第11話 アーサー様
久々に帰国されたアーサー様にお手紙を差し上げたところ、お茶に誘ってくださった。王城に向かう馬車は石畳を駆け規則正しいリズムを刻んでいる。
王都の東側にあるストランド侯爵家のタウンハウスは、上級貴族が集まるブロックの中でも奥まった場所にある。そのせいか表通りの屋敷に比べると敷地が広くとられ、前面には見事な庭園が広がっている。
しばらくその庭園沿いに走っていた馬車は、漸くストランド侯爵邸の敷地を離れ角を曲がった。
ファティマ国第一王子のアーサー様。
アーサー様は15歳の時、ファティマ国の王立学園にではなく隣国ネーデルランの帝国学院に留学された。その学院を主席で卒業されるとそのまま帝国に留まられ、現在はアカデミーで魔法の研究をされている。
前回の帰国は2年前のラインハルト殿下立太子の祝賀会に出席されるためであった。アーサー様はとても優秀な方だと誰もが認めているのに、どうして第二王子のラインハルト殿下が王太子になられたのか不思議だった。
でもその時の私は青地に銀糸の刺繍が施された正装姿のアーサー様を前に、顔を真っ赤にして立っているのが精いっぱいだった。記憶の中にいた美少年のアーサー様は立派な男性になられていた。
私が6歳の夏。私たち家族は避暑を兼ねて北の飛び地にある領地を訪れていた。お転婆だった私は立ち入りを禁止されていた森を毎日のように探検していた。
その日私はいつもとは違う方向に行ってみようと思い立ち、拾った小枝でポンポンと地面をたたきながら奥へ奥へと進んでいた。
どれくらい歩いただろうか、目の前に開けた空間が現れた。その中央には透明な水を静かに湛える泉があり、その周りは一面白い花で埋め尽くされていた。
なんて綺麗なんだろう。泉の淵からそっと覗くと柔らかい風が水面にさざ波を立て、映っていた私の顔をふにゃふにゃと揺らした。
私はごろりと横になり空を仰いだ。
ゆったりと浮かぶ白い雲。気持ちよく通り過ぎる風。緑濃い木々のざわめき。鳥の鳴き声。花の甘い香り。
私は得意の魔法で泉の水を鳥に変えると、その景色に放っていった。鳥たちが羽ばたく度に空中に飛び散る水の小さな粒が、光を反射してキラキラと舞い落ちてくる。
パキッ。
小枝の折れるような音に、飛び回っていた鳥たちは形を崩して泉の水へと戻っていく。私は音のした方に視線を向けた。
淡い紫色の髪に金色の瞳。少年というには中性的な顔立ちは神秘的で、この世の者ではないかのようだった。
「君は……天使?」
神秘的なその人は透き通るような声で私に問いかけた。
「へ? あなたの方が天使みたいよ。私はマリー」
「マリーか。僕はアーサー。今の鳥は魔法だね」
「うん」
「ごめんね。僕が来たから消えちゃったね。それじゃ、お詫びに」
彼は両手を前方に大きくかかげると、その手をくるりと回して左右に広げた。
すると泉の水がいくつもの魚になり、空中で輪になって泳ぎ始めた。鱗の一つ一つまで再現されて本当に生きているようだ。
「わぁ。アーサー凄い」
「気に入ってもらえたかな」
「とっても! ねぇ、私たちも輪に入ろう」
マリーがすっとアーサーの手をとると、二人の体がふよふよと浮かんだ。そのまま魚たちに加わると一緒に空中を漂う。キラキラと光を放つ魚たちが、今度は二人の周りを取り囲んで泳いでいった。
あまりの楽しさに時が経つのも忘れて夢中になった。気が付けば日は傾き始め、森に夜のとばりが落ち始めていた。
「わっ、もうこんな時間。早く帰らないと」
急に薄暗くなっていく森の中で、私は夢から覚めたように周りを見渡した。
「マリーはどこから来たの?」
「森の南? ストランドって知ってる?」
「ストランド侯爵か。送っていってあげるよ」
「ほんと? ありがとう」
すっかり安心した私はアーサーにギュッと抱き着いてお礼を言った。アーサーは私の頭を優しくなでてくれた。
「マリー。これからも僕と一緒に……」
突然聞こえなくなった声に心配になってそっと見上げると、アーサーの瞳に光るものがあった。
「アーサーどこか痛いの? 大丈夫? 私がいるからね」
私はよくお母様がやってくれるように、アーサーの背中をポンポンと叩いた。アーサーは私の肩に頭を埋めて暫く震えていた。そして漸く頭を上げたアーサーは小さく呟いた。
「ありがとう。僕の天使」
大きくそそり立つ王城の白い壁が眼前に迫ってきた。間もなく到着する。あの祝賀会から2年。23歳になられるアーサー様にこれからお会いするのだと思うとなんだかとてもドキドキしていた。
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