第5話 交信
休日、研究機関へ赴いたワシリーは、マチルダに挨拶した。
「海王星へ、こちらからメッセージを送る事は出来ますか?」
「そうね……霊能者が声を聞く事が出来たのだから、恐らく彼女に頼めば出来るかもしれないわね」
「是非メッセージを送りたいのですが」
「分かったわ」
マチルダは例の霊能者を再び呼び出した。
「惑星にメッセージですか?」
ナミが訊ねる。
「はい。こちらから向こうにメッセージを送る事は出来ないかと思って」
「やってみましょう。どんなメッセージです?」
「僕が皆の代わりに衛星に乗って永遠に海王星の周りを回って愛を送るから、これ以上人間を引き寄せないで欲しい、と」
「分かったわ。マチルダさん、海王星と同じ周波数を発生させる事は出来ますか?」
「ええ、出来るわ」
マチルダは周波数発生装置を持ってきた。二百十一・九四ヘルツに合わせる。
ナミは、周波数の波長に意識を乗せて、海王星へ向けてワシリーのメッセージを送った。しばらくすると、海王星から返事が来た。
『アンドロイドに愛など分かるわけがない。私は人間の愛が欲しいんだ』
ワシリーはそれを聞くと、
「アンドロイドにも愛はあります。皆の代わりに犠牲になる、というのも愛です。それに、私ならずっと死ぬこともなく、いえ、厳密には私だっていつか壊れますが、それでも生身の人間よりずっと長く貴女に寄り添えるのですよ」
と答えた。しばしの沈黙の後、また返事が来た。
『ただ単に長く寄り添う事が、何故愛だと言えるのか? 私の周りには既に衛星が居るが、彼らは何もしないし、愛も感じない』
「人間達は様々な形で愛を表現します。恋人に贈り物をして喜ばせたり、どこか素敵な場所へ旅行に誘ったり、あるいは単に抱き締めたり。でも私はこう思うんです。そういう "行為としての愛" というのは、ほんの束の間の、例えて言うなら映画の中のワンシーンに過ぎないのだって。貴女は前に宇宙船の搭乗者を引き寄せた。でも、あまりにも急に強く引き寄せたから、彼らは死んでしまいました。あれが貴女の求愛行為だったとしても、それで死んでしまったらもう貴女は彼らに二度と会えないっていう事は分かった筈です。私が思うに、愛っていうのは "お互いに共鳴しながら同じ時を長く共有する" という事だと思うんです」
『共鳴?』
「はい。私には貴女の孤独が理解できます。貴女は太陽から遠く離れた宙域で、気の遠くなる程の氷の時を過ごしてきた。もし、貴女に意識というものが無ければむしろ幸せだったのかも知れません。それなら何も感じなくてすむのだから。私はこの世界に誕生してから、貴女ほどの長い時を経てきた訳ではありませんが、 "私が居る" という事に気がついて以来、同時に "けれども私は人間ではない" という事にも気が付く事になりました。私は人間以上を目指して作られましたが、今の私はそれを疑っています。私には人間とは違って欠けているものがあるのだと。それは私に孤独感と恐怖をもたらしました。その疑いを晴らすためには、誰かと長い時間をかけて孤独を分かち合い、心の穴を埋めていくしかないんです。私は貴女に素敵な音楽を聞かせてあげる事も出来ますし、今まで私が経験してきた物語りを語る事も出来ます。あるいは、未だに私が理解できない物事についての意見を貴女と交わす事も出来る。代わりに貴女から、その長い孤独の時間についての話を聞く事も出来ます。そうやって、貴女と共に私の寿命が尽きるまで一緒に過ごす事で、私は今度こそ本当に "人間以上" になれるんじゃないか? そんな気がするんです。」
しばし沈黙の時間が流れた。そこに居合わせ誰もが、アンドロイドがこんなにも真剣に愛について語るとは思っていなかった。しかも一惑星に対して。数分がまるで永遠にも感じられるほどの空白の後、答えが返ってきた。
『…分かった。ではそうしてくれ』
「分かりました。マチルダさん、人工衛星を作れますか?」
「それなら、調査用のが既にあるわ」
「それに私を乗せて下さい」
「……本当に良いのかしら?」
「ええ」
「すぐ用意するわ」
マチルダはそう言うと、部下に人工衛星の準備を命じた。
「一週間後にまた来て頂戴」
「分かりました」
ワシリーはプラントへ戻り、キリーに会うと、人工衛星へ乗る事を告げた。
「それで良いのか? 永遠にだぞ?」
キリーは真剣な顔をしてワシリーの顔を覗き込んだ。
「良いんですよ。私は人間と結婚したりは出来ませんからね。海王星と結婚するんです。それに、宇宙に独りぼっちでいる惑星というのは、何だか気の毒じゃ無いですか」
「そりゃ、まあ、そうかも知れんがな。だがそうしたらお前と会えなくなるんだな」
「通信は出来ますよ」
「そうか……それで、いつ行くんだ?」
「一週間後です」
「なら、送別会をしなきゃな」
キリーはそう言うと、仲間にこの事を伝えに言った。
ワシリーは部家へ戻ると、海王星を眺めた。青い孤独……。この孤独を癒してあげる事が出来れば――それが出来ればその時、ワシリーにも魂を獲得出来るような気がした。そう思うと嬉しくて、ワシリーは一週間後を心待ちにした。
一週間後の一日前、キリーと仲間達が、ワシリーの送別会を開いてくれた。一同は自分の顔写真入りキーホルダーとか、手紙とか、ささやかな贈り物をワシリーに手渡した。
「お前に会えなくなると思うとちょっと悲しいぜ」
一人がワシリーの肩を叩く。
「私も、皆さんとお別れするのは寂しいです。でも、魂を獲得する為なんです」
「また魂か」
キリーがため息をついた。
「ええ。皆さんは当たり前の様に魂を持っているから、特に気にならないでしょうが、私には重要な事なんです」
「衛星で海王星の周りを回ると魂が手に入るのか?」
「きっとそうです。私が人間の身代わりになって、惑星に愛を送る事で、私も魂を手に入れる事が出来る…いえ、多分愛に生きることがすなわち私の魂の存在の証明になるんです」
「そうか……。良く分からんが、まあ頑張れや」
「はい」
ワシリーは最後の夜をワクワクした期待と共に迎えた。明日はいよいよ衛星に乗るのだ。そうだ、その前に……。
ワシリーは何時ものバーへ入った。マリアを探す。
「マリアさん。今日でお別れです。今までありがとうございました」
「話は聞いているわ。何だか寂しくなるわね」
「私も、マリアさんとお別れするのは寂しいです。衛星に乗っても、通信は出来ますから、時々歌を送ってくれませんか?」
「ええ。良いわ」
「ありがとう。それじゃ」
ワシリーは部家へ戻り、ベッドへ寝転ぶと天井を見つめた。この小さな部屋ともお別れだ。そう思うと少しだけ悲しくなったが、海王星を永遠に癒し続けるというのは、中々素敵な夢だった。誰かを愛し続けるというのは、魂の働きである。これで自分も、人間と同等になれるのだ。ワシリーは幸せな気持ちでスリープモードに入った。
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