第19話 いちごタルト

 ストランド侯爵邸。

 庭園の一角に運んでもらったティーテーブルに色とりどりのお菓子が並べれられている。お茶の準備に余念のないケイトを横目に、私は久々にくつろいでいた。


 このところ色々なことがあり過ぎて落ち着く暇がなかった。突然出没するようになった妖精に見えないフリを続けたり、そんな妖精と行動を共にするようになってからは、周りに見えてるんじゃないかとハラハラしてばかりだった。


 そして、アーサー様………。

 王城で抱きしめられてるんだと認識した時は心臓が飛び出るかと思った。


 本当に目まぐるしい。


 ふぅと息を漏らすと、タイミングを見計らったようにケイトがお茶を注いでくれた。カップに口をつけると花の香りが広がる。

 あら、この香りはこの前の………。


「お嬢様。本日の茶葉はアーサー殿下が届けてくださったものです」

「ぶほっ」

 

 思わず吹き出しそうになる私を見て、ケイトは口元を少し緩ませた。そして「ごゆっくりどうぞ」と言って下がっていった。

 そっとしておいてくれるケイトに「ありがとう」と伝えた。


 今の季節、庭園にあまり花はない。

 アーサー様から頂いたこのお茶が、代わりに花を咲かせてくれているようで嬉しくなる。


 やわらかい風が吹いた。

 私はカップを置いて空を見上げる。

 少し薄い雲があるだけで透き通るような青い空がどこまでも……。


 パタパタパタ


「あら、ライ。また来たの?」

「またで悪かったな。これ全部食べる気か? 太るぞ」

「ふん。じゃ、ライは食べないのね?」

「そうだなぁ、いちごタルトにしようかな」

「はいはい」


 ご所望のイチゴタルトを小さくカットする。最近、ナイフとフォークの扱いが物凄くうまくなった気がする。

 お皿に置いてあげると、早速ライは手を伸ばした。


「あっ!! 待って、ライ!」

「何だよ。本当に食べさせない気か?」

「違うわよ」

「じゃ、何だよ」

「これよ、これ」


 実はライのためにと用意していたものがあった。包みを開いて小さなカトラリーを見せる。


 ナイフとフォーク、それとスプーンだ。

 

 いつも手掴みのライを見て思っていたことがあった。まぁ、手掴みの姿も可愛くはあったのだけど、所作が美しいライならカトラリーも上手く扱うのではないかと。

 そこでコック長に頼み込んで出入りの業者に無理を言って作らせた。そのご年齢年になっておままごとでしょうかと困り顔をされたけれど、以前お兄様にも言った限界に挑戦してみたいとかなんとか適当な理由をつけて承諾してもらった。 


「これ……わざわざ作ってくれたのか?」

「妖精的にはどうかなぁと思ったんだけど、こっちの方が食べやすいかも?」

「マリー。その、なんだ」

「不要だった?」

「違う……ありがとう」


 ライが少し赤くなったように見えた。

 早速カトラリーを手にしたライは、私の思っていたとおりの綺麗な所作でいちごタルトを食べ始めた。


 うん。とても上手く扱ってる。というか、綺麗すぎる。

 貴族でもこんなに美しい所作の人は限られるような。


「こっちの方が断然食べやすいよ。このいちごタルトうまいな」

「ならよかったわ。でももっと美味しいいちごタルトがあるのよ」

「そうなのか?」


 そう、ストランド侯爵家のいちごタルトも確かに美味しいんだけれど、王妃様主催のお茶会で食べたいちごタルト……あの味は未だに忘れられない。

 ……ん?

 そういえばあの時の妖精って、多分ライだよね。


「ねぇ、ライ。王家で使用するいちごって何か特別なのかしら?」

「な、なんで俺に聞くんだよ」

「ほら、10年前の王妃様主催のお茶会。あれってライでしょ? あの時に食べたいちごタルトがそれは絶ぴ――」

「マリー!!」


 私が言い終わらないうちに、ライが私の名前を叫んだ。


「なっ、なによ? どうしたのよ?」

「いや……そ、そのいちごタルト、そんなにうまかったのか?」

「ええ。もちろん他のお菓子もどれも美味しかったのよ。でも中でもいちごタルトは絶品だったわ。それなのにコレット様ってば全然手を付けないじゃない? 余程緊張してるのかと思ったら、いきなりライのこと突っついたでしょ? ライもよろけてたわよね。随分と大胆な方なんだなって見てたのよ」


 ライは大きく目を見開いたまま、こちらをじっと見ている。そういえばお茶会のことを話すのは初めてだったかしら。

 あの日のお人形のようなコレット様の姿が思い出された。彼女はもう。


「ごめんなさい。コレット様……お亡くなりになられたのよね。王太子殿下もお気の毒に」


 コレット様の訃報を聞いた時、死というものが急に身近に感じらた。さほど年の離れていない人でも亡くなるんだと思うと、なんだか怖かった。


「マリー。今のお茶会の話って他の人にもしてるのか?」

「ううん。してないけど?」

「なぁ、提案なんだけど。今の話は2人だけの秘密にしないか?」

「勿体ぶって秘密だなんて。まっ、別に構わないけど。どうせ話したところで心配されるだけでしょ? 妖精が見えましたなんてね」

 

 ふふふっと笑った私を、ライはなお見つめている。

 何だか恥ずかしい……。

 漸く視線を外したライは「カトラリーありがと」と呟くと、ふいと消えてしまった。


 まったく忙しないわね。

 ライの使ったカトラリーは綺麗に並べて置かれていた。ほんと何なのかしら妖精のくせに。

 でも喜んでくれたみたいでよかった。

 私は一人納得すると、残りのいちごタルトを口に入れた。


 それにしてもあの王家のいちご、何とかして手に入らないものかしら……。

 せっかくライなら知ってると思ったのに。

 そうだ! アーサー様にお伺いしてみようかしら?


 ……。

 アーサー様の体温を思い出した途端、顔が熱くなってきた。

 ブレスレットのお礼の手紙を書かなければと思ってはいたけれど、なかなか取り掛かれずにいた。

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