第4話 事故

 昼飯を済ませたワシリー達は再び午後の作業に入った。作業も中盤に差し掛かった頃、同じ作業をしていた、テオの宇宙船が、突如地表へ向けて急降下し始めた。降下と言うより、墜落と言った方が良かった。宇宙船はみるみる地表へ近付き、地面へ激突して爆発した。ワシリー達はその様子を文字通り "口をポカンと開けたまま" 見送るしかなかった。それほど唐突に、まるで地表へ吸い込まれるかの様に宇宙船は墜落したのだった。それはあたかも、そうなる事が必然であった、とでも表現するしかない程の自然さを伴っていた。



 その日の夕方、現場監督のマイクは皆をブリーフィングルームに集めた。


「皆、知っているかとは思うが、本日事故があった。テオの宇宙船が墜落したんだ。原因は今のところ不明だ。皆も十分気を付けてくれ。特に宇宙船のチェックは念入りにな」


一同はザワザワと事故について話し合った。


「テオはベテランだぞ。一体、どうしたっていうんだ?」


ロイがワシリーに話しかけた


「分かりません。何かの操作ミスか、宇宙船の故障か……」


ワシリーは自慢のAIをフル稼働してあらゆる可能性を想像してみたが、はっきりこれといった原因は思い付かなかった。


 

 ワシリーは部屋へ戻ると、窓から外を覗いた。相変わらず青緑の海のように輝く海王星。ワシリーは昨日見た映画を思い出していた。まさかこの星も、ソラリスの様に何かの幻影を送り込んだのではあるまいか? ワシリーはそう思い付いて、そして首を振った。あれは映画だ。そんな事がある訳が無い。だが、眼下に広がる、凍てつく殺伐とした死の星であるにも関わらず、まるで夢のように幻想的な美しい星を見ていると、段々と現実的な物の見方の方が揺らいでくるのだった。宇宙船で降り立てば、正に氷結した夢も何も無い "ザ・リアル・ヘルワールド" なのだが、こうして上空から静かに沈黙した姿を見ていると、圧倒的な時間の流れを経てきた、およそ人智の及ばない異世界に属しているかの様な、魔法の宝石の様にも見えてくるのである。ワシリーは頭の片隅で、もしかしたらここでは何があっても不思議では無いのかも知れない、と思い直した。



 その後も事故は立て続けに起きた。ロイの宇宙船が落ち、次にシルカの宇宙船も落ちた。さすがにこう立て続けに事故が起きるとは、余りに不自然である。プラントの重役達は会議を開いた。最初にテオの宇宙船が落ちて以来、宇宙船や機器のチェックは念入りにやっているから、故障とは考えにくい。あるとすれば、何か人為的なミスであろう。だが、仕事に入る前の三人の様子を見た限り、特におかしな所は無かった。だとするならば…これは惑星に何かの問題があるのではないか? 重力の影響とか、大気圏の嵐とか。会社はそう結論付け、海王星調査機関に依頼する事にした。



 海王星調査機関のマチルダ博士は長年海王星についての研究に携わってきた。特に惑星が発する周波数の研究をしていた。地球も他の惑星達も、皆各々固有の周波数で振動しているのだが、海王星は二百十一・九四ヘルツの周波数を出していることが既に分かっている。恐らくこの周波数が作業員達に何らかの影響を与えたのだろう、と博士は推察した。地球では月の満ち欠けによる影響が生物に観られる事は昔から分かっている。人間という非常に小さな個体に、目には見えなくとも惑星が発する周波数が何らかの大きな影響を与えても、不思議はないだろう。だがどんな影響なのか分からなかった。


「よう、マチルダ。メタンガス集積プラントからの依頼だって?」


デスクで墜落現場の画像を見て考え込んでいたマチルダに、同僚のハッシュが声をかけた。


「ええそうよ。作業員が立て続けに海王星へ落ちたのよ。海王星の周波数と関係しているのじゃないかと思うんだけど、それがどういう影響なのか分からないの」


「周波数か……。例えて言うなら、惑星の声みたいな物だよな? 人の潜在意識に何か訴えかけるのかも知れん。霊能者にでも聞いてみたらどうだ? 一人知ってるぜ」


「待ってちょうだい。私達は科学者なのよ? 事故調査の依頼者だって、科学的見地からの解明を求めている訳なのに、何故そこに霊能者が出てくるのかしら? ナンセンス極まりないわ!」


マチルダは片手で軽くデスクを叩いた。


「まあ、そうなんだが、少し俺の話を聞いてくれないか?」


ハッシュは別段ふざけるでもなく、ポツリポツリと語りだした。


「俺の知り合いの霊能者の婆さんなんだがな、霊能で他者の声を聞く場合には、相手の "周波数" にチャネリングするんだそうだ。もちろん、この場合の相手っていうのは人間なんだが。周波数にも色々あって、生きている人間の場合は、その肉体から発している周波数をキャッチして、それに意識を合わせる。すると、その波動に乗って、彼らの声が届くそうなんだ。心の内に秘めていた声がな」


「…生きていない人間の場合は?」


「その場合は、"意識体"とでも言うべき、ある種のボディーの周波数に合わせるそうだ。だがこちらは物理的な体じゃないから、厳密に言うと周波数と呼べるかは分からないんだけどな。いずれにせよ、行き詰まってるなら、あらゆる角度から海王星の周波数について探ってみるのもアリなんじゃないか? いわゆる霊能者っていうのは、その真偽はともかく、昔から居た訳だろ? その科学的正当性を証明できないだけで」


「その"科学的正当性"を証明するのが、科学者の仕事だと思うけど?」


「それについては提案がある。その婆さんはお前に今まで会った事はないしお前について何も知らない。実験してみるのさ。婆さんをここへ連れてきて、お前についての何か秘密の個人的な事について、聞いてみるんだ。俺ですら知らなかった様な事をさ。もし婆さんが見事正解を言えたら…」


マチルダはしばらく目を閉じて考えた末に、結論を出した。


「そうね……お願いするわ」


「じゃあ、連絡しておくよ」



 数日後、ハッシュの言っていた霊能者が研究室へ現れた。


「惑星のメッセージですか?」


ナミと名乗った女性はそう聞いた。


「ええ。惑星の周波数が人間へどういう影響を与えるのか知りたいのよ」 


「分かりました。その周波数を聞かせて下さい」


「その前に、ちょっと試してみたい事があるの。貴女の霊能力が本物なのか知るためにね。こちらから呼んでおいて、こういう言い方が失礼なのは分かっているけれど。でも私達としては、まず貴女をテストしてからでないと信用するわけにはいかないのよ。ご理解頂けるかしら?」


「ええ。良くわかりますよ」


そう言うとナミは皺だらけの顔を更にしわくちゃにして穏やかな笑みを浮かべた。まるで "そう来ると思っていましたよ!" とでも言いたげだった。マチルダはナミを椅子に座らせると、質問を始めた。


「まず、私についてのクイズを出すわ。貴女の能力で当ててみて欲しいの。良いかしら?」


「分かりましたわ」


「じゃあ、早速質問するわね。実は私は子供の頃にある手術を受けてるの。それは体のどの部分に関する手術かしら? そして、私はその手術の事をどう思っているかしら?」


ナミはそれまでの人の良さそうな老婆の顔から一点して、獲物を狙う猛禽の様な鋭い、だが静かな目でマチルダを凝視した。


「…卵巣の一部を切除してますね。おそらく何か腫瘍が出来て、他に良い治療法がなかったからでしょう。思春期だったため、繊細な貴女はその事により、"自分の女性性の一部も欠けてしまったのではないか?" という妄想に取り憑かれた様ですけど、今は大して気にされていない様ですわな」


マチルダは一瞬驚きの隠せない顔をして目を見開いた後、小さな笑みを浮かべて言った。


「合格よ。では、さっそく本題に移りましょう。ハッシュ、彼女にベッドホンを渡してあげて」



ハッシュは海王星の周波数を受信し、外部へ出力されている装置に接続されたヘッドフォンをナミに手渡した。




ナミはヘッドホンを装着すると静かに呼吸を整えて、耳を澄ませる。やがて彼女は周波数に乗せて何かの思念体の様なものを掴んだ。意識を集中させて、思念体に精神をシンクロさせてゆく。さざ波の様な音がやがて声に変わった。



『……愛を……愛が欲しい。愛を知りたい……人間の愛が。こっちへ来て……私と一つになって』



それはまるで呪詛の様な声だった。


ずっと黙りこくったままのナミの様子を窺っていたマチルダが、控えめに訊ねた。


「…分かる?」


「ええ。どうやら、愛を求めている様です。人間の愛を知りたくて、人間を引き寄せているようですね。事故にあった人はどんな人達でした?」


「そうね……取り敢えずの共通項としては、みな家族持ちだったわ」


「では、人間同士の親密な愛を知っている人達ですな。恐らく、そういう人達を引き寄せるんでしょう」


「でも、家族持ちだけが人間の愛を知っているわけではないと思うし、家族がいても愛の欠片もない人だっているのではないかしら?」


「自らの意思で家庭を持つ事を選択した人というのは、表面での振る舞いがどの様に見えたとしてもですよ、人生の最重要課題に愛を位置付けてそれを実行に移した人ですわな。例え、毎日夫婦で争っていたとしてもね。人間というものはね、自分にとってどうでも良い相手とは争う気にすらならんものですからね」


「……確かにそうかも知れないわね。分かったわ。プラントへその旨報告するわ。ありがとう」



 マチルダはプラントの重役達へ調査結果を送った。会議の末に今後の方針についての詳細が、現場監督のマイクに伝えられた。マイクはブリーフィングルームに作業員を集めた。


「皆、調査機関から報告が届いた。海王星は人間の愛を知りたくて、既に愛を知っている奴を呼び寄せるんだそうだ。まるで映画みたいな話で信じがたい話だが、どうやらそうらしい。実際、事故った奴等は皆家族持ちだしな。そんな訳だから、今後の活動は家族持ちは外す。以上だ」


皆ざわついた。家族持ちを外すとなると、作業効率は一気に落ちる。


「おい、愛だってよ。まるで映画だな」


キリーがワシリーの背中を叩いた。


「そうですね。でも、何か切ないですね」


「しかし、惑星が愛を欲しがるとはなあ!」


「惑星にも、意識があるっていう事ですね」


「だよな……まあ、宇宙に浮かぶ惑星っていうのは孤独だろうし、何か可愛そうな気もするがな。だからと言って、引き寄せられたんじゃ堪らんがな」


「こちらから惑星にメッセージを送る事は出来ないんですかね?」


「分からんが、どんなメッセージを送るんだ?」


ワシリーはしばらく沈黙した後、一言一言、考えながら答えた。


「それについては、今はまだ正確には言えません。でも、墜落の原因が説明の通りなら、やはり海王星とコンタクトすべきだと思うんです」


「例の研究所に訊いてみたらどうだ?」


「そうですね」


ワシリーは頷くと、ブリーフィングルームを後にした。

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