第38話 初めての授業

 マリーが熱心にノートをとる手元に目がいった。その手首で僕がプレゼントしたブレスレットが細かく揺れている。

 

「先ほど説明したように魔力とは魔法の原動力です。皆さんの中にある魔力は一般的には言葉を通して外へ発せられます。言葉によって用途が限定され、望んだ魔法が発動するのです。この仕組みを応用したものが魔道具です」


 教室を見回す。集まった人数は決して多くない。大きく頷いている者、ノートを取り続けている者など様々だ。

 どんな反応でも構わない。自分なりに理解し疑問を抱くことが重要だ。


「アーサー殿下。ファティマ国以外の国々で使用されている魔道具には魔石が組み込まれていると聞いています。それはつまり魔石が魔力の代わりをしているということでしょうか」

「レオナード君だったね。いい着眼点だ。君の言うとおり魔石には魔力が保有されています。だから魔力の代用品と呼ばれています。それから僕のことは先生と呼んで構わないよ」

「分かりました。アーサー先生。ありがとうございます」

「アーサー先生。それでは魔石から発動される魔法というのは、どうやって用途が決まるのでしょう」

「ソフィー嬢も、いい質問だ。それについてはこれから説明していこう」

「よろしくお願い致します」


 常日頃、魔法に慣れ親しんでいるからなのか、それとも集まった生徒が優秀なのか、初日とは思えないほど有意義な授業になっている。


「魔石を利用する魔道具には魔法陣が書かれています。用途別に様々な魔法陣がありますが、それらによって魔石から出た魔力は決められた魔法を発動するのです」

「魔法陣ですか」

「そうです。魔力の代わりに魔石を使用し、言葉の代わりに魔法陣を使用しているのです」


 マリーが顔を上げて、少し困った顔をして僕に問いかけた。


「あの、アーサー先生。言葉を発せずに決まった魔法を発動するのはどういう仕組みになるのでしょうか」


 ざわめきが起こった。

 それもそうだろう。言葉を介さずに発動できる者などほとんどいないのだから。


「聞いてどうするんだよ。言葉を発せずに発動する奴なんてほとんどいないだろ」


 見せてしまうのが手っ取り早いか。

 次の瞬間、突如現れた鳥は鋭い鳴き声を上げると、天井を優雅に旋回し始めた。否定的な発言をした者もそうでない者も、誰もがその鳥を追って頭を動かしている。


「これまでの研究では言葉は想像の具現化を促すために使われているとされています。君たちの頭上を飛んでいる鳥を見れば分かるように、用途を詳細に限定出来る想像力があれば、言葉を介することなく魔法の発動は可能です」

「この鳥も魔法!? 本当に発動できるのか?」

「もちろん。ただし魔法の威力や持続は魔力量に比例することが判明しています。ですから同じ想像をした場合でも、結果は個人により様々になります。おいおい教えていこうと思っています」

「それって、俺でも出来るってことか……す、すごいな」


 マリーのように魔力の高い者の方が想像による魔法の発動は容易い。魔力と魔法の発動の関係性については未だ解明されていない部分も多い。生徒たちのうちどれぐらいがマリーのように高い魔力を保有しているか分からないが、少なくとも魔法についてきちんと学ぶのは悪いことじゃない。


「先生。魔道具は魔力にしても魔石にしても均一な魔法を発動しています。魔力量に比例するということだったと思うのですが」

「受けた魔力が一定に流れるように調整しているのです。魔道具は皆さんの想像以上に繊細な道具ということです」


 そう魔道具はかなり奥深い研究対象だと言える。いかに効率的に動力を得て、それを無駄なく発動させるか、古くから改良に改良を重ねて今日に至っている。


「魔石の魔力が無くなったらどうなりますか」

「皆さんが実感しているように、皆さんの中に備わっている魔力は時間が経てば回復します。しかし魔石について言えば保有する魔力を使い切ってしまうと捨てるしかありませんでした。ですから魔石を利用した魔道具の場合は、魔力切れを起こした魔石を交換することで再度使用できるようにしてきました。次の授業からは自分の魔力量を見極めていきましょう。それでは本日の授業はここまでとします」 


 再び鳴いた鳥を見上げる生徒たちの顔に、僕は決意を新たにした。

 ファティマ国に帰ってきたからには、この居場所は自分の力で守る。ずっとマリーと共にいられるように。

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