第12話 白変種


カーテンの隙間から、日差しが顔を照らす。

次の日の午前7時。俺は、いつもどおりの時間に起きた。

俺は寝起きはいい方だから、そのまま二度寝をかますこともなく部屋を出る。

二階から一階へと階段を使って降りると、いつもどおり、翠姉さんが朝ごはんを作っている最中だった。

いつもどおり、と言っても、本当は当番制にした方が、翠姉さんの負担も減らせるんじゃないのか、という提案をしたことがある。

いくら実の姉とはいえ、いつまでもお世話になるわけにはいかない。

それに、翠姉さんの役に立ちたい、という気持ちもあった。

しかし、翠姉さんは、その提案を、いつもの笑顔で断った。

「私がやりたいの。」

と言われてしまった。

そういうわけで、朝ごはんは、申し訳ないがいつも翠姉さんに任せている。

俺たち兄弟は、両親と死別している。

その為、両親はいないが、両親の遺した遺産が有るから、俺達がバイトをして、生活を保とうとする必要はない。

しかし、夜ご飯は、どちらかが遅くなる場合があるため、そういうときは臨機応変に当番を変えているが、基本的には、土日は俺。そのほかは、翠姉さんがやってくれることになっている。

いつまでも甘えるわけにはいかないのだが、高校生の間だけは、敢えて世話のかかる弟でいようと思う。

「おはよう、翠姉さん」

俺がそう言うと、翠姉さんはこちらに気づき、笑顔で応答した。

「おはよう、翔」

そうして、いつもと同じように、二人で食卓を囲み、朝ごはんを食べた。

この時間は、俺にとっては安らぎの時間だ。

近くにあるテレビを見る。

世間は、嫌なニュースばかりだ。

どうも、ニュースというもの、マスコミというものは、悪い方に焦点を当てたがるらしい。

しかし、俺はSNS等をほとんどやっていないため、情報源は、この朝のニュースしかない。

鵜呑みにすると自分まで嫌な人間になってしまいそうで、いつも話半分にテレビを聞いている。

時刻は8時。

翠姉さんは既に、大学へと登校していた。

俺もそろそろでるか、そう思い、玄関の扉を開いた。

……そこには、いつもしゃべるものの、登校時には珍しい人物がいた。

唯と、七花さん。

「おはよう!翔」

「おはよう、翔くん」

「……なんでここに居るんだ?」

俺は、当然の疑問を投げかける。

唯は幼馴染だが、普段一緒に登校することは少ない。

純粋に、時間が合わないのだ。

唯は寝坊がちで、割とギリギリに登校することがよくある。

俺は起こしに行くのも癪なので、登校時は一緒に行かないようにした。

ちなみに、唯の所属する文藝部の活動は不定期故に、下校時は割と一緒に帰ることが多い。

「そりゃもちろん、一緒に登校するためだよ!」

唯のその言葉に追随するように、七花さんも、うんうん、と首を上下にふっている。

「……それはわかるが、この時間に登校とか、唯にしては珍しいな」

「莢ちゃんもここに近いところに住んでるから、三人で登校したら楽しいかな、って思ったの」

いつの間にか、呼称が七花さんから莢ちゃんに変わっている。

二人の仲も、縮まったようだ。

「……嫌だった?翔くん」

七花さんがそう訊いてくる。

俺がなんて言うかなんてわかっているかのような、得意げな顔をしていた。

「まぁ、別に嫌ではない。じゃあ、行くか」

