第14話 どいつもこいつも

 アーサー殿下が俺の妹マリーを、マリーを抱きしめていたっ。 


 ライによって無理やり執務室に引っ張ってこられた俺は、何が起きたのか理解できずに、いや、理解を拒もうとしていた。


「ヴィー、大丈夫か?」

「大丈夫じゃないに決まってるじゃないですか」

「まぁ、そうだろうな」

「そうだろうなじゃないんですよ。何で執務室に引っ張ってきたのですか。僕が守らないと! 僕がマリーを連れて帰るんです!」

「ヴィー、落ち着け。既に兄上がお送りしている。兄上は立派な大人だ」

「はぁ? その大人が何をしたのかもう忘れたんですか。あれが立派な大人のすることですか」


 アーサー殿下の腕に中にいるマリーの姿が思い出された。俺だって年頃のマリーに触れるのはなるべく自重しているというのに、べったりとくっつくなんて羨まし過ぎるだろ。


「ライ。あなただって同罪なんですよ。許可もなくマリーなどと愛称呼びして、おまけに気軽に触れようとしましたよね。だからアーサー殿下があんな行動に出るのです」


 どいつもこいつも、俺の妹に何てことしてくれてるんだ。


「悪かったよ」

「やけに殊勝じゃないですか。怪しいですね。まだ何か隠しているんじゃないですか」

「ないよ。それより『寄り添う者』を探すのが先決だろ」

「まぁ、いいでしょう。それでどうなのです? 当時のお茶会メンバーの所に潜入してみてるのですよね。見つかりそうですか」

「いや、それはまだというか」

「歯切れがよくないですね。潜入と称して覗きでもしていましたか」

「っ、ばかっ。そんなわけないだろ。不敬罪で罰するぞ」

「冗談ですよ。で、本当に何もないのですか」

「あぁ。ちゃんとやってるから心配するな」


 そう、ライは意外にも次のお相手探しに協力的だった。もしかしたらコレット様を亡くしたばかりで、難色を示すかと思っていたのに。


『担う者』と『寄り添う者』


 父から聞いた時、運命的な二人なのだと思った。

 どうしても惹かれ合う。離れられない。離したくない。そういう気持ちが互いに湧き起こる存在なのだと思ったのだが。

 

「あまり話したくなかったらいいんですが、コレット様のことで気になっていたことがあるんです」

「別に構わない。何だ」

「随分あっさりと受け入れましたね」

「何がだ?」

「コレット様がお亡くなりになったことです」


 ライは寂し気に視線を外して言った。


「どうせお前も僕のことを薄情な奴だと思ってるんだろ」


 コレット様の死後、ライが余りにも平然とした態度でいることを陰で悪く言う者がいた。あんなに仲睦まじいご様子だったのに、あれではコレット様が可愛そうだと。だが俺自身は薄情だとは思っていなかった。というのもこれまで二人の関係は表面的に取り繕っているようにしか見えなかったからだ。でもそれは貴族の間では当たり前のことだと思っていたし、ライは上手くやっている方だとさえ思っていた。


 でも精霊の加護の話を聞いてしまった後では二人の関係を疑問に思わざるを得なかった。運命的な二人はもっと信頼し合える関係になれるものではないのだろうかと。しかし希薄な関係だったということは、それこそコレット様が偽者という証拠なのか。そしてもしコレット様がそんなライの気持ちを見抜いていたとしたら。


 二人にとって『担う者』と『寄り添う者』という関係は、実はとても辛いことだったのかもしれない。


「責めるつもりじゃなかったんです。忘れて下さい」

「いや、いいんだ」

「ところでコレット様には妖精の姿はどう見えてたんです?」

「まぁ、普通に見えてたんじゃないか」

「それはライが妖精になっている間は常に見えていたということでしょうか」


 ライの説明によると実体でも妖精の姿でも、それに対するコレット嬢の行動に変化はなかった。だから自分たちが景色を見るように、普通に見えていたんだろうということらしい。


「そういえば一度だけ、コティの寝室に行ったことがあるんだ。もちろん妖精の姿でだぞ。いくら俺でも婚姻前にそういう事をだな、その、するつもりはないからな」

 

 寝室まで行っておいて何を寝惚けたことを言っているのか……。

 だが耳まで赤くしたライに同情して、俺は助け船を出した。


「そこは信じましょう。それで?」

「その時コティは既に寝ていて、俺が起こしても気が付かなかったんだ。翌日そのことをコティに話したら、酷く驚いて顔が真っ青になったんだ」

 

 確かにコレット嬢の反応には少し引っ掛かるところがある。知らないうちに男性が寝室に侵入したと聞かされたら驚くだろうが、その男性は婚約者のラインハルトで、それを伝えたのも彼本人なのだ。恥ずかしさに真っ赤になるならともかく真っ青になるというのはどうなのだろうか。

 

「なるほど。それでコレット様の入浴を覗いたことはないのですか」

「そんなするわけないだろ。コティには僕の姿が見えるんだぞ」

「それではお茶会メンバーのところはどうです。妖精の姿が見えない可能性が高いですからね。案外マリーの入浴を覗いたんじゃないですか」

「浴室には行ってない。寝室に入っただけだ!」

「やはり余罪がありましたか」

「卑怯だぞ、ヴィー」

「何が卑怯ですか。精霊の加護を悪用したくせに。さぁ、すべて吐いていただきましょうか」


 ライは両手を前に突き出し、そろりそろりと机の後ろに下がっていく。


「公務が山のようにあるのはヴィーも知っての通りだろ。だから潜入するのは時間的に夜になることがあってだな」

「それでマリーとは」

「特に何もなかったというか、雄叫びがうるさかったというか」

「雄叫びがうるさい? 何ですかそれは。それでマリーには妖精の姿が見えたのですか?」

「いや、えっと」

「ったく、覗いて終わりですか」

「すまない」


 本来であればマリーの寝室に入り込むなど許せるはずもないが、アーサー殿下のこともありハードルが下がったことは否めなかった。


「まったく。任せていた私が良くなかったですね。そんなこともあろうかと場を用意致しました。取り敢えずライには然るご令嬢の誕生日会に行っていただきましょうか。当然、妖精の姿でですよ」


 俺は今度開かれるポワティエ侯爵家令嬢ソフィー様の誕生日会の説明をした。

 ソフィー嬢はマリーの親友で、今年も招待状を送ってきている。マリーに聞いたところ毎年そうそうたる面々が出席しているとのことだった。これはと思い入手した出席者リストによると、都合のよいことに例のお茶会メンバーが勢揃いしていた。今からライの公務を調整すれば、誕生日会で一挙に解決が望める。


「わかった」

「それまではきっちり公務に励んでもらいましょうか。王太子殿下」


 誕生日会。ロートシルト公爵家の姻戚の名もリストに入っていた。もし公爵家が何らかの動きを見せるならここしかないはずだ。ある程度の騒ぎは覚悟しておいた方がいいかもしれない。父上と情報を合わせ、万に一つもマリーの身に何事か起きないようにしなければ。

 

 気掛かりなことは他にもあった。

 ライが回廊で見せたマリーへの態度。初対面のはずだが何か違和感があった。そしてアーサー殿下のマリーへの態度。あれは漸く自覚しただけに絶対やっかいなやつだった。


 本当にどいつもこいつも、俺のマリーは誰にもやりません。

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