第40話 クリストファー
「アイザック。これから陛下にお時間は頂けそうか」
「はい、クリストファー皇太子殿下。先に使いの者を出して参ります」
「頼んだよ」
リチャードの後を継いで側近を務めるアイザック。
マクシミリアンの兄――リチャードが亡くなってから急遽任に就いた者だが、今のところは支障はない。器用な奴ではないがその分扱いやすくもある。それに私の息のかかった家の出だ。
リチャードのことはすまないと思っている。
魔石の採掘現場での落盤事故。犠牲になったのは同行していたリチャードだった。
このところ採掘量の激減していた泥炭層の視察に出たのは、珍しく機嫌のよい皇帝陛下から下された命によるものであった。
視察の最終日、廃坑道から魔石が出たとの知らせに周囲の者たちは沸き立っていた。私がその位置や採掘されるであろう魔石のおよその量の報告を受けていると、「クリス様。先に私が見て参ります」と、リチャードが現場に向かっていった。
だがその直後、落盤事故が起きた。
駆け付けた現場は、土埃が舞い視界がきかない有様だった。瓦礫の山の中から何とかリチャードを見つけ出すことが出来たが、彼が再び私の名を呼ぶことはなかった。
確かに採掘場に事故はつきものだ。だがあれは本当に事故なのか? もし事故でないなら狙いは何なのか? 脳裏に浮かんだのは、あの方の不気味なほど上気した顔だった。そうか……私を狙ったのか。
そう私にとって遠い存在のあの方。それは父――皇帝陛下。記憶の中のあの方はいつも私を蔑むような目で見つめていた。母である皇后もそんな皇帝を恐れたのか、私には一切関わろうとしなかった。
第一皇女となる娘が側妃との間に生まれた時も、皇帝の態度は変わりはしなかった。皇族とはこうしたものなのかもしれないと納得しかけた頃、実の妹ヘンリエッタが生まれた。その時の皇帝の喜びに満ちた顔を生涯忘れることはないだろう。皇帝は私を憎んでいるのだと、その時私は思い知らされた。
皇帝はヘティを目に入れても痛くない程に可愛がった。皇后も気兼ねなく愛情を注げる存在に心の底から喜んだ。両親の愛を一身に受けて育ったヘティが手に出来ないものなど何もないように思えた。
だがそんなヘティでも未だに叶えられていないことがある。それがファティマ国の第一王子アーサー殿下と婚約だった。
ヘティがアーサー殿下に熱を上げていることは、既に周囲の者に知れ渡っていた。ファティマ国の第一王子であるアーサー殿下と第二皇女なら釣り合いもとれている。しかもアーサー殿下はネーデルラン皇国の国民から絶大な人気を誇るだけでなく、皇帝陛下自信も目を掛けている人物だ。重鎮たちは正式に婚約を進めてはどうかとこぞって皇帝に進言している。ヘティの恋は直ぐにも叶うものだと誰もが疑わなかった。それなのに皇帝はのらりくらりと回答を保留し続けている。お陰で私がヘティを手放したくないからだという憶測まで飛び交っている始末だ。
一体なぜ首肯しないのか。私はあの方の真意を図りかねていた。
「皇帝陛下。お時間を頂きありがとうございます」
「用件を申せ」
「ヘンリエッタがファティマ国を訪問したいと申しております。ご許可頂けますでしょうか」
「目的はアーサー殿下か」
ため息がちに目線を下げた皇帝に、久々に人間らしさを見たような気がした。だがそれは私に向けた物ではない。この方の関心はヘティにしかない。腹の奥底でどす黒い感情がうごめいた。
少しぐらい動揺すればいい。
「アーサー殿下が王太子になられなかったのがお気に召さないのですか」
少しの変化も見逃すまいと、玉座を見上げた。
「黙れ。お前が知る必要のないことだ」
冷たい眼光が私を射抜いた。
全身が凍り付いたように動かない。自分から煽っておいてこのざまか。今更何の未練があったというのだろう。存外弱い自分に腹が立って仕方なかった。
「それで訪問の件はいかがでしょう」
「お前も護衛として同行すること。それが条件だ」
「仰せのとおりに」
護衛……あの方は落盤事故では飽き足らず、また何か企んでいるのか。
だが返ってスッキリした気がした。
そこまで私を憎み亡き者にしたいというならば、こちらも対抗するまでだ。かねてから考えていた計画を実行に移す時が来たのかもしれない。
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