このままこの話題について話すことは無いと判断した。

俺は二人の少し先を歩く。

「……今日は、五日沢くんの他の人にも話しかけてみようか」

「そうだな。今なら、なんとなく出来る気がする」

「頑張ってね!翔」

「……私も、応援してる」

そんな会話をして、私立桜ヶ丘高校に到着した。

そのまま昇降口から、教室へと入った。

今日も、一日が始まったのだ。


時は流れ、いつの間にか昼休み。

俺は、享達がいる方へと歩みを進めていた。

もちろん、享周辺の人物と仲良くなるためだ。

昨日の今日でやるのは、中々難しい気がするが、逆に、この期を逃したら、また天涯孤独の道を辿ることになる可能性も感じたから、今日実行することにした次第だ。

享が、俺が近づいてくるのに気づく。

そのまま、聞こえる声で周囲の三人の男子に話し始めた。

「実は、俺、翔、そうだな、一ノ瀬と友達になったんだ。お前らにも紹介する。」

「……どうも。一ノ瀬翔と申すものだ」

不慣れすぎて、武士のような言葉遣いになってしまった。

慌てて訂正する。

「……すまん、一ノ瀬翔だ。突然で悪いが、友達になってくれ」

俺は率直にそう言う。

そのまま、目の前の享以外の男子三人の、反応を伺った。

「……い、一ノ瀬か。と、友達……?」

そのうちの一人の男子生徒が、言葉をつまらせる。

―その瞬間。いつもの現象、より酷いものが襲いかかった。

眼前が歪む。目の前の男子生徒三人の顔が識別できなくなる。

周囲は暗黒。この世界では、俺とこの三人しか存在していないかのような錯覚に囚われる。

そして、俺達の距離は、遥か遠くへと離れていく。

これは、俺の頭の中だけの現象だ。

それはわかっているが、この現象こそが、「同一極で接しているかのような状態」なのだ。

今回は、久しぶりかつ、今までこの違和感のない人物のみと会話していたため、相対的に、かなり酷いものだった。

三人がどんな表情をしているかはわからない。

しかし、この場にこれ以上居たくない、と、本能から思った。

「……悪い。忘れてくれ」

「おい、翔……!」

「……すまん、享。また後でな」

俺はそのまま踵を返した。

唯と七花さんと奏さんの元へと戻った。

席に着き、頭を抱える。

「……やっぱこうなるか」

「あちゃー、前と同じことになっちゃったね」

「……やっぱり、一筋縄ではいかない、か……」

唯と七花さんは、そう呟く。

享は、心配そうにこちらを見ている。

奏さんも近くにいるが、呆然とした表情をしていた。

「……はぁ、みっともない……」

俺はそうぼやく。

毎回この現象があると、ひどく落ち込んでしまう。

これが、俺の感じる「違和感」の正体なのだ。

というか、これは違和感ではなく、むしろ病気か何かだとも思えてくる。

しかし、いくら図書室や、ネット上で調べても、「誰かと喋ろうとすると幻覚に襲われ、喋ろうとするのをやめると、元に戻る。これが適用されない人間もいる。」とかいう病気はなかった。

そりゃ、あるわけない。

俺特有のサヴァン症候群の副作用の可能性もあるが、そもそも現代医学ではサヴァン症候群の原因等の解明はされておらず、もしかしたら実験台にされる可能性もあったため、総合的に判断して、俺のこの持病は、病院の人に相談したことはない。

