第18話 魔石の再利用
俺はこれまで集めた情報を、父ケルンに報告するため執務室を訪れていた。
「ヴィー、『寄り添う者』はどうなってる?」
間もなく開かれるポワティエ侯爵家の誕生日会の出席者は、例のお茶会メンバーを始め相当数に上る。その会場を妖精となった王太子殿下に回っていただき、一気に探るつもりだと話した。
「なるほど。ソフィー嬢の誕生日会とはいい思い付きだね」
「ありがとうございます。既に公務の調整も済ませています。それでロートシルト公爵家の方はいかがです?」
「公爵家が閣下ご本人も含め頻繁に枢機卿とコンタクトを取っていることが分かったよ」
枢機卿の名前はミゲル。西区の教会を統括している。
公爵家はこの御仁に対してかなりの額の寄進をしているとのことだった。
「ミゲル枢機卿との付き合いは、コレット様がお生まれになってからだ。ただ信心深いだけではなさそうだが、公爵家にそこまでするメリットが見当たらない」
「メリットですか……」
「それと気になる点がもう一つ。隣国ネーデルランがミゲル枢機卿と接触しているようだ」
隣国ネーデルランは魔石の産出国として大陸にその名を轟かせている。
魔石というのは魔獣の核。
つまり一般的には魔獣の死後に回収されるものである。
その魔石は魔力の代用品として高値で取引されているが、国民のほとんどが魔力を持つファティマ国での流通量は大したものではない。
だが多くの国々で魔道具と言えば、予め魔石を組み込んだものだ。それらの国々にしてみたら魔石の有用性は計り知れない。
魔獣以外からは稀に過去の地層からも採掘される魔石。
実はネーデルラン産の魔石は、そのほとんどが採掘によるものだ。国土の西に広がる泥炭層からの奇跡的な大量発掘のおかげで、ネーデルランは魔石市場をほぼ独占していた。
ネーデルランの主要産業はこの魔石の採掘だ。だが近年その採掘量が激減しているとの噂があった。
そんなネーデルランが代用品ではなく魔力そのものを手に入れられないかと考えても不思議ではない。
ネーデルランの隣国ファティマ国は“魔法に秀でた国" として知られている。その魔力保持率の高さに何か秘密があるならば、喉から手が出るほど欲しいに違いない。
「ネーデルランの狙いは魔力の源かもしれないということですか?」
「あぁ。ファティマ国民の大多数が魔力を持っている理由。それが精霊の加護のおかげだとするならば、話は『担う者』と『寄り添う者』に戻ってくるんだがな」
精霊の加護か………。
随分と振り回されている気がする。
「まあ精霊の加護の件が漏れたとしても、ネーデルランが魔力を手に出来る訳じゃない」
「じり貧になったネーデルランが自棄にならないといいのですが」
「そこでだ。魔石の再利用について研究を進めようと考えている」
「えっ」
そんなことが可能なのか? 俄には信じられなかった。
魔石内の魔力を使い果たしたら、ただの石。そう、魔石は消耗品なのだ。
父の話によると、魔力の無くなった魔石が魔素溜まりで魔力を戻したという報告があったらしい。
「ファティマ国として魔石の再利用研究を推進する。その陣頭指揮はアーサー殿下に執って頂くつもりだ。そのための体制作りに着手している」
「アーサー殿下に……」
アーサー殿下にとってネーデルランへの留学は、そこに自分の目指す学問があるからではなく、王太子への道が閉ざされた自身の立場によるところが大きかったはずだ。
だから帝国学院を卒業した後も戻る理由を見つけられず、アカデミーに進んだのだろう。
だが体制が整えば、アーサー殿下にファティマ国でのポジションを用意出来る。優秀なアーサー殿下に漸くお戻り頂ける。
そうか……父はそこまで見越して進めているのか。
目の前の父が大きく見えた。
いつか俺はこの人を越えることが出来るのだろうか。
「魔素溜まりの ある”北の森” については、既に辺境伯に連絡している。あそこを荒らされては元も子もないからな」
辺境伯子息のフレデリックはアーサー殿下の側近だ。彼もアーサー殿下の帰国を心待ちにしている人間の一人だろう。
「そう言えば、コレット様の事でお耳に入れておきたいことが」
就寝中のコレット様は、彼女を起こそうとした妖精姿の殿下に気が付かれなかったこと。それを殿下が伝えると酷く狼狽したことを話した。
「なるほど、寝室にね……。だが勝手に入られたのなら、驚かれるのも無理ないのでは?」
「そうなのですが、王太子殿下曰く真っ青になられたと」
「真っ青に……か。確かに違和感があるね」
顎に手をやり押し黙っていた父が、ふと顔を上げた。
「ヴィー。至急、王太子殿下に確認して欲しいことがある。それとポワティエ侯爵家の誕生日会だが、念のため騎士団に警備させるように手配してくれ」
もし父の仮定が当たっていれば、コレット様を本物と偽った事実が白日の下にさらされる。
そうなればロートシルト公爵家はただでは済まない。もちろん背後で糸を引いていたミゲル枢機卿も同罪だ。きっと彼らも必死になって足掻くはずだ。
本物を消して偽物を本物にすればいいと。
そう彼らは知らないのだ。
本物が消えたら『担う者』は妖精になることが出来ないということを。
だからこそ彼らには本物が邪魔でしかない。
ポワティエ侯爵家の誕生日会。
我々にとって本物を探せる絶好の機会であるが、彼らにとっても本物を消す千載一遇の好機だった。
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