第37話 どうしたいか

 離宮に戻った俺は、ソファーに背中を預けると髪をかきあげて天井を仰いだ。まさか生徒会に入って早々ダンスを踊ることになるとはな。


 大講堂でのマリアンヌ嬢とのダンスが脳裏に浮かんだ。

 俺の思い通りの場所でステップを踏みターンを決めるマリアンヌ嬢の生き生きとした表情。思った以上に楽しかった。こんなに高揚したのはいつ以来だろうか。マリアンヌ嬢にとってもそう思えるものであったなら、まだアーサー殿下との仲を裂くチャンスはあるかもしれない。


 ストランド侯爵邸でマリアンヌ嬢がアーサー殿下の色を纏って現れた時には、正直もう邪魔をする余地など無いかと思った。ただマリアンヌ嬢の様子を見る限り、自らの意志で着たわけではないようだった。ということは、あれは俺を牽制するためのものか……。あの屋敷には思った以上に目端の利くものがいるようだ。


 そしてソフィー嬢が生徒会に入ったのも計算外だった。彼女のマリアンヌ嬢に対する言動は度を越しているように感じる。そこまでしている理由が分かっていないだけに不気味な存在だ。もし彼女と踊っていたら、何が見えただろうか。ダンスには思っている以上に人柄が出る。

 焦ることはない。まだ始まったばかりだ、これからいくらでも機会はあるだろうし、無ければ作るだけのことだ。


 その時傍らに置いていた通信魔道具が鳴った。


「やぁ、マーク。そちらの様子はどうだい?」

「皇太子殿下。えぇ、こちらはとても面白いですよ」


 クリストファー皇太子殿下は今年21歳になられる女性も羨む程の美貌の持ち主だ。皇帝と皇后との間に生まれた正当な後継者にもかかわらず、なぜだが皇帝に疎まれている。そして政界の重鎮たちからは何を考えているか分からないと、恐れられ遠巻きにされている。


「面白いか……今までよほど退屈していたのかな。気が付かなくて済まなかったね」

「いえ、こうして留学させて頂き感謝しております」

「そう? なら良かった。これでこちらのお願いもしやすくなるかな」

「お願いですか?」

「今すぐにじゃないよ、そのうちね。でも多分そうなると思うよ。本当に目先のことしか考えない子だから。まぁ、その時はよろしくね」


 先ほどまで点滅していた魔道具のランプが消えた。

 お願いねぇ、嫌な予感しかしない。


 先ほど皇太子殿下が言っていた「目先のことしか考えない子」とは、恐らく第二皇女殿下のことだろう。

 アーサー殿下の帰国の話は彼女にも届いているはずだ。そんな彼女が望みそうなことと言えば、アーサー殿下を追いかけてファティマ国に行きたいということではないだろうか。一国の皇族がそう安々と他国を訪問出来るものではない。いくら実の妹とは言え、皇太子殿下が手を焼かれるのも分からないでもない。


 それならいっそのことファティマ国側に、アーサー殿下と第二皇女殿下の婚約の打診をしてしまえばいいだろうにと思う。王太子ではないとは言え、アーサー殿下も王族として国の歯車であることはとっくに理解されているだろう。両国の架け橋となる婚約に否やを唱えられるはずがない。それに第一皇女殿下は側妃の子のため、第二皇女殿下の方が優位性は高いはずだ。


 だが……婚約の打診が出来ると踏んでいるならば、あの皇太子殿下のことだ、とっくに皇帝に進言しているに違いない。

 では進言していない理由はなんだろうか。進言する価値もないということか。

 いや違うな。もっと別の何かがあるはずだ。

 皇太子殿下の考えそうなこと……。


 ―――第二皇女殿下とアーサー殿下を結ばせるつもりはない。


 なんともしっくりくる答えにゾクリとした。

 でも結ばせない理由はなんだ?

 それならなぜ俺をここに編入させた?

 いや、そうじゃない。

 俺なら編入を願い出ると踏んでいたんだ。


 俺を編入させて何をさせるつもりだ?

 それはつまり俺が編入後しそうなこと。

 今俺が気にしているのは……そう、マリアンヌ嬢だ。

 

 ―――皇太子殿下の狙いはマリアンヌ嬢なのか。


 今まで皇太子殿下が望まれて手に入れられなかったものは一つもない。

 だが、マリアンヌ嬢を手に入れてどうするんだ。

 それと第二皇女殿下とアーサー殿下を結ばせないことに何の関係がある。


 俺はこれからどう動けばいい?

 皇太子殿下の望むものが分かったところで、その目的まで分かったわけじゃない。だからと言って皇太子殿下の思う通りに動くのはつまらない。


 この程度の考えなんて見透かされているのかもしれないが、それでも俺は……。

 

 気になることは他にもあった。

 ラインハルト王太子殿下の次のお相手のことだ。

 いくら婚約者が亡くなって間もないとはいえ、次期国王陛下だ。候補者の話ぐらい聞こえてきても良さそうなものだ。自分の娘を差し出したい有力貴族の連中ならいくらでもいそうなものなのに、表立って動いている者が余りにも少ない気がする。それこそマリアンヌ嬢が候補者になっても不思議ではない。彼女はファティマ国の名門ストランド侯爵家のご息女なのだから。


 もしかしたらファティマ国の王家には秘密があるのではないか。

 その秘密がアーサー殿下ではなく弟のラインハルト殿下が王太子となったことと関係しているのかもしれない。王家の婚姻には教会も深く関わっていると聞く。ミゲル枢機卿あたりから探ってみてもいいだろう。あの古狸なら他にも面白そうな話を隠しているかもしれない。


 さぁ、どうする。


 俺は……俺らしい道を行くべきだ。

 自分がどうすべきかではなく自分がどうしたいか。そう動く方がずっと俺らしい。そうするためにも自分の行動を脅かすものは排除するのみだ。


 ……それがたとえ皇太子殿下であったとしても。

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