第27話 理由

 玉座に座った私は片膝をついてこうべを垂れる息子、アーサーをじっと見た。

 

 逞しくなったな……。

 もう23歳。国を出て8年にもなる。


 アーサーがネーデルランへ留学したいと申し出た時には、ラインハルトが王太子になることは既に決まっていた。だからせめてアーサーを自由にしてやろうと私は快諾した。

 今思えばその決断が良かったのかどうか分からない。

 

 ネーデルランで目覚ましい成績を修めたアーサーは卒業後も戻っては来なかった。そのままアカデミーに進み魔術の研究を始め、様々な魔道具の開発にも貢献していると聞く。

 

 ラインハルトの立太子の式典に招いたネーデルランの皇帝から、なぜアーサーが王太子ではないのかと問われた。そして続けて言われた言葉に私は絶句した。


 『ファティマ国でいらないというのなら余の国でもらい受けてもいい』


 いらないわけがない。アーサーの優秀さは群を抜いていた。だからこそ私はアーサーが次期王になることを期待していたのだ。

 だが10歳の儀式の時、アーサーは妖精になることが出来なかった。


 どうしてだ!

 王たる自分の力を持ってしても変えようのない事実。私は腹が立って仕方なかった。アーサーのことを王太子にしてやりたいのは山々だった。だがこの国に連綿と続く『担う者』と『寄り添う者』の系譜がそれを許さない。


 ラインハルトに不満はない。ラインハルトとて優秀なのだから。

 きっと彼は彼で思うこところがあるに違いない。


 まったく……。


「国王陛下」


 宰相ケルンの声で我に返る。


 今日これから発する私の命でアーサーをファティマ国に戻すことが出来る。

 これで手元に置いておける。


「面をあげよ」


 アーサーとケルンが私の顔を見上げる。


「本日、ファティマ国王の名の下に王立魔石研究所を設立する。ネーデルラン皇国の魔石採掘に陰りが見え始めたのは知ってのとおりだ。魔石の再利用による安定供給は様々な国にとって必要不可欠な問題だ。そのための魔石の研究に特化した国主導の機関、それが魔石研究所だ。アーサー、そなたに所長を命ずる。戻ってこい」


 アーサーの表情に変化は見られない。だがその心の内はどれほどのものか……察するに余りある。


 長きに渡りアーサーを呼び戻すことが出来なかった。戻すための理由を作ってやることが出来なかったのだ。多分私が国という枠に囚われ過ぎていたのだろう……。


「所長の任、確かに拝命致します」

「再利用が可能となった暁には、魔石の取扱い基準の制定も含め各国との対応も任せる」

「御意」






 頭を下げたまま、玉座を離れた国王陛下が部屋を出るのを待った。


 バタン。


 この謁見の間で王のみしか通ることを許されない扉が閉まる音がした。

 

「アーサー殿下、此度の所長職へのご就任心よりお慶び申し上げます」

「堅苦しい挨拶はいらない。そもそも宰相、貴殿が仕組んだのだろ?」

「滅相もない。然るべき方が然るべき場所に。ただそれだけですよ」


 今回の所長任命は僕にとって寝耳に水の話だった。だがこれでファティマ国に大手を振って帰れる。

 ネーデルラン皇国では本当に良くしてもらったし、アカデミーでの研究も面白い。だがファティマ国はやはり僕にとって大切な祖国なのだ。帰りたいというのが本心だった。

 ただ今までは……帰る理由を見つけることが出来なかった。

 帰って何をしたらいいのか、どんな立場でいたらいいのか。自分は単なる厄介者なのではないのか。

 僕はずっと戻れずにいた。


 ファティマ国に帰る理由。それをくれたのは、目の前にいる宰相に他ならない。


「いずれにしろ、礼を言っておく」

「殿下。もう一つ、お願いしたき儀がございます」

「なんだ」


 宰相が衛兵に合図すると大柄な男が入って来た。


「お初にお目にかかります。私は王立学園長を務めておりますザナスと申します。以後お見知りおきを」


 こざっぱりとした衣装に身を包んだ男はにかっと笑った。

 人好きのする笑顔だ。

 粗野でありながら野暮ったくもない。おもねるような態度もない。

 実に面白そうな男だと思った。


「アーサーだ。それで宰相、貴殿のお願いは学園と何か関係が?」

「ザナス学園長から話してもらいましょう」

「それでは僭越ながら私から話をさせて頂きます。実は王立学園にて新学期より魔法の授業の強化に取り組むことに致しました。その一環として、望む者たちを対象とした授業の枠を新たに設けます。アーサー殿下にはその授業の特別講師になって頂きたいのです。どうかそのお力をお貸し頂けないでしょうか」


 王立学園の魔法の講師……。真っ先に浮かんだのはマリーのことだった。この春マリーは学園に入学する。僕が帰国したからといってマリーとの接点はそうそうあるわけではない。マリーも学園が始まればそれなりに忙しくなるだろう。

 だが講師として学園に赴くことが出来るとなれば話は別だ。


 マリーに会える理由。だがこの話、引き受けていいものなのか。


「力を貸したいところだが、私も先ほど所長の任を拝命したばかりだ。私の一存で決められることでは……」

「既に国王陛下に許可は頂いております。授業を受けた者たちの中から卒業後に研究所に進む者も出てくるでしょう。そうなれば研究所の助けにもなるのではないでしょうか」

「……宰相の入れ知恵か」

「多方面から研究所の支援をしたいという思いからですよ」

「どうやら引き受けるという答えしかなさそうだな。ザナス、準備は任せる。必要ならいつでも声をかけてくれ」

「はっ。ありがとうございます。それでは私はここで」


 来た時と同様大股で出て行くザナスを見送った。


「やはり宰相には敵わないな」

「何を仰いますか。結局すべてアーサー殿下のお心次第なのですよ」


 僕の心か……。

 マリーと共にいられるのならば、その道を進んで行きたい。その心に従うだけの強さを、僕は持ち続けることが出来るだろうか。

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