第11話 ぬくもり
「ただいま」
自宅へと着き、玄関に入った俺はそう言う。
「おかえり、翔」
そう言って、黒髪ロングの女性が、リビングの扉から顔を出す。
年齢は、俺の四つ上の20歳、大学三年生。
何を隠そう、俺の血の繋がった実の姉である。
そのまま、
「いまから、お風呂にする?ご飯にする?……それとも、わ、た、し……?」
懇願するような目で、碧姉さんは俺にそう言った。
この人がこう言ってふざけるのは、かなり上機嫌である証だ。
「……そういうノリはいいから。唯と七花さんが来てるんだろ?」
玄関には、俺と碧姉さんの他の人物の靴があった。
学校指定の靴だから、状況的に考えて、唯と七花さんだろう。
「あら、そうだったわ」
翠姉さんは、うふふ、と笑いながら、踵を返し、リビングの中へと戻る。
翠姉さんは、今生きている唯一の親族。
俺の、世界で一番大事な存在の一人だ。
性格は、おっとりしているが、決して間が抜けているわけではなく、文学をかなり嗜んでいる、いわゆる清楚系黒髪ロングの、絵に書いたような文学少女。
という訳で、文学に関する造詣が深く、大学も文系の学部に進学している。
現在は東京の、上智大学という偏差値の高い大学に通う大学三年生だ。
どうやら、教授から大学院の推薦までもらっているらしい。
俺は、翠姉さんのあとについて行くように、部屋の中にはいる。
右側にはキッチン、左側には、共通の生活空間、大きなリビングがある。
そこにある、四人がけのテーブルに、唯と七花さんは並んで座っていた。
「おかえり、翔!」
「おかえりなさい、翔くん」
「ああ」
二人のおかえり、という言葉に軽く返す。
俺は速やかに荷物を近くに置き、二人と向かい合う形でテーブルにつく。
「今日あったことを説明する」
二人がここにいる理由を果たすために、速やかに俺は事の経緯を説明した。
「と、いうわけだ」
「……なるほど」
「結構濃い放課後だったね」
説明が終わり、七花さんと唯は納得を示してくれた。
奏さんについては、どうやら享と過去何かあった、ということだけを伝えた。
大体の経緯は知っているが、本人に確認をとっておらず、俺の推察が間違っている可能性もあったため、二人には全く話さなかった。
それに対して、享の高坂さんに対する感情については、本人に、唯と七花さんに言う許可を得ていたため、俺の口からではあるが、説明させてもらった。
俺が話している間、翠姉さんは夕飯を作って待っていてくれた。
その表情は、どこか嬉しそうだった。
……俺の勘違いかもしれないけどな。
「享とは友だちになったから、とりあえず第一関門は突破だな」
「そうだね。私が想定していたよりもすぐに友達ができて……正直かなり驚いてる」
「……まぁ、七花さんがきっかけをつくってくれたからな。感謝するよ」
俺がそう言って感謝を示すと、七花さんは満面の笑みで言葉を返した。
「うん、よかった」
友達ができた、という事実は俺にとってはかなり大きな出来事だ。
……だが、正直、七花さんがここまでの表情をする理由は、俺にはわからなかった。
七花さんが過去へ来た理由は、彼女を信じるなら、俺が天涯孤独になる未来を回避するためだ。
と、すれば、今この時点でその目的を達成しいたことになる。
……と、理解はしていても、それでも、名状のし難い、違和感のようなものを感じざるを得なかった。
「……わたしも、嬉しい」
そんな七花さんを察して、唯が少し間を空けて同意した。
「……ああ。唯も、ありがとな」
唯は、俺の感謝に、笑顔と頷きで返した。
友達というものは良いものだ、それを今日始めて認識した。
奏さんや享といる時、そして現在。
自分一人では得られない感情を、友達という存在は与えてくれる。
俺の荒んでいた、友達観も、変化の兆しを見せていた。
「……これからは、ぼちぼち友達を増やしていけばいい。もうそこまで焦る必要もない、と思うから。翔くんがその様子なら、多分すぐに友達は増えるよ。そしたら、私のお役も御免かな」
「……お役御免ってなんだ?」
「……私の目的が達成されたら、もう私がここにいる理由はないから……。」
七花さんは、物悲しい表情をして、そう言う。
「そんなことはないだろ。今日初めて会ったんだ。こんな短期間でお役御免なんて、どうかしている。」
俺は真剣な表情で七花さんにそう伝える。
「そうだよ!翔の言う通り、お役御免なんかじゃない!これからも、友達として一緒にいたい」
唯も、そんな俺の気持ちに同調してくれた。
まだあって初日、なのにお別れは早すぎる。
七花さんなりの葛藤があるのだろうが、それを慮って尚、彼女と別れてしまうのは納得がいかなかった。
どうやって離れるかは見当がつく。
七花家は、旧財閥。
俺でも知っている、超名門の家系だ。
そうであるから、この私立桜ヶ丘高校にも編入できた、と俺は推察している。
入れたなら出るのも簡単だろう。
他のお別れ方法は……正直、考えたくない。
「……ふたりとも、ありがとう。本当の気持ちを言うなら、私も一緒にいたい。それに、私が翔くんを見守らないといけないから、お役御免ではない、かもね……。(その権利があるか、私にはわからないけど……)」
「見守るとかじゃなくても、普通に友達として一緒にいてくれるのがいい。最後、よく聞こえなかったからもう一回言ってほしい」
さっきの言葉の最後の部分を、あまり聞き取れなかった。
「……いいの。そうだね、翔くんが独り立ちするまでは、一緒にいるよ。」
「その言い方は……少し不本意だな」
俺がそう言って笑うと、唯や七花さんも笑ってくれた。
そうこうしているうちに、翠姉さんの声で、夕飯ができたことが伝えられる。
唯と七花さんの分まで作ってあり、二人は遠慮したが、翠姉さんの熱量に押しやられ、四人でご飯を食べることとなった。
この日の夕飯は、今まで食べたどんなご飯よりも、数段美味しく感じた。
私……七花莢は、このまま翔くんと居てもいいのだろうか。
そんな権利が……私にあるのだろうか?
いや、違う……これは言い訳だ。
このまま翔くんと一緒にいたら……気づいてしまう。
それが、途轍もなく怖い。
あの咄嗟にでた言葉が、本当に思えてしまう。
……それだけは、絶対にだめ。
ちゃんと分別をつけないといけない。
……それが私の……せめてもの
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