第25話 閑話休題(騎士団員の一日)

「そこ! 両手使ってるぞ! 今日は片手だけだと言ったろ」

「はいっ」


『お前も実物を見たのか?』

『あぁ、凄かった。あれは……まさに月の女神だ』


「あと100回!」

「副団長、もう無理っす」


 ここは騎士団訓練所。

 第二騎士団、鬼の副団長フレデリック指導の下、団員たちは訓練に励んでいるはずなのだが……。


 先日のポワティエ侯爵家令嬢ソフィー様の誕生日会に駆り出された者たちが、その会場で起こった出来事を話し始めたのをきっかけに、団員たちの関心は月の女神と称されたマリアンヌ嬢へと移っていった。


『雷を落としたって話、もっと詳しく』

『いいか、よく聞け。短剣を手にした賊が一歩一歩、女神への距離を縮めていった。その賊が、いよいよ短剣を振りかざす。しかし臆することなく立たれた女神は、雷鳴が轟く中、天罰を下すが如くその御手から雷を放たれたんだ』

『おぉぉぉぉ』

『銀の髪をなびかせ凛と立つお姿は、紛うことなき女神だった』


「お前らーーーーーっ! さっきから何を喋ってる。そんなに訓練を追加したいかっ」


 フレデリックの怒声に団員たちが押し黙る。誰しもこれ以上の訓練などしたいわけがない。

 だが――気になるものは気になる。


 そこに勇気ある一人の団員が、フレデリックの前に進み出た。


「あの、副団長は俺たちの女神とお知り合いなんですよね」

「なんだ? その女神っていうのは」

「もちろんストランド侯爵家のお嬢様のことに決まってるじゃないですか」

「あーーー。誕生日会の話か」

「はい、その通りです」

「まぁ、マリアンヌ嬢とは子供の頃からの知り合いだけどな」

「おぉぉぉぉ」


 女神のことを名前で呼んだフレデリックに団員たちが沸き立つ。

 これはチャンスなのではないか。

 もしかしたら近くでお目にかかれるかもしれない。いや、ひょっとしたら会話ぐらい出来るかもしれない。

 誰もが期待に満ちた目でフレデリックを見た。


「あれは、だめだ。あきらめろ」

「何でですか! 副団長だけで独り占めするつもりですか」


 団員たちの目が鋭くなる。

 余りにも傲慢ではないかと。


「お前らに勝ち目はない」

「そんなぁ。ちょっとご挨拶だけでもいいんです。俺たちのモチベーションアップのために。お願いしますっ」

「だ・め・だ! 殺されても知らないぞ。というかその前に俺がやられる」


 団員たちが色めき立つ。

 みな各々の剣を空に向かって高く突き上げた。


「誰に殺されるっていうんですか。俺たちも騎士の端くれです。そうやすやすと死にませんよ。まして副団長がやられるはずないじゃないですか」

「そうだ、そうだ!」


 副団長のフレデリックはごくりと生唾を飲んだ。


「……相手がアーサー殿下でもか」


 アーサー殿下の剣の腕前は大陸でも一二を争うほどだ。

 一般的には王宮魔術師と並び称される魔法技術の高さで有名な殿下だが、騎士団に所属するものなら、あの剣さばきの鋭さを知らないものはいない。


「ひっ」

「いいかお前ら、命が惜しかったら誕生日会の件は他言無用だ。アーサー殿下に知れたらどうなることか……」

「わっ、わかりましたっ」


 もしマリアンヌ嬢が狙われたなんて話がアーサー殿下の耳に入った日には……俺たちに明日はない。


「フレデリック様!」


 その時、普段訓練所に響くはずのない女性の声が副団長を呼んだ。

 一斉に振り向く団員たち。

 そこには先ほど諦めたばかりの女神が降臨していた。

 女神の隣には……そびえたつ城壁。否、殺気を飛ばすアーサー殿下。


 団員たちは一斉に視線を外した。


『なっ、言っただろ』

 

 フレデリックは口元に手を当てて小さな声で囁いた。


「直ぐに戻る。もう200回やっとけ!」


 爽やかな笑顔と共に俺たちに追加を課した副団長は、女神と連れ立って行ってしまった。

 後に残された団員たちは、己が生きていることに安堵のため息をつくと、黙って訓練を開始したのであった。

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