第36話 生徒会
「ソフィーっ」
私は学園に到着するなり、待ち合わせをしていたソフィーを捉まえて、お願いだから一緒に生徒会に入ってと頼んだ。
きっと嫌がるんだろうな……。
ドキドキしながらソフィーの返事を待つ。
「わかりましたわ。マリーのお願いですもの」
まるですぐそこに散歩に行くかのような気安さでソフィーが返事をした。
「へっ? いいの?」
「もちろんですわ」
いつもと変わらない笑顔を向けてくれるソフィーの手を私はぎゅっと握りしめた。
本日最後の授業が終わったけど、マクシミリアン様は未だに現れない。
一緒に会長のところに挨拶に行こうと言われていたはずだけど、昨日の話は夢だったのかと思い始めた時、レニーが大きな声を出した。
「あれってネーデルラン皇国の留学生じゃないか?」
やっぱり……。
扉から顔を出したマクシミリアン様は私を見つけてひらひらと手を振った。その後にいるのは生徒会長のコンラート様だ。
コンラート様、幼い頃と変わってない。
会長はスミュール辺境伯家のご出身。そうフレデリック様の弟でいらっしゃる。何度かお屋敷でお会いしたことがあった。随分と大人びて物静かな雰囲気になっているけど、あの赤い短髪と燃えるような赤い瞳を忘れるはずもない。
「お久しぶりです。マリアンヌ嬢」
「コンラート会長。覚えていてくださって光栄です」
「二人は知り合いなのか?」
「知り合いなのは兄の方です。僕はおまけみたいなものですよ。それでマクシミリアン様から伺ったのですが、マリアンヌ嬢も生徒会に入られるということでいいのですね」
「それなんですけど、ソフィーも一緒では駄目でしょうか」
「ええ、もちろん大歓迎ですよ」
「ポワティエ侯爵家のソフィーでございます。本当にご迷惑ではありませんか」
「いえいえ。むしろマリアンヌ嬢のお願いを断る方が危険です。僕はまだ兄に殺されたくないですからね」
コンラート会長は自虐気味に、はははっと笑った。
危険って……。
さすがフレデリック様―――鬼の副団長。
「それに人手不足なのは事実です。ここ数年は王族の入学がないせいか、みな生徒会に関心を持っていなくてね。そういう状況ですのでソフィー嬢の力を貸して頂けると嬉しいですよ」
「マリーと一緒に頑張らせて頂きますわ」
許可を頂いた私たちは、コンラート会長の案内で生徒会室に向かっている。
生徒会室はクラス棟の3階にあるということで、エントランスの階段を上っていく。生徒会長になる3年生の教室が3階だからという理由で、生徒会室も同じ階に作られたらしい。
会長が鍵を開けて私たちを中に招き入れてくれた。
会議卓のあるコーナーと、会長の執務机やソファー等が置かれたコーナー。その向こうにも部屋があるようだ。思っていたよりずいぶんと――。
「広いだろ。まぁ、賑やかな時はこれでも手狭なんだろうけどね。先ずは生徒会にようこそ!」
会長が両手を広げて私たちを見まわした。
「さて早速だけど、先ずはマクシミリアン様。貴方には生徒会長補佐を。それから、マリアンヌ嬢とソフィー嬢には、書記と会計をお願いしたい。どうだろうか?」
うわっ。今日は見学だけだと思っていたのに、いきなり役割を振られるとは思わなかった。そもそも今まで担当している人はいなかったの?
