第20話 コレット様

 俺はコレット様に関する確認をしようとライの執務室に向かった。はやる気持ちを抑え目の前の扉を慎重にノックすると、待ち構えていたようにライが出て来た。


「少し休憩してくる」

「ちょっと」


 はぁ、またか。

 最近のライは何というか、気もそぞろだ。公務はそつなくこなしているが、身が入っていない。王太子となってから格段に増えた仕事のことを思うと、あまりうるさく言いたくなかった。

 俺は仕方なく机に山と積まれた書類の仕分けに取りかかった。


 ライのサインだけ待つもの。

 不備で戻すもの。

 会議にかける必要のあるもの。

 

 頭の中は父から聞いた話でいっぱいだった。だが思ったよりも作業は捗り、あれ程あった書類はすっかり整理された。


 ……遅い。


 肝心のライは未だに戻って来ない。まったく、どこで油を売っているんだ。

 ライが執務室を出て行ってから小一時間が経とうとしていた。

 いい加減探しに行くかと思い始めた時、俺の目の前の景色がぼやけ出した。

 これは?

 すると次の瞬間、その空間から眩い光が放たれ、堪らず俺は眼を細めた。光が納まると今度は徐々に鮮明な像が結ばれていく。 

 

 ライ? そうか妖精のまま戻って来たのか。


 これまでライは俺の前で妖精の姿になったり、反対に妖精の姿から人間の姿に戻ることはなかった。その瞬間を目の当たりにして初めて、精霊の加護はあるのだと実感出来た。


「ライ、遅すぎです。一体どこに?」

「あの日のいちごタルトが……」

「いちごタルト? なにを言ってるんですか」

「すまないっ、ヴィー。何でもない」


 はじかれたように答えたライを訝しむ。いちごタルトってなんなんだ。


「何かあったのですか?」

「なぁ、ヴィー。『寄り添う者』が見つかったらどうなるんだ?」

「どうなる? おかしなことを聞きますね? 当然、ライの配偶者――次期王太子妃になるのですよ」

「俺の配偶者……」

「えぇ。『担う者』と『寄り添う者』が国を治めるのですから」

「そうか」


『寄り添う者』が見つかったのか? そうだな、ここは一つ鎌を掛けるか。


「見つけた『寄り添う者』がライの好みではなかったのですか?」

「いや!? 好みとかそういう話じゃ」

「ではどのような方だったのです?」

「……何で見つかったと決めつけるんだよ」

「おや、違ったのですか」

「ヴィーの誘導尋問に引っかかる俺じゃない」

「なんだつまらないですね」

「失礼な奴だな」


 てっきり何かあったと思ったが気のせいか。


「ところでお聞きしたいことが。またコレット様のことで申し訳ないのですが」

「今度はなんだ?」

「コレット様は普段何か特別に口にされていた飲み物はございませんでしたか?」

「飲み物……? そう言えば、気持ちを落ち着けるためとか言って侍女がよく渡していた飲み物があったな」


 やはり父の懸念は当たっていた。おそらくその飲み物が聖水だったのだろう。

 公爵家の力を以てすれば聖水を手に入れることも出来たはずだ。きっと頻繁に訪れていたというミゲル枢機卿あたりから入手していたのだろう。

 後はその聖水をコレット様が飲めば『寄り添う者』の出来上がりというわけだ。


「その飲み物についてコレット様に尋ねられたことは?」

「いや、特には。今回の『寄り添う者』探しと何か関係があるのか?」

「その飲み物は聖水であった可能性が高いかと」

「それは……」


 俺はライが10歳の時に受けたであろう聖水の儀式の事を尋ねた。

 あの儀式では、最初にライ以外の人から聖水を飲んでいたはずだと。


「儀式の日、聖水を飲んでいたからこそ、その場にいた全員がライの変化した姿を見ることが出来ました」

「それじゃコティは」

「妖精姿のライを見られるように、飲まれていたのでしょう」


 就寝中のコレット様がライに気が付かなかったのは、眠りが深かったからではない。おそらく聖水の効果が切れていたから。

 そう、ライに気が付かなかったのではなく、気が付けなかった。

 だからこそ話を聞かされたコレット様は真っ青になられたのだろう。


「コティはちゃんと見えていたわけじゃなかったというのか……」

「その飲み物が聖水であったという裏はとれていませんが恐らくは」

「なぜそんなことをする必要があった」


 いつになく真剣なライの目が俺を突き刺した。10年近くもコレット様と歩まれてきたライの気持ちを考えると言葉に詰まった。


 コレット様が亡くなられた今、コレット様の真意は分からない。

 ライのことを慕われていたであろうことは、生前のご様子から察することは出来る。だからこそ聖水を飲んだのは、純粋にライに対する好意からくるものであってくれたらと思う。

 だが『担う者』は王妃になる存在だ。ロートシルト公爵が自分の家から王妃を輩出することで、更なる力を得ようと目論んだとしても不思議ではない。だからこそ公爵家が絡んだ時点で、周囲の者は陰謀としか捉えないだろう。そこにはコレット様のお気持ちなどない。


「コレット様のお気持ちは殿下と共に過ごされた時間の中にこそあるべきかと」

「……」

「ライ、私たちは進まねばなりません」

「……わかっている」


 ライは苦しそうに顔を歪め、拳をぎゅっと握った。


 ソフィー嬢の誕生日会が迫っていた。果たして『寄り添う者』を見つけることは出来るのだろうか。

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