第35話 入学祝い
後ろに控えているケイトからの冷たい視線が背中に刺さる。
仕方なく食堂に入ると、一同の視線が注がれた。
お父様、お母様、お兄様、マクシミリアン様、そしていアーサー様。
それまで歓談をしていたであろう広間は静寂に包まれている。みんな驚きとも呆れともとれるような顔をして微動だにしない。
どう見てもアーサー様大好きアピールの姿をしている自覚があるだけに、どうしていいか分からない。
顔が熱くなる。
「……あぁ……やっと来たか、マリアンヌ。座りなさい」
「ありがとうございます、お父様……」
その一言が無ければ一歩も動けなかったかもしれない。
助かった。
「はっはっはっ。今日は入学のお祝いと聞いていたんですけどね。お祝い違いでしたか」
こういう何とも言えない雰囲気を笑い飛ばす男、マクシミリアン様。
ソフィーの誕生会の時もそうだった。まぁ、今日はそうしてくれたおかげで少し気が楽になったけれど。
「マリー、入学おめでとう」
「えぇ。無事入学出来ました。ありがとうございます、お兄様」
お兄様がそこを強調するのも分からないではないけど、私だって同じ気持ちだということは理解して欲しい。
着席してからはアーサー様の顔をまともに見ることが出来ない。それでもどんな反応をしているのか知りたいに決まっている。ちらりと視線を走らせると、アーサー様もこちらを見ていた。
「マリー……ありがとう。すごく綺麗だよ」
ありがとう、かぁ。たぶん私の気持ちを受け取ってくれたってことだと思う。でもアーサー様の気持ちがどうかまでは分からない。
「ところで、マリアンヌ嬢。生徒会に興味はおありですか?」
「マクシミリアン様、生徒会に入られるのですか?」
入学初日に生徒会とは、随分と積極的に学園生活を送られるつもりのようだ。
「生徒会長のコンラートに誘われたんだ。マリアンヌ嬢と一緒なら入ってもいいと返事をしたんだけど」
えっ。
なんで私を道連れに……。
「マリー、生徒会に入るのもいいものだぞ。学業とは別に色々学べることがある。大昔だけど、私も生徒会長をしていたんだよ」
「お父様が生徒会長?」
「ええ、そうよ。その時に書記をしていたのが私なの。もの凄く格好良かったんだから。ふふふ」
「お、おいっ」
お母様は当時を思い出したのか、懐かしそうな顔をして笑っている。
「それじゃ、決まりですね。マリアンヌ嬢、明日コンラート会長に一緒に会いに行きましょう」
「えっ、ちょっと……」
お兄様は「それはいい」と言って頷いている。
お父様とお母様も満面の笑み。
アーサー様だけはちょっと複雑そうな顔をしている。もしかしたら自分が通わなかった学園の話に少し疎外感を抱いているのかもしれない。
「わかりました。それではマクシミリアン様、宜しくお願いしますわ」
嵐のような入学祝いも何とか終わり、アーサー様とマクシミリアン様はお帰りになられた。
湯あみを済ませた私の髪をケイトが乾かしてくれる。
「ケイト……凄く恥ずかしかったけど、今日はありがとう」
「わたしはアーサー殿下の味方でございますから。新参者にお嬢様を渡すわけにはまいりません」
味方? 新参者?
ケイトの言うことはやっぱりよく分からない。
「そう、なんだ」
「さぁ、お嬢様。早くお休みくださいませ。明日こそは寝坊されないようにお願い致します」
ケイトは目だけで微笑んで下がっていった。
遠慮なくベッドに飛び込む。
あぁ、やっとくつろげる。
あまりにも色々あり過ぎて、とても1日の出来事とは思えない。
パタパタパタ。
私は跳ね起きた。
「マリー。起きてて良かった」
「ライ! 一体どこに行ってたのよ。知らないうちにいなくなるから」
「俺だって公務があるんだよ」
「ふーん。それで、肝心のいちごの話はどうなってるのよ」
「だからそれを伝えに来たんだろ。あのいちごは契約している農園から取り寄せてる。王家お抱えじゃないから、侯爵家でも手に入れられるはずだ」
「凄い! ありがとう、ライ!」
「あー、どういたしまして」
ライが頬を掻いている。ふふふ。可愛らしい。
いちごの話をしていたら、なんだか甘いものが欲しくなってきた。それと言うのも先ほどの入学祝いの席が思った以上にストレスで、かつて断ったことのないデザートをパスしていた。
「ねぇ、一緒に甘いもの食べない?」
「おっ、いいな。ちょうど疲れてたんだよ」
ベッドから降りた私は、気の利くケイトが置いていったティーワゴンのフードカバーを上げた。やっぱりお菓子がある。
さすがケイト。
「やっぱり甘い物は、最高ね」
「くっくっくっ。太るって言って欲しいのか?」
「もーーー。今は言わなくていいのよ」
「しかし、怒られるかと思ったけど平気だな」
「へっ? 何のことよ」
「いやぁ、どうしようかなぁ。言ったら怒るだろ?」
「怒らないわよ!」
ライは渋っている。
私だってそんなに心が狭いわけじゃない。
「じゃあ、言うぞ」
「望むところよ」
「さて、ここはどこでしょう」
「はっ? そんなの私の寝室に決まってるじゃな……」
寝室?
バッと目線を下げると、自分の着ている物を確認した。
……夜着。
大きく息を吸い込んだ私は口を開けた。
「おい、バカ。ちょっと待て!」
次の瞬間、妖精の姿を解いたラインハルト王太子殿下の大きな手が私の口を塞いだ。
「だ・か・ら。叫ぶのは禁止。前にそう約束したろ?」
こくこく頷く私に、ラインハルト王太子殿下は楽しそうに笑った。
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