第30話 希望します

「マリーったら。さぁ、こちらに来て」

「う、うん」


 ハンカチを差し出したソフィーは私の手を引くと、背後に庇い大講堂から連れ出してくれた。


「ここなら目立ちませんわ」

「ありがとう、ソフィー」


 押さえていたハンカチを離すと、濡れた頬に少しだけ冷たい風を感じた。

 

「少しここにいましょう」

「でも教室に行かないと」

「その泣き顔で?」

「うっ……」

「でも、そうですわね。早く行った方がいいかもしれませんわ」


 大講堂前の並木道を正門の方に戻りながら進んでいく。

 左右に並ぶ長い棟。

 右側の棟には職員室、食堂やサロンなどが入っており、左側の棟には1年から3年までのクラスが入っている。左右の棟の間には連絡橋が二ヶ所渡されていて、一階の入口を経由しなくても互いの棟に行き来可能になっていた。

 ようやく棟の中央部分に入り口が見えてきた。こちらにも近衛ではないが騎士団が立っている。

 ソフィーと私が近づくと騎士団が重厚な扉を開けた。




 大きなエントランスホールが広がっている。三階まで吹き抜けになっているせいか天井部分の装飾はこちらからは余り見えない。

 ホールの左右に見える扉の先は、それぞれ大講堂と正門の方向に伸びているのだろう。そして中央突き当りの階段を上り切った先は踊り場になっており、そこから左右に分かれて上に続く階段が続いていた。


「一年生のAクラスはこちらですわね」


 そう言ったソフィーは左側の扉の方に私を引っ張っていく。


 ずっと続く長い廊下には、左側の並木道側に大きくとられた窓から明るい日差しが差し込んで、窓枠の影が床に細長く伸びている。右側は各教室のようで、一番手前の扉にFクラスと書かれたプレートがかけられている。Aクラスは一番奥か……。


 廊下の突き当りまで来た私たち二人は、ようやくAクラスのプレートを確認した。

 恐る恐る扉を開けると、既に着席していた生徒の視線が一斉にこちらに向けられた。


(凄い見られてる……)


 空いている席は2つだけ。

 どうやら私とソフィーが一番最後のようだ。

 

 着席後間もなく扉が開いた。

 担当と思われる先生に続いてアーサー様が入ってきた。


 忽ち頬が熱くなる。

 きっと顔は真っ赤になっているに違いない。


「今日からAクラスを担当するカインだ。早速だが先ほど学園長から話のあった特別授業について説明する」


 カイン先生はクラスのみんなを見回した。


「諸君らも普段意識することなく魔法を使用していると思う。ほとんどの国民が魔法を使用することが出来るファティマ国では、魔法はあまりにも身近なものだ。それだけに魔法については、これまで学問的見地から顧みられたことがなかった。だが改めて魔法とは何なのか、基本から学べる授業を行うことにした。その授業の講師をして下さるのがアーサー殿下だ。魔法に興味のある諸君はぜひ参加してもらいたい―――このような説明でよろしかったですかね、殿下?」


 カイン先生は頭に手をやり、アーサー様にちらりと視線を向けた。


「えぇ、カイン先生の言う通りですね」

「よーし、お墨付きも頂いたところで、早速希望者を募る」


 カイン先生がぐるりと生徒たちの顔を見渡した。


 アーサー様が講師の授業。

 卒業単位に加算されないのは残念だけれど、受講しないなんて選択肢はありえない。

 それに魔法にも興味はある。というよりもっときちんと使えるようになりたいと思っていた。そうソフィーの誕生日会の時から。

 これ以上黒焦げの犠牲者を出さないためにも。


「はい! マリアンヌ・ストランド、魔法の授業を希望致します」


 私は思いきり右手を上げた。

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