第12話 ライとライ
「殿下! 本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「マリー、久しぶりだね。手紙ありがとう」
右手を軽く上げたアーサー様の姿は、私の予想をはるかに上回って色気すら感じるほどだった。
確かにライもイケメンではあるのだが、妖精ということもあって可愛さが勝っている。まぁ今日はライから行かない宣言されているので、邪魔されることなくアーサー様を堪能するつもりだ。
「ちょっと会わないうちに、すっかりレディになったね。ところでその殿下っていうのは、何とかならない? 今まで通りアーサーって呼んでくれた方が嬉しいかな」
小さい頃は怖いもの知らずだった私だけれど、さすがにこの年で殿下を呼び捨てに出来るわけがない。
「アーサー様、でよろしいですか?」
「ふふ、いいことにしようか」
「はい、はい、ストーーップ。お二人さん、俺がいるのを忘れてませんか」
二人の間に服の上からでも筋肉質と分かる太い腕が割り込んできた。
「フレデリック。少しは空気を読もうか」
「そんなぁ。殿下は俺には冷たいですよね」
赤い短髪をガシガシとかいているのは、アーサー様の側近である辺境伯子息のフレデリック様である。辺境伯の領地はあの北の森に接している。そう、泉でアーサー様とお会い出来たのは、アーサー様がフレデリック様の領地を訪れていたからだったのだ。あの後、辺境伯家の馬車で送ってもらって以来、アーサー様とフレデリック様には可愛がってもらっている。
「お久しぶりです。フレデリック様は相変わらずですね」
「相変わらずってなんだよっ」
「さぁさぁ二人ともお茶にしようか。隣国のお菓子を用意したんだ」
城の南側に広がる庭園の一角に、こじんまりとした四阿がある。主に王族専用のその場所を贅沢に使わせてもらえるのも、アーサー様がいるからに他ならない。侍女は手際よく支度を整えると下がっていった。
「このお茶は隣国特産で花の香りがするんだよ」
「本当ですね。花畑の中にいるみたい」
アーサー様と出会った泉に群生していた花が思い出された。魔法を発動するつもりはなかったのだけれど、気が付くと小さく白い花びらが四阿の周りを舞い始めていた。
「マリー嬢、また無詠唱で発動してるよ。ほんと凄いね」
「それは泉の花だね、マリー」
「さすがアーサー様」
「僕たちが出会った記念の花だからね」
フレデリック様が始まったよと言わんばかりの呆れ顔をアーサー様に向けた。
「アーサー様の魔法も久々に見たいです」
「マリーのお願いじゃ断れないね」
にっこり微笑まれたアーサー様が指をパチンとならすと、3人のティーカップの中から蝶がふわりと出てきた。そして私が先ほど出した花びらに合わせて飛び始めた。
「すてき……」
「殿下は繊細系の魔法もいけるんですね。いつもは豪快な魔法をバーーーンですからね」
「なんだそのバーーーンって」
「すみません。俺の語彙力なんてこんなものですよ。はははっ」
そうなんだ。
私の前ではアーサー様はいつも優しい魔法しか使われないから知らなかった。意外な一面が知れて何だか得した気分になる。
「そうだマリー。忘れないうちに渡したいものがあるんだ。少し早いけど王立学園への入学おめでとう」
アーサー様からシルクのリボンがかかった小さな箱を手渡された。
「えっ、頂けるのですか? 開けてみても?」
「あぁ」
中にはアーサー様の瞳と同じ色の石がいくつも埋め込まれたブレスレットが入っていた。それを見たフレデリック様がゲホゲホと咳き込んだ。
「殿下それじゃ婚――」
「フレデリックは黙ってろ」
アーサー様が急いでフレデリック様の口を塞いでいる横で、私はブレスレットに見入っていた。
「なんて綺麗な色。でもこんな高価な物受け取る訳には……」
「マリーが気にすることはないよ。お守りだと思ってくれればいい。さあ貸してごらん。僕が付けてあげよう」
腕の動きに合わせて揺れるブレスレットは日の光を反射して輝いている。
「アーサー様、ありがとうございます」
「それには通信の魔法を付与してあるんだ。念じてくれれば僕に通じるようになってる。何か困ったことがあれば遠慮しないで使って欲しい」
魔法の付与なんておいそれと出来ることじゃない。これやっぱり高価なんじゃ……。でもいつでもアーサー様とお話しできるなんて夢みたい。さすがに頻繁に使うのは気が引けるけれど、少しならいいかしら。
「殿下、俺にも何か下さいよ」
「なんでフレデリックにやる必要があるんだ」
アーサー様がにやにやした顔のフレデリック様を軽く睨んだ。
「ふふふ。お二人の仲の良さにはいつも憧れます」
「は? 何を見たらそういう発想になるんだ」
「くっくっくっ。僕はマリーらしくていいと思うよ」
お茶会がお開きとなり、騎士団の訓練に行くフレデリック様とは四阿でお別れした。馬車寄せまで送って下さるというアーサー様と一緒に王宮を移動していると、王太子宮から続く回廊の中程で話し込んでいる2人の人物が目に入った。1人はお兄様みたいだけど、もう1人は誰だったかしら……。
「やぁ、ライ」
ライ!?
隣にいたアーサー様が見慣れぬ人物に声をかけていた。
ライですって!?
「兄上!」
ライと呼ばれたその人が私たちの方へ駆け寄ってきた。
サラサラの金髪に碧眼。私の目の前には絵に描いたような美丈夫が立っている。アーサー様よりは拳一つ分ぐらい低いだろうか。とは言え私からしたら十分見上げる位置に顔がある。うーん。この金髪碧眼。見覚えのあるような、ないような。そして金髪碧眼様の後ろからやって来たのは、やはりお兄様だ。
「アーサー殿下、ご無沙汰しております。マリー、もうお茶会は終わったのか?」
お兄様はアーサー様への挨拶もそこそこに、私の頭に手を置いてポンポンと叩いた。それを見ていた金髪碧眼様は、おもちゃを前にした子供みたいな目をこちらに向けた。
「こちらがヴィーの麗しの妹君。マリー嬢だね」
金髪碧眼様は私を勝手に愛称呼びしたかと思ったら、そのご尊顔をぐいと近づけてきた。ち、近っ。
ん? このやり取り最近あった気がする。一瞬、妖精ライの姿が頭をよぎる……。まさかねぇ。
「ライ、挨拶もせずに女性に近寄るのは失礼だよ。ごめんねマリー。私の弟のラインハルトだ。近しい者はライと呼んでる」
困惑気味な私を察して、アーサー様が金髪碧眼様を窘めてくれた。
「ラインハルトです。よろしく、マリー。今度ヴィーと一緒に遊びにおいで」
「はぁ……」
金髪碧眼様、もといラインハルト殿下は押しが強い。
この不毛な会話にも覚えが……。
私の思考はぐるぐると渦を巻いていく。
「マリー、王太子殿下にご挨拶しないと」
お兄様に耳打ちされて我に返った私は、急いでカーテシーをした。
「も、申し訳ございません。ストランド侯爵家のマリアンヌと申します」
「そんなに畏まらなくてもいいよ」
軽くウインクしたラインハルト殿下が私の肩に手を伸ばした瞬間、私はすっと引っ張られてアーサー様の腕の中にすっぽりと納まった。
「へっ?」
ラインハルト殿下は目を大きく見開き、お兄様は口をハクハクさせている。
「触るな。僕のマリーだ」
アーサー様の怒気を孕んだ声が直ぐ上から聞こえてきた。
次第に自分の身に起きていることを理解した私は、顔が熱くなっていくのがわかった。
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