第28話 王立学園入学式
学園の朝夕の風物詩とも言える光景。
数台は擦れ違える程の幅が確保されている場所に、車体に紋章の入った馬車がずらりと並ぶ様は圧巻だ。
今朝のこの場所では、いつもより多くの令嬢や令息が期待に満ちた面持ちで、数人ずつ又はある程度の人数でかたまって話に花を咲かせている。
そこへ王家の紋が入った豪奢な馬車が到着した。周囲の視線が一斉に注がれる。
今年度入学する王族はいない。それなのになぜ、誰が、どうして? 一同固唾を飲んで見守る中、降りてきた人物に黄色い声が飛び交った。
「キャーーーーーーッ」
なに?
きょろきょろする私に、ソフィーが「後ろですわ」と囁いた。振り向いた私の目に映ったのは、透けるような薄い紫色の髪を後ろですっきりと纏めたアーサー様の姿だった。
うそっ?
何でアーサー様が学園に?
アーサー様はネーデルラン皇国のアカデミーで魔法に関する研究をされている。春休みで帰国されていたが、ファティマ国にいつまでもいるわけじゃない。だから今回もきっと直ぐに戻られてしまうのだろうと思っていた。ううん、違う。期待しないようにしていた。
先日、ストランド侯爵邸でやり直したソフィーの誕生日会でも、アーサー様はファティマ国に長くいるような話はしていなかった。
それなのにお会いできるなんて。
「ふふふ。マリーったら顔が真っ赤ですわ」
「ソフィー、言わないでよ」
親友にずばり指摘されて、思わず顔をそらした。
「まぁ、あの方もご一緒でしたのね」
「あの方?」
ソフィーの言葉に私がもう一度視線を向けると、アーサー様の後から馬車を降りてくる人物が見えた。その男性が輝く金髪をさっとかきあげると、その仕草に周囲の女子からため息が漏れた。
「誰?」
「ネーデルラン皇国から編入されるカポー公爵子息様ですわ。お父様が離宮から通われると言っていました」
あぁ、そっか。
ソフィーの言葉に漸く納得した。マクシミリアン様だったのね。
でも以前お会いした時は確かくすんだ緑の髪色だった気がしたのだけど……。
何で髪色を変えていたのか、さっぱり意味が分からない。
ところで二人で一緒に来たってことは、アーサー様はマクシミリアン様のことをご存知なのだろうか。いやネーデルラン皇国に長らく留学されていたのだし、知っていて当然なのかな。
「マリー。考え中のところ悪いけれど、お二人がいらしたわ」
「へっ?」
私が顔を上げた時には、二人はもう目の前にいた。
「マリー、ソフィー嬢。おはよう。入学おめでとう」
そう、今日は待ちに待った王立学園の入学式なのだ。
ソフィーも私も真新しい制服に身を包んでいる。
制服はウエスト部分に切り替えのある紺色のワンピースで、襟の端と切り返し部分に入った白いラインがアクセントとなっている。Vネックの襟には各自好きなリボンを付けられる。
今日私とソフィーが付けてきたのは、もちろんお揃いの赤いリボン。
「アーサー様、おはようございます」
「こちらはネーデルラン皇国のカポー公爵子息。マクシミリアンだよ。2年に編入だからマリーやソフィー嬢の一年先輩になるね」
「マクシミリアンです。よろしくね。マリアンヌ嬢は2回目かな」
マクシミリアン様は軽くウインクして見せた。
ちょっ、ちょっと。ウィンクもだけど、2回目とか言わないで欲しいんですけど。私はマクシミリアン様に視線で抗議した。あの時は非公式だって話だったし、今この場で、というかアーサー様の前で言う事ないのに。
あまり考えないようにしていたけれど、もしかしたらマクシミリアン様はポワティエ侯爵邸の誕生日会で、ラインハルト殿下が私を抱き寄せたのを目撃しているかもしれない。ライにしてみたら心配して咄嗟に出た行動なのかもしれないけれど、それをアーサー様に知られるのは何となく嫌だった。
もし接点があったとなれば、自然と誕生日会の話になるだろう。そうしたらマクシミリアン様はラインハルト殿下の話を振ってくるのではないか。
それだけは絶対に止めて欲しかった。
私は目の前のマクシミリアン様へ更に鋭い視線を投げた。だがマクシミリアン様はお構いなしで、まるで挑発するような視線をアーサー様に向けた。
「2回目?」
アーサー様は怪訝な顔してマクシミリアン様を見返した。
もう何なんの、この状況。
「マクシミリアン様。わたくしはポワティエ侯爵家のソフィーでございます。先日のわたくしの誕生日会ではご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでしたわ。それで教会の方は如何でしたの?」
「へぇ。俺があの場にいたのは君はしらないと思っていたけど。ふーん。なるほどね」
どうしよう。恐れていた誕生日会の話しが始まって私は俯いてしまった。それにしてもマクシミリアン様があの日ポワティエ侯爵邸にいたことを、ソフィーはどうして知っているのかしら。
「マクシミリアン、君はソフィー嬢の誕生日会にいたのかい? それに教会って」
「ちょっと、頼まれましてね。寄付集めの手伝いをしたんですよ」
どうやらマクシミリアン様はラインハルト殿下の事を話すつもりはない……?
「あぁ、そういうことか。君のような男前ならさぞかし役に立っただろうね」
「ははっ。殿下には敵いませんよ」
イケメン2名が朗らかに笑い合っている。
良かった。マクシミリアン様はライとの現場を見ていなかったのかもしれない。私はそっと胸をなで下ろした。
だがそれも束の間、私たちの動向を遠巻きにしていた令嬢たちから、冷たい視線がビシバシ飛んできた。
アーサー様とマクシミリアン様という一幅の絵のようなお二人を独占しているとあっては仕方ないかと思うものの、初日から悪目立ちしていることは否めなかった。
「わたくしたち、そろそろ向かいませんと遅れてしまいますわ」
「あぁ、そうだったね。僕たちも一緒に行くよ」
……一緒に来るのですね。
嬉しいような、いたたまれないような気持ちを抱え、私はソフィーと並んで歩き出した。
どうやら波乱の学園生活がスタートしてしまったみたいだ。
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