第31話 仲間

 あぁ、マリーが手を上げている。いつになく心臓の鼓動が速く感じた。


 マリーが魔法に優れていることは分かってはいたが、僕の授業を受けてくれるのか自信はなかった。

 これまでマリーが僕のことをどう思っているのか気にしないようにしてきた。それはネーデルラン皇国で過ごしている僕とファティマ国にいるマリーとでは、物理的に距離が離れているということもあったが、マリーがまだ幼かったからというのが大きかった。

 だけど久しぶりに会ったマリーはもう立派なレディだった。意識しない方が無理というものだ。

 マリーは僕のことを異性として見てくれているだろうか。だが現実問題として僕はマリーより8歳も年上だ。もしかしたらマリーにとって僕は頼れるおじさんであって、そうした対象ではないのかもしれない。このところそんなことばかり考えていた。

 だけど目の前のマリーは眩しいばかりの視線を僕に向けている。それが授業に対する熱意だと分かってはいても、どうしてもマリーも僕に気があるのではないかと期待せずにはいられなかった。


「マリアンヌ嬢は希望っと。他には?」


 カイン先生の言葉にマリーは、はっとした表情を浮かべた。

 それからそっと隣の席のソフィー嬢の顔を窺う。


 僕に見せるのとは違うマリーの普段の態度。あぁ、そのどれもが愛おしくてたまらない。僕はもっと早く帰国を検討すべきだったのかもしれない。


 小さくため息をついたソフィー嬢が声を発した。


「わたくしソフィー・ポワティエも希望しますわ」

「俺もっ、レオナード・リシャールも受講したいです。兄貴には負けない」


 黒髪を耳の辺りで切りそろえた男子が、腰を半分浮かせて手を上げた。

 この子は……。

 先日会ったばかりの魔石研究所の副所長――エドワード・リシャールの顔が浮かんだ。確か弟が学園に入学すると言っていたが。

 なるほど。未来の研究者を育てるね。本当に宰相は良く考えている。


「ははは。これは頼もしいな」

「他にはどうだ?」


 教室内で反応する者はいなかった。

 これがネーデルラン皇国であったなら少ないと思うところだが、ファティマ国で当たりの魔法に興味を持つ者がこのクラスだけで3名もいることは凄いことだった。まぁ、ソフィー嬢はマリーに巻き込まれた感は拭えないが。


「それでは我がAクラスからは3名ということで宜しいでしょうか、アーサー殿下」

「えぇ。もちろんです。嬉しい限りですよ」

「授業のスケジュールについては、受講の人数が確定次第決定するそうだ。いいかっ、念押しするが、これは単位外だからなっ。くれぐれも必須授業があることを忘れるなよ」

「受講する皆さん、これからよろしく。それじゃ、カイン先生、僕は他の教室を回ってきます」






「なぁ、聞いてるのか」


 黒髪に鮮やかな青い瞳。意思の強そうな男の子が私の顔を覗きこんでいた。教室を出ていくアーサー様の後ろ姿を追っていたはずだけど、この状況は一体……。


「マリー、またぐるぐる考えてましたわね」

「いつもそうなのか?」


 ソフィーと男の子のやり取りをぼーっと眺める。うーん。全然思い出せない。


「あのぉ、誰でしたっけ?」

「お前なぁ。いいか俺はレオナード。魔法の授業を受ける仲間の顔ぐらい覚えろ」

「魔法の授業……仲間!?」


 あぁ、そうだ。アーサー様の授業!


「それでね、マリー。レオナード様が親睦も兼ねてカフェテリアでお話をしないかとお声掛け下さいましたのよ」

「レニーでいいよ。そういう形式ばった呼び方は好きじゃない」

「レニー様。それでは、わたくしのことはソフィーとお呼び下さい」

「お、おう」


 レニーったら、マリーの話し方に狼狽えてる。

 確かに昔は私もびっくりしたっけ。


「私のことはマリーでいいよ」

「分かった。それじゃ、ソフィーとマリー。少しカフェで話していかないか。どうして魔法の授業を受けるのかとか色々聞いてみたい」


 どうして授業を受けるのか……。

 今はアーサー様の顔しか浮かんでこないけど、レニーに呆れられないように話せるかな。

 でも思った以上に気軽に接してくれるレニーにほっとしていた。

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