第24話 自らの意思
マリーを屋敷に送り届ける間、俺は今後どうすべきか思いあぐねていた。
ポワティエ侯爵邸の誕生日会では予想以上の成果があった。本物の『寄り添う者』も見つかったし、恐らく公爵側が送り込んだであろう賊も捉えた。これで『担う者』と『寄り添う者』の系譜は途絶えることなく続いていくだろう。公爵の悪事に一歩近づくことも出来たし、ファティマ国は安泰だ。
宰相の息子として、それが一番であることは頭では分かっている。でもその一方で家族として兄として『寄り添う者』がマリーでさえなかったら、と考える自分を否定出来ずにいた。
俺はライの執務室に急いだ。今までライは俺の問いかけをのらりくらりと躱してきたが、今日こそは色々話してくれるだろうと期待していた。
ところがいざ部屋に入ってみると、ライは何食わぬ顔をして座ったまま一言も発しない。
何か言うことがあるんじゃないのか。
一向に話し出す気配のないライに苛立つ。
俺が聖水を飲んでいたことを伏せていたのは確かに卑怯だったと思う。だからこそライに全て見ていたんだと事実を突き付けるのは嫌だった。俺はライに自ら語って欲しかった。
だが目の前のこいつは……。
ちっ。
「先ほどはマリーのところに駆けつけて頂きありがとうございました」
「いや。マリアンヌ嬢は大丈夫そうか」
マリアンヌ嬢だと? どの口が言ってるんだ。
散々マリーと呼んでいたくせに、白々しいにも程がある。俺は内心で毒づいた。
「えぇ。表向きはピンピンしているように見えました。でも、ああいうのは後から来るものですからね」
「そうだな……。大事にしてやれ」
「もちろんですよ」
こいつ、あくまでも話さない気なのか。
それでも俺は……。
「ライ。『寄り添う者』はマリーなんですよね」
「今日は随分と単刀直入に聞くんだな」
「どうなんです?」
「どうだと思う?」
「っ。俺が聞いてるんです!」
「くっくっくっ」
「何が可笑しいんですか」
「受け答えがそっくりな奴を思い出した。悪い、怒るな」
「答える気はないと?」
「いや、見つかってない」
何で噓なんかつく。
そっくりな奴? そんなのどうだっていいんだよ。
くそっ。
「ではどうしてマリーが狙われたとお考えですか」
「たまたま一番狙いやすい場所にいたとか」
「本気じゃないですよね。いいですか、これはマリーのためでもあるんですよ」
マリーが狙われたのはマリーが『寄り添う者』だと認識されたからに他ならない。つまり今後もマリーは狙われ続ける可能性が高いということだ。
「マリアンヌ嬢のためか……」
「ライ。俺はそんなに信用出来ない人間ですか?」
しばらく黙ったライは絞り出すような声で言った。
「そうじゃない。そうじゃないんだ」
「それなら何なのですか。ライっ」
俺の荒げた声にライは肩をビクっとさせた。
ライと同い年の俺は、生まれた時からライの側近候補だった。ライが将来王太子になると決まった時も、コレット様との婚約が決まった時も、俺はライの側でずっと見て来た。一番近くにいると思っていた。
それなのに、何故だ。どうしてだ。
「なぁ、ヴィー。『担う者』と『寄り添う者』には自ら選ぶ権利はないんだろうか」
「それはどういうことですか」
俺はため息をつくと、ソファにどっかりと腰をおろした。
ライは何を言おうとしている?
「ヴィー。俺は……マリーが好きだ」
「……好き?」
「あぁ。マリーが好きなんだ」
あの美しいコレット様を前にしても飄々としていたライが、そんな感情を持っていたことに驚く。
だがマリーに対するライの気持ちが真剣なのだとしたら、『寄り添う者』として避けられない運命だとしても、少しはマリーをくれてやってもいいかと思えた。
「マリーが好きですか……。まぁ、今はその件は置いて起きましょう。それで?」
「ヴィーの言うとおり『寄り添う者』を見つけたよ。マリーが『寄り添う者』だった」
あぁ、やっと言いやがった。
俺は素直に嬉しかった。
「ただ兄上のご様子では……兄上はマリーがお好きなんだろう。兄上とマリーが紡いできた時間は長い。そこにひょいと割り込んで『担う者』と『寄り添う者』だから、マリーと結ばれるのは俺だなんて言いたくない。俺がマリーを好きになったのはマリーが『寄り添う者』だからじゃない。マリーにも、マリー自身で選んで欲しいと思う。これは我がままなことなのか?」
一旦言葉を切ったライは、真剣な目を俺に向けた。その目は王太子のものではなく、昔から俺の知っているライのものだった。
「なぁ、俺はどうしたらいい?」
ライの言葉に俺は愕然としていた。俺はマリーが『寄り添う者』だと知った瞬間から『寄り添う者』としてしか見られなかった。マリーの想いとは関係なく王太子妃になり、そして王妃になる定めなのだと決めつけていた。
だがライは『寄り添う者』だからという理由だけでマリーを縛りたくないと言っている。何の苦労もせずに横から掻っ攫ったとは思われたくないと。自分の意思でマリーを選んだのだと。マリーにも己の意思で自分を選んでもらいたいのだと。
しかしアーサー殿下もマリーに対して執着心のようなものを持っている。だがマリーが『寄り添う者』だと知ったらどうなるか。
きっとアーサー殿下はマリーのことを諦めるだろう。今までの彼の生き方がそれを示している。
「隠し続けるしかなさそうですね。今のところマリーが『寄り添う者』であることを知っているのは、ライと俺の二人だけです」
「俺に猶予をくれるのか? ヴィー。お前の妹の命が脅かされているというのに」
「条件があります。 俺が過度に動けばマリーのことがバレる可能性が高くなる。ライ、あなただけでマリーを守れると誓えますか」
確かに賊を捉えはしたが、トカゲの尻尾切りになる可能性が高い。奴らは本物を消すまで執拗に狙ってくるだろう。そうなれば公爵家がボロを出す機会も増えるだろうが、そのためにマリーを囮にしているようなものだ。その間、助けも借りずにマリーを守り続けるのは並大抵のことではない。
俺はライの覚悟を確認したかった。
「もちろんだ。マリーのことは全力で守ると誓う」
「ふん。当然です。ただ俺の父は手強いですよ。いつバレても不思議じゃない。そんなに長いこと猶予をあげられないかもしれませんよ」
「あぁ、分かってる」
「それともう一つ」
「まだあるのか」
「マリーがライを選ぶとは限りません。その場合の覚悟もしておいて下さい」
「……あぁ。分かってる」
マリーは間もなく王立学園に入学する。
学園にはネーデルラン皇国のマクシミリアン様も編入されると言っていた。そうなれば要人扱いとなり学園の警備も強化される。マリーにとってもそれは結果的にいいことだ。利用しない手はない。
ただネーデルラン皇国とミゲル枢機卿の繋がりも気になるところだ。マクシミリアン様もマリーに興味津々といったところだった。編入の意図も掴めていない。
だがライは守るといった。
マリーが『寄り添う者』であることを隠すと決めてしまった以上、今はその言葉にかけるしかない。
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