釣りと彼女②

 初めに······

 少しだけ今回の用語の説明だけさせてもらいます。


 サビキ······釣り糸に針が数個着いている仕掛けです。


 天秤······重りに針金が二股に着いており、その先端に仕掛けを針の付いた糸を結ぶ仕掛けです。


 もし分からないことがあれば、コメントやTwitterのDMまでお願いします。(多分調べれば画像付きで説明が載っていると思いますが······)


 それでは本編をどうぞ!



 ──────────



 車で40分、トンネルを抜けると海が一面に広がっていた。

 家の近くに海がないので少しだけ興奮していた。

 窓を開けると潮の香りが微かに鼻をぬけ、カモメ達が空を優雅に飛びながら鳴いている。

 道中釣具屋に車を停め、準備をする。


「今日は何狙うんだ?」


「うーん、まあアジでいいんじゃない」


 サビキ用のオキアミを買い、仕掛けを4つほど買っていく。

 絢香は何故か、大きめの針を見ていた。


「こんなんじゃアジ釣れないよ」


「まあ、とりあえず買っとく」


 大きめの針を、カゴに中に投げ込んだ。

 合計金額は3500円ほど。

 連れてって貰ってるんだ、これくらいは払わないと。

 財布を取り出そうとする。


「カードでお願いします」


 そう言って店員にクレジットカードを渡したのは、絢香だった。


「いいよ、連れてってもらってるんだしこれくらい」


「大丈夫だって、誘ったのは私、それにいつも家事とか頼むじゃん。たまには私の顔を立てさせてよ」


 上手く言いくるめられた気がするが、ここは一旦引き下がる。

 古臭いと言われるかもしれないが、運転してもらったり、お金を払ってもらったりすると男としてのプライドが傷つく。

 買った荷物をクーラーボックスの中に入れて、再び出発する。


「今日はどこで釣るんだ?」


「この前穴場の堤防教えてもらったから、そこにしようかなと。ただ、赤潮とか青潮があったら流石に移動かな」


「了解」


 車を動かしてから釣り場までは5分もかからなかった。

 車から降り、声を出しながら伸びをする。

 堤防は100メートルほど続いており、釣りをしている人が数人いた。


「さて、じゃあ釣りを始めますか。多分2時間もあれば100匹は釣れると思うよ」


「そんなに釣れるものなのか?」


「まあ大丈夫、今年はまだ来たことないけど」


 そう言いつつ、堤防の先端付近へと向かっていく。

 海を覗き込むと、そこには小さな魚の群れがいた。


「あれはアジなのか?」


「うーん、あれはアイゴだね。ヒレに毒があって刺さるとライターで炙られるくらい痛いよ」


 そんな魚もいるのか。

 アジ釣は比較的簡単なので家族連れも多い。

 こんな魚が釣れたら子供が危ないだろう。

 堤防の先端から20メートル手前のところで足を止める。


「よし、ここにしよっか」


 まずは日焼けをしないように、日焼け止めを塗る。

 一方彩花は長袖に短パンその下にスパッツを履いて完全防備だ。

 麦わら帽子にサングラスまでしている。

 絢香は分解してある竿を繋げ、糸を通していく。糸に仕掛けを付け準備完了だ。

 流石に慣れているだけあって準備には5分もかからなかった。

 素人がやると、糸を結ぶのに時間を取られ、こうはいかない。


「はい、これ使って」


 次の竿の用意を始める。その動きに淀みはない。

 あっという間に3本目の準備に入る。

 最後の竿は仕掛けが違った。


「それはなんだ?」


「ああーこれは天秤ってやつ。根魚とかに有効な仕掛けだよ」


 説明を聞いてもなかなか理解出来ない。

 あんな大きい重りと針金なんかつけて魚が寄ってくるのだろうか。


「じゃあエサをカゴに入れて」


 仕掛けの一番下に、小さいカゴが着いているのでそこに餌を入れる。

 準備が終わるとそれを足元に垂らしていく。

 すると10秒もしないうちに竿に反応があった。


「おい、来てるぞ。まだあげないのか?」


「まだダメだよ、もう少し待ってて」


 絢香はずっと竿の先端に視線を向ける。

 すると竿先が一気に曲がる。


「いいよ、ゆっくり巻いていって」


 リールを巻いていくと、仕掛けにアジが3匹掛かっていた。

 初めて魚を釣ったため思わずガッツポーズをした。


「釣り童貞卒業おめでとー」


「なんか嬉しくない」


「さっきまでガッツポーズしてたじゃん」


 我に返り、慎重に魚から針を外し、クーラーボックスの中に入れる。

 にしても暑い、汗が止まらない。


「はいこれ、飲みかけだけど我慢して」


 渡されたのは、2リットル容量のペットボトルに入ったスポーツ飲料だった。

 躊躇するとどうせまたからかわれると思って、できるだけ意識しないようにペットボトルに口をつけ飲む。

 絢香の方に目をやると、暑さのせいか、顔が赤かった。


「悪いな、ありがと」


「いいよ別に、天下の童貞さんだから、意識しちゃって飲めないとか言うかと思った」


「うるせー」


 図星だった。

 やっぱそういうのって分ってしまうものなのか。

 そう思いつつ、釣りを再開した。


「そういや、最近どうなの?」


 釣りも少し落ち着いてきて暇になってきたのか、絢香が口を開く。


「まあぼちぼちかな。デザイナーの方は順調だよ」


「そっか、そりゃ良かったじゃん。小説の方は残念だけど」


「まあ小説家もそんな簡単に行かないってことだ」


「私はすぐになれたけどね~」


 絢香は元は小説家だった。

 大学に通っている時たまたま書いた小説が、新人賞を獲得し、その後も2回最優秀賞を獲得。

 恋愛小説『白日の世界』が58万部を販売するベストセラー作品となり、一時期天才学生として名を挙げていた。

 ただ、彼女はあくまでも漫画を書くための過程と言って、小説業界から姿を消した。

 それが今となっては売れない漫画家だ。

 その才能が羨ましい。

 代われるものなら代わりたい。

 だが皮肉にもこれが現実だ。

 生きていく上では困ることは無いが、夢を叶え、より豊かな人生を送るという点では何一つ進んでいない。


「お前が羨ましいよ」


「私もまさかここまで小説が売れるとは思ってなかったからね。まあその分、今は漫画家として切磋琢磨してる」


 それは違うことは分かっているが、そんな絢香が少しだけ妬ましい。


「それに幸樹は本当に今努力してる? 私にはあなたの努力が見えてこない」


「なんでお前にそんなことがわかるんだよ」


「だって幸樹って自分に恋愛経験がないのを言い訳に、小説の限界を自分で決めてるよね」


 質問されているんじゃない、はっきりと断言されているのだ。


「私だってそりゃ戦闘シーンは得意じゃないよ。でもこうして幸樹に会ってそこから学んだり、少年漫画だっていっぱい読んでる。私は自分の可能性を信じてるからね」


 確かにそうだ、絢香は何かと理由をつけて来るが、そのほとんどが戦闘描写の質問ばかりだ。


「そりゃ幸樹にだってプライドがあると思う、でもそんなプライド何の役にも立たないよ。今大事なのは己を知り、改善をしていくことだと思うの。自分で言うのもなんだけど、私だって一応恋愛小説家として、それなりに活躍をしてきた。疑問をぶつける相手としてはちょうどいいんじゃない?」


「ああ、そうだな」


 何も言い返せない、頷くことしかできない。それがとても悔しかった。


「大丈夫、幸樹ならきっといい作家になれる。そのためなら私を利用してくれたっていい。今回の釣りだって何かの材料になるかもしれない。とにかく勉強することを止めちゃダメだよ」


 ここまで親身になってくれる人がいたとは驚きだ、少しだけ泣きそうになった。


「そうだな、じゃあこれからも小説の材料として遊ばせてもらうぞ」


「うん、それでいいじゃん、私に出来ることならなんでも言って」


 ついさっきまで悩んでいたのが嘘みたいだ。

 今回の釣りはいいきっかけになったかもしれない。


「それじゃあ再開しますか」


 いつの間にか止まっていた釣りを再開する。



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