嘆息つきながら、ふと、俺は前の席の方を見た。

この教室に今いるのは、全部で9人。

唯、七花さん、奏さん、享、とその友達3人、そして、もうひとりは特徴のある女子生徒だ。

その女子生徒と、目が合う。

その人物は、白髪のロング。

肌も、透き通るほどに白い。

……誰だったか、名前が思い出せない。

その相手と、数秒間目が合ったままになった。

「……なんだ?」

と言葉を発する。

……そして、気づいた。

俺は今、無意識とはいえ、喋りかけようとした、と判定されてもおかしくはなかった。

俺のあの違和感を感じる条件は、明確に、相手に対して話しかけようとしたとき、だ。

今まで幾度となく試したが、スーパーやコンビニでの会話、などの事務的な会話ではこの症状は発生せず、かつ、相手が同年代でないと発生しない、ということがわかっている。

しかし、相手は同年代かつ、明確に話しかけようとした、ようにとられてもおかしくないが、今は、いわゆる「同一極」状態は感じない。

もしかしたら、と思い、半ば無意識に、俺は席を立ち、その女子生徒の方へと近づいた。

その相手は少し驚いたように、俺を見つめていた。

さっきの出来事が合って少し怖かったが、俺は決死の意思で話しかける。

「……ちょっと、いいか?」

「……うん」

その生徒は、そう返答する。

さっき違和感を感じた男子生徒達が、享の計らいでか、売店か、自習室か、どこかへと出ていったのが横目で見えた。

唯たちは、間違いなくこちらを見ていた。

だが、そんなことはどうでもいいくらい、俺は、目の前のこの人と話がしたくてたまらなかった。

……名前が思い出せないままではまずい。

俺は目を空けたまま、一瞬の間に記憶内から、予め保存しておいた、生徒の名簿を抽出する。

たしか……「六月みなづき ゆき」さんだ。

その特徴的な髪色と、名前の「雪」とで相関があったことも思い出した。

「……六月さん、だよね?」

「……そうよ、一ノ瀬くん」

六月さんはそう返す。

「……そうだな、今度また話したいから……良かったら、連絡先を教えてくれないか?」

実は、この後、いつもの昼休み部屋で、唯たちとご飯を食べる約束があった。

さっきの出来事も重なって、今日はもう無理だと判断した俺は、いつの間にかそんな提案をしていた。

相手はもちろん、驚いた表情をしていた。

よく見ると、まつげも白い。

外見的には、物語の中のキャラクターより、六月さんのほうが「白雪姫」と形容するのに相応しかった。

「……うん、いいよ」

意外とあっさりと、答えが返って来て、そのままLIMEのIDを交換する。

このLIMEというのはメッセージ付きの准SNSで、友達がいないからあまり用途は多くないが、一応入れておいた。


「急にどうしたの、って思ったら、まさか六月さんと連絡先を交換するとは……!」

奏さんは、そう言って驚いていた。

現在は、昼休みの部屋の中。

メンバーは、俺、唯、七花さん、奏さんの四人だ。

「翔も隅に置けないねぇ」

「……。」

七花さんだけは、沈んだ表情をしていた。

「……七花さん、どうかしたか?」

「……い、いや!すごいなって思ってただけ!」

「……そうか」

「六月さんが誰かと話しているところなんて、全然見たことすらないのに、連絡先もらうのはやっぱりすごい!」

唯が続ける。

「……そういう人なのか?」

確かに、一応、一緒に昼ごはんを食べる?的なことを聞いたのだが、普通に断られた。

「そうだね、私も話しかけたことは有るけど、全然相手にしてくれなかった」

唯は結構活発なタイプだ。

クラスで、友達のいない俺と一緒にいてくれるのと同じ理由で、六月さんにも話しかけたことがあるようだ。

「六月さんって、どんな人なんだ?」

そこからは、説明が始まった。

六月雪 生年月日不明、出身は北海道らしい。

そして、特徴的な白髪。

あれは、染めたのではなく、生まれつきなのだそうだ。

白髪と入っても、年齢的なものとは違い、綺麗で、透き通っているようだ。

その一番の秘密は、彼女が白変種(リューシスティック)であるということだ。

白変種の代表的な例は、ホワイトタイガーだ。

アルビノは目が赤いが、白変種は、普通の瞳の色をしている。

極稀に、そういう人間が生まれるらしい。

確かに六月さんの外見は見たことがあったが、興味が微塵もなかったから、知ろうとしたこともなかった。

これは学年中の共通認識(俺は学年に含まれないのか、とツッコんだ)らしい。

おそらく、いじめ防止のためだろう。

最も、この偏差値の高い学校では、そんなことは起きないと信じたいのだが。

だが、六月さんが俺と普通に会話し、連絡先を交換してくれたのには、普通に疑問が残った。彼女も、目の前の三人と同じく、違和感のない存在だ。

それが、また一人増えた。

そんな一日だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る