「はっはっはっ。凄いな、ファティマ国は実に面白い! 生徒会長補佐か。俺は構いませんよ。裏方でも何でもさせてもらいます」
豪快に笑うマクシミリアン様を横目に、私は書記と会計どちらがいいかソフィーに聞いてみる。
「ソフィーはどっちがいい?」
「そうですわね。コンラート会長、私は会計にいたしますので、マリーは書記でお願いできますでしょうか」
「了解。みんな助かるよ。名前だけ連ねているメンバーは後で紹介するから」
名前だけ……。
王族がいないというだけで生徒会の運営にそんなに差が出るものなのかしら。
でもお母様と同じ書記だと思うと何だか嬉しかった。
「それじゃ担当も決まったことだし、イベントの準備に取り掛かろうか」
「イベントですか?」
「うん、新入生歓迎会!」
「本来ならば、わたくしもマリーも歓迎される側ですわね」
ソフィーの言葉に私はこくこくと頷いた。
「そうだね。でも人手が足りてない。新入生歓迎会の名物は、生徒会メンバーで行うファーストダンスなんだ。ところが現在、生徒会に所属している人数は奇数というわけだ」
どうやら会長は新人歓迎会でダンスを披露しろと言っているように聞こえるんだけど……。
いや、そんなの無理でしょ。
乗り気ではない私をよそに、マクシミリアン様は楽しそうな顔をしてコンラート会長に質問する。
「俺たち3人が加わったことでパートナーは決まるのかな?」
「そうだねぇ。相性もあると思うから、今から軽く踊ってみないかい?」
「は?」
コンラート会長は思わず声を出した私を見て笑いながら言った。
「実は余っているのは俺なんだよね。はははっ」
笑顔で言ってるけど、なぜ会長が余っているんだろう。
「ちょうどここには男性2人に女性2人揃っている。踊って確かめるのが一番だろ? さっ、大講堂のダンスフロアを借りてるから行こうか」
そう言って立ち上がったコンラート会長は有無を言わせぬ雰囲気を持っていて、私たちは黙って後に従った。
昨日も歩いた並木道を大講堂に向けて歩いている。帰ろうとしている生徒たちは、逆行する私たちに何事かと振り返る。まぁ、コンラート会長とマクシミリアン様という学園の有名人が歩いているのだから目立って当然だ。私が傍観者なら間違いなく、チラ見ぐらいはしただろう。
「ソフィー、なんだかごめんね」
「いいのですよ。マリーが気にすることではありませんわ」
「ありがとう。それで、ソフィーは最初に誰と踊る?」
「そうですわね。スミュール辺境伯家は王家の騎士と言われる武門の誉れ高い家ですから、会長がどれだけ鍛えてらっしゃるか確認したいところですわね」
「……そ、そうなんだ」
ソフィーの意外にしっかりとした理由を聞いて、軽く考えていた自分が恥ずかしくなる。
「さて、どなたからお相手頂けますか?」
ダンスフロアに着くなり振り返った会長が手を差し出した。
「では私からお願いいたしますわ」
「ワルツでいいか? 俺が3拍子をカウントする」
マクシミリアン様がカウントをかって出る。
会長は前に進み出たソフィーの手を取り中央へと誘った。
コンラート会長は左手でソフィーの右手を取ると肩より少し高い位置まで横に伸ばし、自分の右手はソフィーの肩甲骨にきっちりと当ててホールドした。
マクシミリアン様がカウントを始める。
流れるように踊り出す二人。息を呑む美しさだ。とても即席のパートナーとは思えない。
コンラート会長は身長が高いが軸がぶれていない。ソフィーの言っていたように騎士として訓練してきたからだろうか。
ダンスフロアに花を描いていくかのように踊る二人に、マクシミリアン様がカウントの合間に「やるねぇ」と声にする。
踊り終わったソフィーに堪らず声をかけた。
「ソフィー、凄いわ。とても綺麗だった」
「ありがとう、マリー。そうね、コンラート会長は予想以上に踊り易い相手だったわ」
……この後に踊るのはつらい。
「今度は俺の番だな。マリアンヌ嬢、お相手して頂けますか?」
私は覚悟を決めてマクシミリアン様の手を取った。
コンラート会長がカウントを始める。
一歩踏み出した瞬間から違った。
あれ? 踊りやすい。
ステップもターンも面白いように決まる。
最近私が躍る相手といったらお兄様ぐらいだ。お兄様のダンスは良い意味でとてもきっちりしている。何事も完璧を求めるお兄様らしいのだけど、正直ついていくのが大変だった。でもマクシミリアン様のダンスはパートナーへの配慮を感じる。
うわぁ。ダンスってちゃんと踊れると凄く楽しい。
ここまで伸ばしたいという場所に、ちゃんとマクシミリアン様の手が待っている。
自然と笑みがこぼれた。
「マリーのダンスも綺麗だよ」
耳元でマクシミリアン様が囁く。
ちょっと。今そんなこと言わないで。
思わず足がもつれそうになると、マクシミリアン様が笑ってフォローしてくれた。
悔しいけれど、もう少し踊っていたいと思ってしまった。
拍手で迎えてくれたコンラート会長は言った。
「いいですね。マクシミリアン様のパートナーはマリアンヌ嬢がいいと思うのですが、ソフィー嬢はどう思われましたか?」
「そうですわね。会長のおっしゃる通りかと」
「それじゃ、来週からこのメンバーで練習を開始しましょう」
どうやら最初の生徒会活動が、自分たちの歓迎会を飾るダンスの練習になることに私は内心苦笑していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます