第26話 伏兵
「一体どういうことだ。マリーが狙われたと聞いたんだが」
到着して早々その男は俺の胸ぐらを掴むと、低く凍り付きそうな声を出した。俺もかなり高身長であるはずだが、相手は頭一つでかい。
迫力あり過ぎだろっ。
遅かれ早かれ彼の耳にも入るであろことは分かっていた。だからこそ多少の覚悟はしていたつもりだったが、いざ対峙してみると微塵も敵わないことを思い知らされる。
「アーサー殿下、落ち着いて下さい。きちんとご説明しますから」
俺は用意していた話を頭の中で反復する。少しでも対応を間違えようものなら、ライと俺の計画は一瞬で台無しだ。
だがその時、想定より早く訪れた人物が割って入った。
「お久しぶりですわ、アーサー殿下。今日はマリーもわたくしもお会い出来るのを楽しみにしておりました」
アーサー殿下は掴んでいた俺のクラバットをすっと放した。
「やぁ、ソフィー嬢。会うのは久しぶりかな」
「そうでございますね。前回お会いしたのはもう何年も前ですから」
ナイスタイミング! ソフィー嬢。
「ところで、ソフィー嬢。誕生日会は大変だったそうだね」
「そうなのです。アーサー殿下もお聞き及びとは存じますが、わたくしの誕生日会に賊が忍び込みましたの。それをマリーが機転を利かせて止めてくれたのですわ。お陰で誰も怪我をせずに済みました。わたくしマリーの親友であることを、あれほど誇らしく思った日はありませんでしたわ。ねぇ、ヴィンセント様」
ソフィー嬢は俺を真っ直ぐに見上げた。確かに口元は緩く弧を描いている。だがその目は一切笑っていない。
アーサー殿下とは違った意味で怖い……。
何で俺ばかり。責めらるべきはライの方だろっ。
「あ、あぁ。何せ僕の自慢の妹だからね」
「マリーが狙われたのではないのか?」
「どなたがそんな出まかせを? 金銭目的に侵入した賊をマリーが魔法で止めただけですわ。きっとマリーがいなかったら、当家は大変なことになっておりました」
「そ、そうか」
「アーサー殿下、マリーが待ちくたびれてしまいますわ。ヴィンセント様、ご案内お願い致します」
「おぉ」
特にソフィー嬢と口裏を合わせていた訳ではなかった。だが彼女のお陰でアーサー殿下が矛を収めたことは確かだった。
ソフィー嬢。ふわふわとして捉えどころがなく全体的におっとりとした印象だったが、案外頭の回転が早い切れ者なのかもしれない。
「アーサー殿下。ソフィー嬢。サロンにご案内致します」
玄関先でやり取りしていた俺たちは、執事のモントーレを先頭に歩き出した。
『ヴィンセント様、一つ貸しにしておきますわ。マリーが狙われた件、うやむやに出来ると思ったら大間違いですわよ』
はっきり言おう。耳打ちしてきたソフィー嬢が放った視線は、先ほど俺に詰め寄ったアーサー殿下の比ではなかった。これは切れ者どころじゃない。ある意味アーサー殿下より質が悪い。
とんだ伏兵の出現に、俺は今後の対応をどうすべきか早くも思い悩んでいた。味方に引き入れるべきか、それとも何とか誤魔化すべきか。秘密なんてものは知っている数が少なければ少ない程、バレる確率も低くなる。
「アーサー様。ようこそおいで下さいました。それにソフィー、改めてお誕生日おめでとう」
「マリー。呼んでくれて嬉しいよ」
「はい。アーサー様」
ティーテーブルを囲んで頬を染めて俯くマリーと、それを見て穏やかに微笑むアーサー殿下。
何だこの砂糖菓子よりも甘ったるい空気は。
そしてそんなマリーの様子に目をキラキラさせているソフィー嬢。
こっちは何なんだ。
「ねぇ、マリー。わたくしもとても喜んでおりますのよ。あの誕生日会の事でお礼を言わなければならないのは当家の方でしたでしょ? それなのに、もう一度お祝いをしてくれるだなんて」
「だってほら、ちゃんとプレゼントも渡せてなかったし……。内輪だけの小さな会だけど」
「ふふふ。大きさなんて関係ありませんわ。マリーが開いてくれるのですもの」
「ありがとう、ソフィー」
