紙の中のヒロイン

謎の養分騎士X

釣りと彼女①

 閑散とした部屋の中で、最近新調したノートパソコンと睨み合う。

 外はセミが近所迷惑になるほど鳴いており、カーテンの隙間から差す光が暑い。

 このままではノートパソコンまで熱中症になりかねないだろう。

 カーテンをしっかりと閉め、クーラーの温度を20度に設定する。

 こんな日に海だのバーベキューだの、頭がおかしい奴らばかり。

 そのくせして、日焼けしたくないから海に入らないなんてよく言ったものだ。

 だいたい恋愛というのはそんな軽いものでは無い。

 もっとこう⋯⋯⋯⋯。


「ダメだ、何も思いつかん」


 パソコンに打ち込んでいるのは、今度投稿しようとしている小説の原稿。

 そう小説家なのだ。と言っても小説で生活ができている訳では無い。

 本業はウェブデザイナーで、ほとんどが在宅ワークだ。そのため時間を見つけて、小説を書いている。

 ウェブで作品を載せては、SNSに更新して少しでも多くの人に知ってもらえるように宣伝していく。

 地道な作業だ。この作業がいつか報われる日が来るのだろうか。

 ちなみに今書いているのは、異世界ファンタジーだ。

 今となっては異世界ファンタジー小説は、無数にあり、かなりの競争率となっている。

 しかし、それだけ競争が激しいということは読者もそれなりにいるだろう。

 幸い異世界ファンタジーに関しては、今まで色んな小説を網羅したため知識は十分ある。

 ただ、問題とするのは恋愛描写だ。

 なぜ異世界ファンタジーに恋愛描写か?

 今となっては、異世界ファンタジーには恋愛が付き物だからな。

 もちろん全部が全部そうという訳ではない。

 でも実際に、恋愛要素のある異世界ファンタジーは人気がある。

 そのためどうしても外せなかった。

 ただ、今まで恋愛をしてきたことのない奴が、恋愛なんて書けるはずがない。

 もちろん小説の知識で補える部分もある。

 ただ読者のコメントには、戦闘の描写はいいが恋愛の方がイマイチ。なんてことばかり書いてある。

 だいたい恋愛したことないやつに女の気持ちなんて分かるはずもない。

 だいたい23年間童貞を守り抜いてるんだぞ。


「あー、印税で生活したい」


 そんなものは夢で終わるに決まっている。

 現実とは残酷なものだ。

 仕方がないよね、誰でも物語の主人公になれるはずがない。

 大逆転なんてあるわけない。


「フラグ折れろ」


 独り言が虚しく消えていく。

 なんて言いながらのんびり休日を過ごす。

 するとインターホンがなる。

 そこに居たのは絢香だった。


「おっす。何、またエセ作家してるん?」


「うるさい、なんでもいいだろ」


 家の鍵が開いていることを知っているため躊躇いもなく、扉を開け入ってくる。

 たまに家に来るこの女は、三井絢香みついあやか。中高の同級生だ。

 同窓会の時に再開し、たまにこうして家に上がり込む。

 彼女ではない、ただの友達だ。

 高校卒業後は、恋愛作家として成功していたが、半年前に書くことを辞めた。

 現在は漫画家として、ウェブで少年漫画を描いているらしい。

 一度読んでみたことがあるが、戦闘シーンでキャラが止まっているように見えるため、あまり人気が出ていない。

 こうして家に上がり込むのも、ネタを俺から盗むためだ。

彼女は部屋に入るなり、ソファーの上に寝転がる。

綺麗なスタイルに少しドキッとする。


「ねえ、なんかいい案ないかなー」


「お前の場合内容より、絵に問題があるだろ⋯⋯」


「うっさいな、んな事は分かっとるわ」


 ガサツな性格で、家事などは苦手なため、たまに部屋の掃除まで頼まれることがある。


「そういう幸樹こうきだって、いつまでそんな売れない作家続けるわけ?」


 自分で言うのもなんだが売れないじゃない、まだ売ってすらいない。

 書籍化など夢のまた夢。当分先の話だ。


「てか相変わらず恋愛描写下手だね⋯⋯女の子の感情分かりませんって、自己紹介してるみたい。よくこんなの書けるね」


綺麗な白百合色の長い髪を、耳にかけながらパソコンを覗く。

その横顔は、見慣れてきた自分でも綺麗だと思う。

鼻がスっとしていて目が大きく、綺麗な瞳をしている。

性格さえ知らなければ、絶対に彼女にしたくなるだろう。


「だって経験ないんだから、そこは想像とか今まで読んだ作品とかでイメージするしかない」


「全然出来てないじゃん⋯⋯」


「うっさい」


 邪魔が入ったせいで、手が止まってしまった。

 今日も投稿出来そうにない。

 こうしている間にも、どんどん読者が離れていってしまう。

 どれだけ内容が良くても更新頻度が遅かったりすると、簡単に離れていってしまう読者も少なくはない。


「完全に手が止まったんだけど⋯⋯」


「どのみち止まるでしょ」


 一番痛いところを突かれた。

 その通り、絢香を言い訳の材料にしているだけで、居てもいなくても結果は一緒だ。


「せっかくだからさ、外出て見ない?」


「嫌だよ、暑いし」


「いいじゃん、なんかぱっと浮かぶかもしんないよ。どうせ今のままじゃ進まないんだし、気分転換にどう?」


 絢香の言うことにも一理ある。

 外に出れば何かが変わるかもしれない。


「そう言う事なら」


「おっけー、じゃあ早く準備して」


「どこ行くの?」


「釣りに行こ、釣り」


「今からか? 道具は?」


「家にあるから大丈夫」


 どのみち拒否をしたところで、何かいい案がある訳でもないのでそれに従う。


「分かった、車はどうする?」


「私ので乗ってこ、道具とか積まないといけないから」


「分かった、すぐ準備するわ」


 椅子から立ち上がり、動きやすい格好をする。

 外は暑いため、帽子も忘れない。


「じゃあ行こっか」


 先程までクーラーの効いた部屋に居たため、外を出ると焼けるように暑かった。

 どっとやる気が無くなるが、仕方がない。これも小説のためだ。

 車に乗り込むと、サウナかと思うくらい暑い。


「やっぱ、車の中も暑いねー」


 そう言いながらエンジンをかけ、エアコンの温度を最低温度まで下げる。


「それじゃあ、行きますか」


 暑い中での釣りは少し心配だったが、楽しみでもあった。

 7月半ば、新たな物語が始まる⋯⋯といいな。




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