第34話 アーサー様の色

 侯爵邸に王家の馬車が到着した。

 先ぶれを聞いて出迎えたお父様が、胸に手を当てて臣下の礼をとった。


「アーサー殿下、マクシミリアン様。本日はマリーをお送り頂きありがとうございます。もしよろしければご一緒に夕食などいかがでしょうか。マリーの入学を祝った簡単なものですが、お二人の席も用意しております」


 えっ。

 お父様はさも当然のように話しているけど……本当に一緒に? それともここまでが社交辞令で、これを断ることで成立するとか?


「ケヴィン、気を遣わせたね。でも嬉しいお誘いだな。マックスもせっかくだから同席させて頂こうか」

「マクシミリアンと申します。急な訪問にも関わらず、ありがとうございます」


 ちょっと、二人とも断ってないじゃないっ。これじゃマクシミリアン様の当初の目的通り、私の入学祝いに参加するってことになってるんじゃ!?

 

 私はお父様の顔を見上げた。


「王家の馬車が当屋敷に到着したことは、既にこの界隈の貴族に知れ渡っていることでしょう。それを直ぐにお帰ししたとあってはストランド侯爵家の名折れでございます」

「なるほど。それもそうだね」


 身内だけのお祝いのはすが、随分と仰々しいものになってしまった。

 がっくりと肩を落とし男性陣がサロンに向かっていくのを見送る。


「お嬢様、いつまでそこに立っているつもりでございますか。早く着替えてしまわないと」

「分かってるわよ、ケイト」

「それにしても今日は随分と派手な方をお連れになりましたね」

「あぁ、マクシミリアン様のこと? ネーデルラン皇国から留学されたのよ」

「隣国とは言え、なぜ小国のファティマ国に?」

「えっと、それは……」


 いくら相手がケイトでも、まさか自分が綺麗だったからというマクシミリアン様の言葉をそのまま伝えられるはずもない。言い渋る私に対し、なぜだかケイトは訳知り顔に頷いた。

 

 ケイトの謎の反応がわからない。ライなら分かるかもと乗っているはずの肩を期待を込めて見たがライがいない。 

 ん? ライ?

 確かに馬車の中ではいたのに辺りを見回したが、パタパタという羽音もしない。

 いつの間にいなくなったのかしら?

 王城にでも帰った?……って、まだいちごのこと聞いてないのに。もう。


「お嬢様、聞いてらっしゃいますか? 今日は久々に髪をアップにいたしましょう」

「えっ? えっと、ケイトにお任せで」


 ケイトは何度か櫛をいれて艶々になった髪を上機嫌で編み込んでいる。

 鏡に映るケイトの様子を見ていたはずなのだが、突然髪をキュッと引っ張られた私は慌てて座り直した。どうやらいつの間にか寝ていたらしい。


「ではこちらに着替えて下さい。お祝いの準備が整ったようです。急いで参りましょう」


 ぼーっとした状態でケイトに言われるがままに着替える。

 姿見の前に連れていかれ「いかがですか?」と聞かれて顔を上げた。

 そこに映っていたのは……。

 

 光沢のある薄紫色の布地のドレス。

 髪に編み込まれた金色のリボン。


 ―――ケイトっ!?


 これはダメなやつでしょ。


「ケ、ケイト? あの、これは……」

「お美しいですわ、お嬢様」

「いや、あの、せめてこのドレスは着替えた方がいいかと」

「何を言ってらっしゃるのです。これぐらいの牽制はしておかないと。大変、もうお時間がありません。さっ、参りますよ」

「えっ。牽制って? ねぇ、ケイトってば、ちょっと待って」


 何を牽制?

 それよりも、この格好……。


 ―――薄い紫色の柔らかい髪。

 ―――金色の瞳。


 そう、アーサー様の色だからっ。

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