第17話 マクシミリアン
教会で与えられたのは机と椅子、それにベッドだけの簡素な作りの部屋だった。髪の色をごまかすためのつけ毛を外し地毛をかきあげる。脱いだ貫頭衣を乱暴に椅子の背に掛けると、俺はベッドに深く腰を下ろした。
確かミゲルといったか。枢機卿だと名乗ったその男の手配で、この教会に潜り込むことが出来た。ここはお目当ての令嬢が慰問する教会だ。そう、俺はネーデルラン皇国の皇太子殿下の命によりファティマ国の教会に潜入していた。
眉目秀麗なアーサー殿下は帝国学院入学当時から注目されていたが、主席で卒業する頃にはネーデルラン皇国中に彼のことを知らない者はいない程になっていた。そんなアーサー殿下に第二皇女殿下は熱を上げた。それは衆目を集めるところとなったが、肝心のアーサー殿下は歯牙にもかけない。流石に気の毒に思った周囲が少し探りを入れると、どうやらアーサー殿下には頻繁に手紙をやり取りしている令嬢がいるようだった。
その令嬢こそ先ほどお目にかかったマリアンヌ嬢だ。アーサー殿下のことをどうしても諦めきれない第二皇女殿下は、その令嬢マリアンヌを何とかアーサー殿下から引き剥がすことは出来ないかと、兄である皇太子殿下に泣きついたのだ。
そしてその御役目は皇太子殿下の側近である俺のところに回り回ってやってきたというわけだ。もちろん当初は自ら潜入するつもりはなかった。
だがあのアーサー殿下がそこまで執着している令嬢に少し興味があった。羽を伸ばすのにもいい機会かもしれないと、自らファティマ国に行くことにした。
唯一の私物である鞄の中から通信用の魔道具を手にとると、上部にあるスイッチを押した。程なく魔道具から声が流れてきた。
「やぁ、マーク。元気にしてるかい?」
「今日も麗しいお声ですね。皇太子殿下」
「くっくっくっ。何かあった?」
「実はお願いがございまして」
「珍しいね? それで?」
「ファティマ国への留学の許可が頂きたいのですが」
「……ほぉ。何か欲しいものでも出来たのかい?」
相変わらずの察しの良さに関心する。この人のこういう所は素直に尊敬していた。
「えぇ」
「君をそこにねじ込んだ甲斐があったということでいいのかな?」
「結果的にはそうなるかと」
「そう。編入手続きは直ぐにしておくよ」
「ありがとうございます」
「ファティマ国の王城に部屋でも用意してもらうかい?」
「そうしていただければ帰国中のアーサー殿下の様子も、ご報告できるかと」
「そうだね。ミゲルに連絡させるよ」
通信が切れて部屋に静寂が戻る。そのまま頭をベッドに倒した俺は、天井を見上げた。
マリアンヌ嬢か……。
第一印象は冷徹な美人。きっと人を見下すタイプだと思った。だが実際は子供たちと触れあい熱心に勉強を教える奇特なご令嬢だった。子供たちに囲まれて笑うマリアンヌ嬢の姿に正直心を持って行かれた。あんなもの見せられたらアーサー殿下でなくても男なら誰しも惹かれるだろう。
第二皇女殿下に勝ち目がないのは一目瞭然だった。彼女の恋愛などどうでも良かったが、俺としてはマリアンヌ嬢とお近づきになりたい。もし彼女を俺のものにすることが出来たら、結果的に今回の任務も果たすことになる。
第二皇女殿下の我が儘なお願いを叶えてやるようで癪に障るが、まぁ自分のためと思えばそれも悪くないか。
そういえばマリアンヌ嬢を見ていて一つ気になることがあった。それは独り言だ。時折誰もいないのにぶつぶつと呟いていることがあった。たまたまなのか癖なのか。いずれにせよ留学の許可もとれたことだし、これから彼女を観察する機会はいくらでもあるだろう。
楽しくなりそうな予感に、俺は思いっきり伸びをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます