第29話 気づき
ソフィーの話によると正門から真っ直ぐに伸びる並木道の突き当りに見える建物が入学式が行われる大講堂。両端に並ぶ樹々には黄緑色の小さな若葉が芽吹いている。所々にベンチが設けられおり、その周りは花壇になっていて春の花が咲き誇っていた。
ソフィーが私の手に軽く触れる。
「マリー、わたくしのこと嫌いになりまして?」
「えっ、どうして?」
「誕生日会の事、伏せておきたかったのでしょ?」
「それは……」
思っていたことを言い当てられて、どんな顔をしていいかわからなかった。
ソフィーはラインハルト殿下があの場にいたことは知らない。だからこそ誕生日会にマクシミリアン様がいたことを話したのだろう。
「マクシミリアン様とお会いしていたことを話してしまった方が、アーサー殿下は安心されるのではないかと思いましたの。それに……どうやらマクシミリアン様もマリーにね」
「ん?」
確かに下手に隠すより良かったと思う。
それにしてもマクシミリアン様が何だと言うのだろうか。
「だからマクシミリアン様からマリーを困らせるようなことはしないと思いましたの。でも言い訳にしか聞こえませんわね……。わたくしマリーに何とお詫びすれば許してもらえるかしら」
ソフィーは睫毛を震わせて目を伏せた。
私を困らせるようなことって……。それこそ私が最も懸念していたラインハルト殿下とのことだ。もしかしてソフィーはラインハルト殿下とのことを知ってるの?
「ちょ、ちょっと待って。ラインハルト殿下とは何もなかったのよ。あれは心配されただけだから」
「あら、ラインハルト殿下があの日いらしたの?」
「……」
思わず目が泳いだ。
何やってるんだろう。自分から話してしまうなんて。
「ふふふ。大丈夫ですわ。マリーのことは、わたくしも守りますから」
「へっ?」
「マリー、これらも一緒にいていただけるかしら」
「う、うん」
マリーの言うことは良く分からなかった。だけど一緒にいたいのは私だって同じだ。
私はこくこくと頷いた。
そんな私を見て朗らかに笑うソフィーの手に、さっきソフィーがしたみたいにそっと触れた。
いよいよ大講堂が目の前に迫ってきた。扉の両脇には白い制服を纏った近衛騎士が立ってる。
王族や要人の護衛を一手に担う近衛騎士。式典などで見ることはあるが、学園でとなると新鮮な感じがした。
アーサー様がいるからかしら。でもマクシミリアン様もネーデルラン皇国の公爵子息だから国賓に準ずるのかもしれない。
私たちは近衛騎士の守る扉から中へと歩を進めた。
大講堂の高い天井に生徒たちのざわめきが反響している。
周りを見渡すと同じ制服に身を包んだ人たちの姿に、ついに入学するんだと胸がいっぱいになる。
程なく壇上に大柄な男性が現れた。
あれほどざわついていた講堂が瞬時に静寂に包まれる。
大柄な男性はコホンと咳払いをすると、声を増幅する魔道具に向かって話し始めた。
「諸君。私がこの王立学園長のザナスだ。これから君たちはこの王立学園で3年間過ごすこととなる。この3年がどのようなものになるか、それを決めるのは君たちである。輝かしい時となることを祈っている。―――あー、堅苦しい挨拶はこれぐらいにして、諸君らも気になっているであろう人物の紹介に移る。アーサー殿下とマクシミリアン様。こちらへ」
学園長の横にアーサー様とマクシミリアン様が並び立った。
「アーサー殿下には今期より魔法の特別授業の講師をしていただく。なおこの授業は卒業に必要な単位とは別枠の選択制であるが、なるべく多くの諸君の受講を期待している」
「アーサーです。皆さんと学べることを楽しみにしています」
アーサー様が片手を上げると、場内がざわついた。
「えー、続いてネーデルラン皇国のカポー公爵家のご出身であられるマクシミリアン様が2年のクラスに編入される。今日入学する諸君にとっては先輩となるから失礼のないように」
「マクシミリアンと申します。ファティマ国は初めてですので、色々教えて頂ければと思っています」
学園長に促された二人が一歩前に出ると、講堂内の女性陣がみな一斉に頬を赤らめた。
「入学式は以上だ。後は入口で配布したクラス分けにしたがって各自で教室に移動してもらう。なお教室で特別授業の希望の有無を確認する。それが済んだら今日は解散だ」
学園長の言葉が終わるか終わらないかのうちに、私はソフィーの腕を引っ張った。
「ねぇ、ソフィー。大変」
「マリー、落ち着いて」
「だって、アーサー様が講師って」
「えぇ、講師だと言ってましたわ」
アーサー様が戻ってくる?
このファティマ国に?
気が付いた時には視界がぼやけて涙が頬を伝っていた。
私、泣いてる?
まさか自分が泣くだなんて思ってもみなかった。
アーサー様は幼い頃から憧れの人。第一王子だと理解するようになってからもそれはずっと変わらなかった。でも所詮は憧れだと思ってた。だってアーサー様と私が釣り合うはずないと、心のどこかで決めつけていたから。
そっか、私はアーサー様のことが好きだったんだ。
自分の気持ちを認めたら、余計に涙が止まらなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます