第22話 誕生日会(前)

 今日は親友ソフィーの誕生日会。

 ポワティエ侯爵家の大広間にお邪魔しているんだけど……この状況は。


「きゃー、ヴィンセント様よ」

「こちらにいらして下さい」

「私の今日のドレスはいかがでしょう」


 私のエスコートを買って出たお兄様は、到着して早々令嬢達に囲まれている。そんな集団を横目で見ていると、ソフィーがこちらに跳ねるようにやってきた。


 ハーフアップにした見事な金髪に大きな赤い瞳。ぽってりした唇はピンク色で本当に愛らしい。今日の主役はいつにも増してキラキラしている。 


「マリー」

「ソフィー、おめでとう! 可愛くって食べたいくらいよ」

「ふふふ。マリーこそとても綺麗よ」

「ありがと。それにしても流石ポワティエ侯爵家ね。ファティマ国中の貴族を集めたんじゃないの?」

「集めたのは父であって、私じゃないわ」

「そんなことないでしょ。あなたの魅力に吸い寄せられたのよ」

「相変わらずね、マリー。今日はあなたの好きないちごタルトを用意してるわ」

「やった。持つべきものは親友ね。さっそく食べてくるから、ご挨拶回りしてきたら? 後でゆっくりお話しましょ」

「それじゃ、また後で」


 ソフィーを送り出した私は、目当ての物を探してフードコーナーに向かった。それにしても本当に凄い人だ。壁際には正装に身を包んだ騎士団員たちが等間隔に立って、周囲に目を光らせている。よほど重要な人物を招待しているのか、随分と警備が物々しい。

 

 見事な銀食器の上で色鮮やかないちごが映える。

 これこれ。

 早速いちごタルトを確保した私は、他にどのお菓子を頂こうかと端から一つ一つ眺めていった。


 パタパタパタ。

 この羽音は?


「マリー」

「あら、ライ!? こんなところで何してるの?」

「いや、ちょっと」

「ふーん。今日はお兄様も来てるんだから、邪魔しないでよね。また独り言が多いとか言われちゃうもの」

「僕だって忙しいんだぞ」

「私だって忙しいのよ。いちごタルトを食べないとならないんだから」

「太るぞ」

「大きなお世話です。それより、ライも食べてみない? ポワティエ侯爵家のいちごタルトも美味しいのよ」

「へぇ。少しぐらいなら食べてやってもいいぞ」

「素直に食べたいって言えばいいのに。でも残念ながら今日はライ専用カトラリーは持ってきていないから、我慢して手で食べてね」


 お皿の端に小さくカットして置くと、ライがぱくりと齧りついた。


「うん。これも美味しいな」

「でしょ」

「マリーの家のとはまた違った風味だな」

「ええ。いちごもそうだけど、クリームでも違いって出るのよ」


 そんなものかと関心するライに、私は顔を近付けた。

 ライの顔が途端に赤くなる。

 

「何だよ」

「クリームがついてるわ。ほらこっち来て、じっとしててよ」


 私はライを手の平に乗せると、ナプキンの端で口元をそっと拭った。

 

「もう大丈夫よ」

「あ、ありがとう」

「それにしてもライって、見れば見る程ラインハルト殿下にそっくりよね。ふふふ。人間と妖精とじゃ、ぜんぜん違う生き物なのにね。似てるなんて不思議よね」


 飛び立とうとしていたライの羽ばたきが止まった。

 

「マ、マリーはラインハルトって奴を知ってるのか?」

「知ってるというか、お会いしたわ」

「それでどうなんだ?」

「どうって?」

「ほら、色々あるだろ。……印象とか」

「そうねぇ、ライみたいに押しの強い方だったわ」

「押しが強いって、それだけかよ。他に何かないのか」

「イケメンよね。そもそもライがイケメンだもの。ライに似ている殿下はイケメンってことになるでしょ」

「そうかっ」


 ぱっと上げたライの顔はやたら嬉しそうだ。

 もっと普段から格好いいと言って上げれば良かったかしら。


 パタパタと飛び回るライの向こうに、慰問に訪れた教会で見かけた男性がいることに気が付いた。確か司祭様は枢機卿から最近派遣されてきた人だと言ってたかしら。

 ……彼もお兄様に劣らず女性陣に囲まれている。

 教会ではよく見ていなかったが、端正で整った顔立ちだ。間違いなく女性受けしそうね。


「何見てるんだ?」

「ほら、あそこで女性に囲まれている貫頭衣を着た男性。あの方、この前慰問に行った教会で見たのよ。きっと寄付集めにきたのね」

「……なんか見覚えのある顔だな」

「ライも教会で見たからじゃない?」

「そう、かもな」

「ところで、ライ。あなた忙しいんじゃなかったの」

「あっ、そうだった。じゃあ」

「頑張ってね」


 パタパタと飛んでいくライに小さく手を振った。






 妹のエスコートという名目で誕生日会場に潜入した俺は、群がる令嬢をさばきながら妖精のライを探していた。


 そう、俺は聖水を飲んでいた。


 父ケルンが国王陛下に直談判し、教皇様に聖水の持ち出しを依頼したのだが、教皇様は断固反対された。しかし王太子殿下がまだ妖精の姿になれるということは、本物がいるということなのだ、と詰め寄られれば教皇様は頷くしかなかった。

 きっと教会としても『寄り添う者』が亡くなるという事態に危機感を募らせていたのだろう。こうして聖水の持ち出しは無事に許可された。


 俺はその聖水をこの会場に入る直前に飲んだ。ただし、ライには内緒で。


 ライだけに『寄り添う者』探しを頼っても良かったのだが、最近のライはどうも様子が怪しかった。何か隠しているような素振りが気になっていた。

 単に妖精を見たいという好奇心がなかったかと言えば噓になるが、やはり一度、妖精姿のライも含めてきちんと向き合っておきたかった。


 本当に来てるのか? サボってるんじゃないだろうな。


 しばらく周囲を探っていると、マリーがお菓子のコーナーに向かっているのが目に入った。まったく、いくつになっても甘い物が好きな奴だ。真剣にお菓子の品定めをしている様子に自然と口元が緩んだ。

 そのマリーに向かってを羽をパタパタさせて飛んでいく小さな生き物がいる。


 もしや、あれが妖精のライ!?


 なるほど確かに見える。ライが景色同様に見えるんじゃないかと言っていたが、まったくその通りだ。


 ライはマリーから確認する気なのか。

 ……緊張するものだな。

 俺はマリーがどんな反応をするのかとヤキモキしながらも、先ほどサボっているのではないかとライを疑ったことを反省していた。

 そのまま様子を窺っていると、ライはマリーと打ち解けたように話し始めた。


 ん?

 話し始めた? いや、なんで会話出来るんだ?

 

 …………。


 まさか、まさか、噓だろっ。

 よりにもよってマリーなのか?!

 2人目の見える人――『寄り添う者』がマリーだというのか。


 これは……。


 単純に見つかればいいと思っていた。次の相手と新たな関係を築いてくれと思っていた。だがこれは……想定してなかった。心のどこかでマリーのはずがないと決めつけていた。

 だいたいマリーに妖精が見えているような素振りがあっただろうか?

 そういえば……。


 夜中に絶叫していたとケイトは言っていた。

 独り言が目立つと屋敷の者に言われていた。

 勉強に身が入っていないような素振りが見られると家庭教師が言っていた。

 そして変なサイズのカトラリーを作らせられたと料理長が言っていた。


 思い当たる数々の出来事。

 そうか、マリーには見えていたのか……。


 いつでも相談に乗ると言っておきながら、気が付いてやれなかった自分に腹が立った。それと同時にライの不可解な行動にも納得がいった。


 俺の妹が当事者だったとは。

 気安く見つかりました、良かったですなんて言える訳ない。

 正直ライが隠していてくれて助かった。

 これからどう対処していくべきか……。


「きゃーーーーーっ」


 突然の悲鳴に俺は我に返った。

 何事だ? 声のする方向を素早く確認する。


 短剣を手にした男がゆらりと歩を進めている。


 あいつは何者だ? もしや公爵の手のものか!?

 ということは、本物を見つけた?


 一体どうやって? 妖精が見えなければ分かるはずがない。

 見える? そうか、向こうも聖水を飲んできたのか!

 ということは……。


 マリーが危ない!!

 マリーは、マリーはどこだ?


 先ほどの悲鳴に会場は騒然とし怒号が飛び交っている。

 フードコーナーにマリーの姿はない。

 大広間を出ようと俺を突き飛ばすようにして出口に殺到する人々。


 邪魔だ。どいてくれ。

 流れに逆らうように、先ほどマリーがいた奥のテーブルの方へ駆け出す。


 マリー、マリーはどこだっ。

 

 ようやく視界の隅にマリーを捉えた。

 しかし短剣を握る男は、既にマリーに狙いを定めていた。


 恐怖に慄いているのか微動だにしないマリー。

 ニヤリと笑った男が短剣を振りかざして走り出す。

 

 警備を依頼していた騎士団が一斉に賊に向かって駆けて行く。


 ダメだ。間に合わない!

 マリー!


 その時突然閃光が走った。

 眩しさに目を細めた次の瞬間。



 ドゴォーーーーーーーーーーーーーンッ



 空間を切り裂くような音が轟いた。

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