第32話 雷女

 メニューを前に悩みこんでいる私に、レニーが堪らず声をかけた。


「だからさ、何を頼むかってそんなに悩むことか?」


 職員棟の一階にあるカフェテリア。

 ソフィーとレニーの三人で丸テーブルに座っている。


「だって本日のおすすめと季節のおすすめがあるんだよ。直ぐに決められるわけないじゃない」


 早くもあきれ顔のレニーをよそに、私は何を頼むべきか悩み中だ。


「マリー、それなら両方とも注文して二人で分けてはいかがかしら」

「いいの?」

「もちろんですわ」

「何だよ、それなら俺もまぜてくれよ」

「へっ?」


 ソフィーの提案に喜んだのも束の間、さっきまで甘い物には興味はありません的な態度をとっていたレニーの台詞に驚かされた。


「まぁ、レニー様も甘い物がお好きなのですね」


 口の端を起用に上げたソフィーに、レニーは居心地の悪そうな顔をした。


「いや、別に……」

「それなら三人で分けましょう」



 三種類のケーキが少しずつ盛り付けされたお皿がそれぞれの前に置かれた。


「うまい!」


 いの一番に口にしたのはレニーだった。それなら私もと、本日のおすすめだと説明されたいちごタルトを口に運んだ。


「美味しい」

「なっ」


 レニーと二人で頷き合うのを横目にソフィーがのんびりした声で問いかける。


「それでレニー様、先ほど教室でお兄様には負けないとおっしゃっていたようですが」

「あぁ。兄貴は今回設立された王立魔石研究所の副所長なんだ。兄貴にだけは負けたくないからな。魔法について基礎から学ぶつもりだ」

「そうなのですね」


 レニーの話になんの抵抗もなくソフィーは相槌を打っている。魔石って、魔道具に組み込まれてるやつだよね。でもファティマ国で出回っているものには、そもそも入っていないって聞いたことがあるけど。


「あのぉ、魔石研究所って何?」

「王立魔石研究所はその名の通り魔石について研究するところだ」

「アーサー殿下が所長を務められるそうですわ」


 アーサー様が所長!?

 私がアーサー様絡みの話を聞き逃すはずないんだけど。

 そういえばこの前お父様が食事の席で、研究所がどうとか話していたような気もする。でも恐らくあの日は料理長新作のスイーツが振る舞われた日。そのスイーツのことなら細部まで覚えてるのに……。


「おっ、ソフィーは詳しいんだな。やっぱり魔法に興味があるのか」

「そうですわね。興味ないこともございませんわ」

「それってどっちなんだ……。で、マリーは?」


 季節のおすすめのピスタチオケーキが、まさに私の口に入ろうとしていた。

 レニーから不意に振られた私は、ケーキが落ちないようにそっとフォークを戻した。


「黒焦げの犠牲者を増やしたくなかったから」


 あっ。こんなこと言うつもりなんかなかったのに。

 でも時既に遅し。周りの空気が一瞬にして凍り付いていた。


 腕を組んで考えていたレニーが、はっと顔を上げた。


「そうか、雷女かっ」

「えっ?」

「ポワティエ侯爵家の誕生日会で、賊を真っ黒こげにしたっていう。あれ、マリーだったのか。お前凄いな」

「あらあら、レニー様はどこからそんな情報を?」

「しまった。……黙ってろって言われてたんだ。頼む。今のは聞かなかったことにしてくれ。兄貴に殺される」

「もちろんですわ、レニー様。その代わり今後一切その口から漏れることのないようにお願い致しますね」


 ソフィーの笑顔にレニーがごくりと唾をのみ込んだ。


「わかった。マリーもごめんな」


 ごめんと言われても、事実だから仕方ないというか。

 それにしても雷女なんて言われてるとは思ってもみなかった。次の犠牲者を出さないためにも頑張ろう。


「ううん。魔法を勉強して加減を覚える! 二人ともこれからよろしくね」


 二人が目を丸くして顔を見合わせた。


「お、おう。よろしくな」

「そうですわね。レニー様、マリー、お願いしますわ」


 これで学園初日もなんとか終わりかと思った矢先、カフェテリアがざわついた。

 青く長い髪を靡かせた男性が息を切らせて中を見回している。やがて目当ての人物を見つけたのかにっこりと微笑むと、周囲の視線などもろともせずこちらに歩み寄ってきた。


「はぁ、はぁ。間に合ってよかった。マリー、迎えにきたよ。やぁ、ソフィー嬢」

「ヴィンセント様。ごきげんよう」

「ところで君は?」


 そう、お騒がせの人物はお兄様だ。ソフィーには笑顔を浮かべていたお兄様だったが、冷気を漂わせた灰色の瞳をレニーに向けた。

 その鋭い眼光に射抜かれ、レニーは額に汗を浮かべている。


「ぼ、僕はレオナード・リシャールです」

「ふーん、リシャール伯爵の次男か。私はマリーの兄ヴィンセント。それで、マリーはもう帰れるか?」


 今日のお兄様は下ろしたままの髪から色気を漂わせている。さすが数多の子女を虜にするお兄様。私を見る周囲の視線が痛い。朝もアーサー様とマクシミリアン様のせいで悪目立ちしてしまったというのに、帰りも目立つことになってしまうなんて。


「お兄様。もう大丈夫ですけど、なぜこちらに」

「今日は屋敷でマリーの入学のお祝いをすると言ってあったろ? だから仕事を早めに切り上げてきたんだ。職員室に行ったらカイン先生がここにいると教えてくれた」


 わざわざ迎えにこなくてもいいのに。最近のお兄様は以前にも増して過保護な気がする。

 でも今日は特別なスイーツを作ると料理長が言っていたっけ。

 私はソフィーとレニーに挨拶すると、お兄様を急かしてカフェテリアを後にした。

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