第13話  Re:start


日は既に昇り、早くも昼休み。

俺、唯、奏さん、七花さん、享の5人は、A組専用の自習室、もとい談話室にいた。

「……誰かとしゃべると、幻覚に襲われる、か」

享がうんうんと唸りながら、昨日の件について熟考してくれている。

「実は、な。昨日翔と話した三人も、違和感を感じた、とか言ってたんだ」

「……あの三人もか?」

「ああ。うーむ、これは、いくら考えても埒が明かないな」

「五日沢くんは、違和感を感じないんでしょ?」

唯が、享にそう尋ねる。

それに対して享は……。

「………………」

硬直している。

視線は明後日の方へ。

これは、中々重症だ。

ここに来た目的の仲に、本当は、享の女性恐怖症、っと言っていいのかわからない病気の解消というものも含まれていたのだが、思っていたよりも状況は深刻だった。

この部屋に誘うときだって、俺と奏さんの二人で行っていなければ、硬直して、話しすらできなかったかもしれない。

「こっちもか……」

奏さんも頭を抱えている。

「……すまない、こんな手のかかるやつが二人もいて」

俺と享、奇しくも男子陣ふたりとも、何らかの病を抱えていた。

それが中二病、などだったら、どれだけ楽だっただろうか……。

俺は自然と、ため息をついた。

「でも、雪さんには、話しかけられたのなら、何か、共通点があるはずだよね。私達話せる側の人間に」

七花さんはそう言う。

「雪さん?……って六月さんか。そうだな。享と話せなかったら、女子とは話せるとかいうわけわからん状態だったが、俺の今までの人生の中で、例の違和感で話せない女子など沢山いた」

「み、六月さんにも、何か話を聞いてみる……?」

七花さんは、そう提案する。

俺は、そんな七花さんの顔を、じっと見つめた。

目が合うが、すぐに視線をそらされた。

「……確かに、それも手だな。で、享の方はどうする?」

「五日沢くんのこれ、かなり重症だよね」

「……私みたいに、女子と思わないで話すことはできないの?享」

奏さんは、そう享に提案する。

享はすこし思案した後に、首を振った。

「……いや、多分、原因はそこじゃないような気がするんだ。俺は、別に四谷さん達をそういう対象として見ていない。簡単に言えば、奏と変わらないんだ」

「……確かに、高坂さんだけにそうなるなら、純粋なシャイボーイで済まされるけど、それ以外も、ともなると、本当に不明だよね」

「……翔は、どうやって女性と話しているんだ?」

享は俺にそう訊いてくる。

「俺は、ちょっと上の歳の姉がいる。もしかしたら、その影響が強いのかもしれないな」

そう、俺には、実の姉の翠姉さんがいる。

そして、自分で言うのも何だが、翠姉さんと俺は、昔から仲が良く、休日はよく遊んでいた。

……関係あるかどうかはわからないが、少しは関わっていそうだ。

「というか、翔のお姉さん、すっごい綺麗な人だからね。そういう意味で、慣れてる……とかじゃないかな?」

「……それ、私も思った。翠さん、凄い美人だった」

「まぁ、確かにそうかもな……」

俺は翠姉さんの容姿を思い出す。

スタイルも顔も性格も、確かにかなり良い方だと思う。

家では言ってこないが、大学ではかなり異性から好かれているだろう。

……ということは、彼氏もいたりして。

あの、家事もできて、頭も良くて、綺麗な人と結婚できる男なんか、幸せにきまってる。

それは、弟である、俺が保証する。

少し寂しくなるが、仕方のないことだ。

いつかは翠姉さんも、誰かのお嫁さんになるのだ。

「少なくとも、翠さん並に美人な六月さんに話しかけられたのは、それが影響してる気がする」

「……確かに、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないな」

唯のそんな疑問に、俺は、どちらともとれない答えを返す。

「じゃあ、取り敢えず翔くんは明日、まずは六月さんに話しかけてみよう」

七花さんは、そう提案する。

「わかった。享のはかなり深刻そうだから、時間をかけて解決していこう」

そういう意見で、合意した。

そこからの5限、6限も順調に受け、放課後となった。

享を入れた5人で帰るが、相変わらず享がしゃべることはなかった。

順に面々と別れ、唯と七花さんとは、俺の家の玄関前で別れる。

玄関を、ガチャッという音とともに開ける。

靴が一つ。

翠姉さんのものだ。

今日は木曜日。

確か、午前中で姉さんの大学の授業が終わる日だった。

そのまま、リビングのドアを開けて中に入った。

「ただいま」

そう言うと、翠姉さんは、恐らく課題をしていたであろうパソコンの画面からこちらに、視点を移した。

「おかえり、翔」

姉さんは、課題をするとき、パソコンに向かう時はいつも、眼鏡をつけている。

目が悪いわけではなく、ブルーライトカットメガネ。

目がつかれるのを防止しているらしい。

まだ時間はそれほど遅くないから、まだ夕食の準備をする必要もないため、姉さんは課題をしながら、ゆっくりとしていた。

「姉さん、一つ訊いていいか?」

「んー?」

俺はリビングのソファから、姉さんはリビングの大テーブルから、互いを見る。

姉さんの大きな瞳が、俺の方を向くのがわかった。

「……大学に彼氏、いるのか?」

姉さんは俺のそんな質問を訊いて、驚いたのか、表情が硬直する。

……まずい質問をしたか?

でも、実の弟なんだ、これぐらい大丈夫だろう。

と思った矢先、姉さんは、静かに笑った。

「ふふ……。私に彼氏なんかいないよ。私は、翔が一人で生きていけるようになるまでは、翔を支えるって決めてるから……。それが、私なりの、あの時・・・の恩返しだから」

「……まだ、そんなこと覚えてたのか」

「なんなら、翔が私の彼氏になる?」

冗談めかして、翠姉さんは笑う。

前言った通り、翠姉さんがこういう類の冗談を言う時は、決まって、機嫌が良い日。

何故か、今も上機嫌になっているようだ。

「……それはいい。だが、少しだけ安心した」

俺も俺で、姉さんのお世話になることを辞めたくなかったようだ。

そんな俺達の近くで、カーテンだけは、光に照らされながら羽ばたいていた。

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