マリーが放った魔法のせいで荒れ果てた大広間の光景が俺の脳裏に蘇る。ここのところマリーの元気がなかった。マリーが狙われたという点を除けば、ソフィー嬢の言うとおり誰も怪我することなく、全て丸く収まったと言える。マリーは被害者でありこそすれ、何の責を問われる謂れもない。ただ魔力操作をもう少し繊細に出来ていたらという思いが本人の中にあるのかしもしれない。咄嗟にあれだけの事が出来れば十分だと俺は思うが。
だからソフィー嬢の誕生日会をストランド侯爵邸でもう一度開いてみたらどうだろうかとマリーに提案した。アーサー殿下があの日のことをどこまで把握しているのか確認したかったのもあったが、一番にマリーが少しでも元気を取り戻してくれたらという思いがあった。
というわけで本日ここに面々が集まっている。
「そう言えばフレデリックから伝言だよ。今日はごめんねだって」
「騎士団の訓練なのですよね。副団長が抜ける訳にはいかないですものね」
ふん。フレデリックの奴は間違いなく何か察したに違いない。あいつの危機回避能力は騎士団で断トツだ。それは戦場にあっては優位な能力なのだろうが、今はそれが恨めしい。
「ソフィー。早速だけど、私からのプレゼント」
「まぁ、何かしら。開けてみてもよろしくて?」
「もちろん!」
ソフィー嬢が丁寧に開けた包みの中には、彼女の瞳の色のような艶やかな赤いリボンが入っていた。
「これは、リボンですわね?」
「そう。王立学園の制服にお揃いでどうかなと思って。こっちは私のよ。一緒でしょ」
王立学園の制服は女子は腰のラインで切り替えのある紺色のワンピースだ。白いアクセントの入ったV字形の襟元にリボンを付けるのだが、そのリボンだけは各自で好きなものを使用することが許されている。
「マリーとお揃い……。素敵ですわ」
「良かった。喜んでくれて」
「それじゃ、僕からはこれを。マリーも気に入ったみたいだから、二人でお茶する時にどうかな」
「アーサー様、それってあの花の香りのするお茶ですよね」
「そうだよ。これも二人でお揃いだね」
「アーサー殿下。今度マリーとのお茶会にお呼び致しますわ」
「それは光栄だね」
いや、ちょっと待て。この流れで行くと俺も何かしらソフィー嬢にプレゼントを渡さなければならいなのではないだろうか。だがアーサー殿下の対応にばかり気を取られていて、ソフィー嬢へのプレゼントなんて……何も用意していない。
「ヴィンセント様からは別途お送り頂けるのですよね。わざわざ申し訳ございません」
「あ、あぁ。思ったより時間がかかるとかで今日の会に間に合わなかったんだ。ははは……申し訳ない」
「へぇ。ヴィンセントも隅に置けないね」
「殿下……。俺も男ですから。何と言ってもソフィー嬢はマリーの親友ですしね。兄としても気を遣うというか」
「ふふふ。ありがとうございます。楽しみにしておりますわ」
ソフィー嬢、末恐ろしいお嬢さんだ。舐めてかかったら痛い目に会う。俺が横目でそっと様子を窺うと、それを待っていたかのようにソフィー嬢は顔を寄せてきた。
『ヴィンセント様。どうやらマリーはアーサー殿下から入学祝いと称してブレスレットを頂いたようですわ』
『はっ? マリーがブレスレットを?』
最近していた見慣れないやつか? てっきり父上におねだりしたのかと思っていたのに。
『えぇ。殿下の瞳の色の石が散りばめられたブレスレットのようですよ』
『なんっ。それじゃまるで婚約の贈り物じゃないか』
『お相手がアーサー殿下ならば何の問題もないではざいませんか。それとも何か不都合でも?』
『いや、それは……』
マリーが『寄り添う者』でなければ寧ろ喜ばしいことなのだが……。
『あら、随分と歯切れの悪いご様子ですね。ふふふ。まぁ、いいでしょう。後ほどゆっくりとお伺いいたしますわ』
『あー……』
こんなお嬢さん相手に誤魔化すなんて出来るわけない。気が付けば今後の筋書きを変えざるを得ない状況に追い込まれていた。
はぁ。
ライ、お前頑張らないとかなり難しそうだぞ。
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