもりは無いけど、彼女作るのもひとつの経験じゃない?」


「まあ、そんな奴がいればな」


「そんなこと考えてたの? いるじゃんわた──」


 絢香が何かを言おうとした瞬間、大きく竿がしなる。

 慌てて竿を立て魚の口に針を掛ける。

 絢香の言葉が気になったが、今はそれどころじゃない。


「幸樹! 掛かったよ!」


「よし! 俺はどうすれば」


「とりあえず変わろっか、結構引くから気をつけてね」


 竿を受け取る、ものすごい力で引いてくる。

 リールがギリギリと唸り、糸が少しづつ持っていかれる。

 時折竿が持っていかれる感触に、魚の生命力を感じる。


「やばいって、竿折れないの?」


 竿の先端と持ち手が、引っ付きそうなくらい竿がしなる。


「大丈夫、良いやつだからよっぽどの事がない限り折れないよ」


 魚も疲れてきたのか、少しづつリールを巻いていく。

 いつの間にか釣りに夢中になっていた。

 魚が引っ張っている感覚がたまらない。


「いいよー慌てないでね、そうそうゆっくりと」


 それから5分は格闘しただろうか、まだ魚影は見えてこない。


「まだなのか?」


 体力の限界が近くなる。まさかこんなに体力を使うとは思っていなかった。


「あ! あそこ!」


 水面にオレンジの魚影が映る。


「キジハタだ! でかいよ!」


 少しづつ焦らないように、リールを巻いていく。

 水面に近くなると最後に抵抗なのか、また引き戻される。

 また抵抗しなくなったのを確認すると、少しづつリールを巻いていく。

 絢香がタモを用意する。

 ゆっくりとタモへ誘導していき、入るのを確認すると一気に引き揚げる。

 50センチを超えるキジハタだ。

 2人はハイタッチをして喜びを表す。


「やったじゃん、大物だね」


「大物になるとこんなに楽しいんだな」


「でしょでしょ、楽しんでもらえてよかった」


 いつの間にか聞こうとしていた絢香の言葉の続きを、釣りの興奮によって忘れていた。


「大満足! それじゃあ帰ろっか」


 片付けをして帰る準備をする。

 絢香がクーラーボックスを持とうとしていた。


「重いだろ、持ってくよ」


 右手にクーラーボックス、左手に道具箱を持つ。

 思った以上に重かった。

 ただここで音を上げる訳には行かない。


「ありがとね、結構重いでしょ?」


「ああ、問題ない」


 嘘だ、今にでも荷物を下ろしたい。

 だがそうしないのは、男としてのプライドだ。

 ただ腕も限界だ、少しづつ早歩きになる。


「お疲れ様ー」


 駐車場に到着して荷物を下ろす。

 当然ながら車内は暑い。ドアを全開にして熱を逃がしながら、荷物を積んでいく。


「幸樹腕が真っ赤だね」


 車に乗ってから気づいたが、半袖を来ていたため、腕が赤くなっていた。顔も少し赤い。

 風呂に入ったら絶対にヒリヒリするやつだ。


「俺も長袖着たら良かった」


 今頃後悔しても仕方がない。

 普段からあまり外に出ないため、日焼けに気づく人もいないので問題ない。


「それじゃあ出発するよ」


 釣りが終われば、頭の中は小説の事でいっぱいだった。

 今日、絢香に言われたこと、それが忘れられない。

 一体小説を書いて何を目指すか、もちろん人気の作家になりたいのは当たり前。

 ただ、自分にそれが務まるのか、将来の不安が残る。

 今は自分に限界を決めずに頑張っていくしかない。

 絢香も助けてくれると言ったんだ、これからさらに成長できるように頑張ろう。



 ────────



 家に着くと、早速魚の処理に入る。


「ねえ、幸樹って魚捌ける?」


「まあ、あれくらいなら大丈夫」


「じゃあ私アジやるから、幸樹はキジハタお願い」


 キジハタを3枚におろし、刺身にしていく。

 アジは食べきれないので、南蛮漬けと唐揚げにして翌日も食べれるようにする。



「おーさすが幸樹、料理上手だね」


 絢香がキッチンを覗き込む。

 もちろん料理はさせない。絶対に不味くなるから。

 レシピを見ても不味くなるなんて、ある意味才能だ。


「ほい、食べるぞ」


 ダイニングテーブルに料理を運ぶ。

 南蛮漬けと唐揚げの匂いが部屋を満たす。


「「いただきます」」


 キジハタの刺身から食べる。

 味は淡白で、身がプリプリしていて美味しい。


「幸樹! アジ美味しいよ!」


 唐揚げを食べる、カリッと揚がっていて醤油の香ばしさが、

 食欲をそそる。

 レモンを搾るとさっぱりして美味しい。

 南蛮漬けも酢が利きいて食べやすい。


「幸樹、今から専属の料理人になってよ」


「なんでだよ、てか料理だけじゃなくて、他の家事もやれって言い出すだろ」


「バレたか」


 釣った魚たちは2日に分けて美味しくいただきました。









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