第33話 馬車に揺られて

 馬車寄せに着くと、朝にも見た豪奢な王家の馬車が中央に陣取っていた。そしてその前には神々しさすら感じるアーサー様と、キラキラ金髪のマクシミリアン様の姿があった。


「殿下。これからお帰りですか」

「ヴィンセントか。君はどうして学園に?」

「今日は屋敷でマリーの入学祝いがありまして。仕事を切り上げて迎えにきたんですよ」

「そうなのか」


 アーサー様は少し怪訝な顔をして口を引き結んだ。そんなアーサー様とは対照的に、マクシミリアン様は目を輝かせた。


「それ、俺も参加したいな。構わないか」

「へっ?」


 マクシミリアン様は私に軽く片目をつぶってみせた。その行動にアーサー様とお兄様の表情が一気に険しくなる。


「マックス。君は僕とこの馬車で王城に戻るんだろ」

「ならアーサー殿下も一緒に来ればいいじゃないか」

「まぁ、それなら」

「いやいや、そういう事じゃないでしょう。お二方とも何を言ってるんですか」


 何だろう、この絵面は……。頭を抱えるような状況なのだが、私の目はどうしてもアーサー様を追ってしまう。


 パタパタパタ。


『マリー。これ何の騒ぎなんだ』


 ふいに現れたライは私の肩に座ると小声で話し掛けてきた。


『ライ。それが、今日はお屋敷で入学のお祝いをしてくれることになってるんだけど、マクシミリアン様が参加したいって言い出して』

『へぇ。なるほどねぇ。それなら僕も参加しようかな』


「はっ? 何言ってるのよ」


 思わず普通に声を出した私に、三人が一斉に振り向いた。


「どうした、マリー」

「い、いえ。お兄様、何でもありません。それよりそろそろ戻らないと遅くなるのでは」


 お兄様はそのとおりだと言わんばかりに、アーサー様とマクシミリアン様に視線を向けた。

 腕を組んで少し考える素振りを見せたアーサー様が大きく頷いた。


「それなら、マリーを侯爵邸まで送っていくっていのうはどうかな。この馬車なら大きいから全員で乗れるし」

「まぁ今日のところは、それで妥協するか」


 妥協って……。でもマクシミリアン様もどうやら納得したようだ。

 額に手を当てたお兄様が盛大なため息をついた。


「分かりました。とっとと乗せて頂きましょうか」

「ヴィンセント、すまないね」

「いえ、わざわざ送って頂くことになって、こちらこそ申し訳ありません」


 ライはパタパタと私の鼻先に飛んでくると、ニヤニヤした顔で見た。


『ほら、みんな送ってくってさ。なぁ、俺も付いてっていいよな、マリー』

『ライは絶対だめだよ。バレちゃうでしょ』

『せっかく王家のいちごの入手先を調べてやったのに、来るなって言うのか?』

『えっ、ほんと?』

『知りたくないのか』

『……知りたいに決まってるでしょ』

『じゃあ決まりだな』


 ライは定位置である肩に戻ると足をぶらぶらさせて鼻歌を歌い出した。





 軽快にストランド侯爵邸に向かう王家の馬車。内装の豪華さはもちろんだが、揺れも最小限で乗り心地も良く、さすがとしか言いようがない。だけど一つだけ難点があるとするならば、確かに大きいこの馬車でも乗り合わせた男性陣がみな高身長で見た目の割にがっしりしているせいか、圧迫感が半端ない。空気が薄い。おまけに肩の上にいるライのせいで気が抜けない。


「マリーは魔法の授業を受けるの?」


 最初に口を開いたのはマクシミリアン様だった。


「はい。マクシミリアン様はどうされるのですか?」

「アーサー殿下の授業だよ。もちろん受けるよ。もしネーデルラン皇国で同じ授業があるとしたら、抽選にしないとならないぐらい人気だろうからね」

「抽選ですか?」

「あぁ、ネーデルラン皇国にとって魔法は特別なものだし、アーサー殿下も特別な存在だからね」


 やっぱりアーサー様は凄い方なんだ。ちらりとアーサー様を窺うと私を見つめる優しい眼差しに、恥ずかしくなった私は思わず下を向いてしまった。


『……手強いな』

『ライ? 何か言った?』

『いや、何でもない』


「相変わらずマックスは大袈裟だな」

「何言ってるんですか、本当のことじゃないですか」


 漸く和み始めた空気に今まで黙っていたお兄様がマクシミリアン様に話しかけた。


「ところでマクシミリアン様。なぜ王立学園に編入を? 今まで大国であるネーデルラン皇国から、わざわざファティマ国に留学した方はいなかったはずですが」


 お兄様の問いにマクシミリアン様は迷うことなく答えた。


「そりゃあ、マリーが綺麗だったから」

「はい?」


 この人、何言ってるんだろうか。

 お兄様とアーサー様、そして肩口のライから放たれる冷気に、一気に涼しくなった馬車の中で思わず腕をさすった。

 アーサー様と一緒にはいたいけど……。


 いつもより遠い屋敷までの道のりに、私はどの辺りまで来たのかとそっと窓の外を眺めた。

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